
充実感は日常にあり
充実感はコンスタントに繰り返される日常にある。
達成感と充実感は別。
達成感は何かを成し得た時に味わい、
充実感は日々のプロセスに感じる。
自分が決めた、
ちょっとだけ背伸びしたようなことを
自分でやれている!
結果が出ているわけではないので
誰も気づかないのだけど
自分が「今日」に納得いく感覚。
良い1日を過ごした感覚は美味。
その味を充実感というのだと思います。

充実感はコンスタントに繰り返される日常にある。
達成感と充実感は別。
達成感は何かを成し得た時に味わい、
充実感は日々のプロセスに感じる。
自分が決めた、
ちょっとだけ背伸びしたようなことを
自分でやれている!
結果が出ているわけではないので
誰も気づかないのだけど
自分が「今日」に納得いく感覚。
良い1日を過ごした感覚は美味。
その味を充実感というのだと思います。

自分が信じられず、
最大の敵は自分で、裏切るのも自分なのに
「ほらーっ!そうなるでしょ。」と
自分が自分を野次る。
他者がいるようで、誰もいない自分だけの世界。
自分で覗き込んで、
自分で回して一喜一憂している自分の人生は
まるで万華鏡のよう。
そんなカラクリに気づいたら
自分を信じてみたらいい。
自分だけでも自分を信じてみたら
何が起こるかを確認したことって、
子どもの時以来、ないでしょ?
自分を信じてみる。
どっぷり自分を信じる時があっても
人生100年と言われる今、損はないはず。

繰り返すパターンを変えるには
そもそもの前提条件を見直す必要がある。
私はもともとだらしないから、
負荷がかからないとやる気にならないから、
すぐにサボりたがるから、
といった前提は本当なだろうか?
子どもの頃はそうだったかもしれないが
今は違うかもしれない。
一度、前提条件を外して考えてみよう。
仮に、結構やる自分なら
どうなるか?どうするか?
随分と落ち着きを取り戻せるんじゃなかろうか。

たくさんの時間があれば
たくさんのことができる訳じゃない。
時間さえあれば!と考えているのであれば、
たくさんの時間を作ってみる必要があり、
実際に時間をたっぷり取っても、はかどらない場合もある。
例えば
週に1回たくさん寝たからって
それまでの寝不足をリカバーできるものじゃない。
やっぱり毎日のコンスタントな睡眠が必要だ。
時間は言い訳にしか過ぎなかったとなれば、
大切なのはいかにコンスタントの領域に、
どの程度のものを入れるかで、
そこには、
どう工夫するかといった知恵が必要となる。

「子どもじゃない」ことと、
「大人である」こととには開きがある。
子どもではないが大人でもないといった
大人は実に多いし、
子どもだったのに大人だったなぁと
健気な自分を思い出す場合もある。
大人は大人らしく見せようなどと意識しない。
そのまんまが子どもっぽくあったとしても
そのまんまを出せることが大人なこともあれば、
「大人の選択」をしたことが
大人の証になることもある。
大人に見られたかったのに
若く見られることを喜ぶようになったら
それは大人になったのではなく老けただけだ。
大人ってなんなんだろうね。

出来上がってしまった人間関係のパターンを変えるのは、
新しく人間関係を作ってゆくことより
難しいかもしれない。
それならまず、
最初のパターンを作る「出会ってすぐ」に気をつける。
パターンが出来上がっているのなら、
いつものパターンとは違った反応をやる。
しかし、意外と違うパターンをやるのは難しい。
そんなときは、
いつものパターンも逆パターンもしない時間を15秒持つ。
何も反応しないといった行為は
何もしていないのではなく、
パターンと違う行為をしていることと同様で、
違うパターンであることには間違いないから。
たった15秒で
様々なことが変わっていく。

理想と幻想は違う。
理想を追っているようで
幻想を描いている人は少なくない。
辞書によると
「理想」とは、
人が心に描き求め続ける、それ以上望むところのない完全なもの。
そうあってほしいと思う最高の状態。
「幻想」とは
現実にはないことをあるかのように心に思い描くこと。
また、そのような想念。
とある。
ということは、
そのふたつの違いは「現実的かどうか」の一点。
事実に基づいた上で、
ポジティブ思考や理想を持つことは大切だと感じるが、
自己都合的なポジティブ思考は幻想になる。
どんなに努力しても叶わないものがあり、
努力しても叶わないものがあるなら、
当然、願っても叶わないものがあり、
「叶わない」事実があれば、
それを受け入れた上で何を選んでいくかが大切なんだ。

だらしない自分、結構やる自分、
動けない自分、うまくいった自分
いろんな自分があるんだよね。
そのどの自分を思い出し、
反芻するかで自分の認知は強化され、
日々は変わってゆく。
うまくいった自分を反芻すれば、
心強くなりやすいし、
失敗した自分を反芻すれば
心弱くなっていくだろう。
私たちにはたくさんの自分がいる。
偏った見方で自分を見ることなく、
事実をみてみよう。
ちゃんとやってきてる自分がいるじゃない!

料理はどんな料理レシピを参考にするかで
出来は変わってしまう。
どんな材料を揃え
どんな分量でどんな火加減で
作るプロセスでは何を大切にすべきか。
それは仕事のやり方や生き方も同じだな。
どんなレシピを参考にするかで
結果には随分と開きが出る。

心から欲しているものを
周りに与えることで
欲していた部分が満たされていく。
なぜそうなるんだろう?
理由は説明できないが事実そう。
理屈抜きで体感するしかないのだけど
論理的に理解できなければチャレンジしたくない?
できる人に共通するのは素直と行動力というが、
やってみるって大事なんだよなぁ。
こういった、理屈じゃ説明できない時って特にそう。