城ノ石ゆかりオフィシャルブログ

2019.03.26.

潔い生き方

自分で決めたのに
時間が経ってあっちがいい!とか
こうじゃない方が良かった!と
言い出すのは卑怯な生き方だ。

自分で決めたことの責任をとる覚悟して臨む。

責任を回避したいからって
「自分で決めない」ことを選んでも
「自分で決めない」ことを決めてるんだから
責任は発生する。

「自分で選んでない」責任を私は取りたくない。

どうせ取らなければならない責任なら
自分で決めたことに対して
前のめりに取っていくぐらいの覚悟をしているほうが
潔くて気持ちいい。

2019.03.25.

流れが悪いな…と感じたら

例えば、いつもと違う道を通ってみる。
持ち歩くバックを変える。
いつもより早く寝る。起きる。

など、小さいことでいい。
何かを変える。

何かを変えなければ何も変わらないし、
ささいなことでも何かを変えれば何かが変わる。

2019.03.24.

信じるって

なぜ、このタイミングでこの曲?
どうして今、そのメッセージ?

とタイミングが良すぎて驚くことがある。

私たちの思考を超えた何かが作用してるとしか思えない
絶妙な出来事。

運が味方してくれるんだろうな。
自分が発揮できるように。
自分として生きれるように。

信じるってそういうところまで含めてなんだと思う。

2019.03.23.

大人の時間割

自由を取り扱えるのは成熟した大人だけだ。

憧れた自由は
羽のように軽いはずだったのに
未成熟なまま自由を手に入れると
沼地のように足を取られて不自由にさえ感じる。

何をしようが、何もしまいが自由な時間は
与えられた人によって
活かすこともできれば、殺してしまいかねない。

自由をうまく活かすには
時間割が有効だ。

時間割というと学生の頃を思い出して、
苦笑いしてしまいそうだが、
あの村上春樹さんもフリーになった際、
時間の管理の軸として
マラソンを始めたと何かに書いてらした。

リズムが作れる大人の時間割は
自由を取り扱う鍵となる。

仕事量やタスクで
自由をマネジメントするのもひとつの手だが
リズムが刻みにくい。

その点、
ざっくりとでも時間割を作ってしまえば
自分のペースができ、
何より、いちいち選択するといった
エネルギーの無駄を回避することができる。

 

2019.03.22.

充実感は日常にあり

充実感はコンスタントに繰り返される日常にある。

達成感と充実感は別。

達成感は何かを成し得た時に味わい、
充実感は日々のプロセスに感じる。

自分が決めた、
ちょっとだけ背伸びしたようなことを
自分でやれている!

結果が出ているわけではないので
誰も気づかないのだけど
自分が「今日」に納得いく感覚。

良い1日を過ごした感覚は美味。
その味を充実感というのだと思います。

2019.03.21.

人生はまるで万華鏡のよう

自分が信じられず、
最大の敵は自分で、裏切るのも自分なのに
「ほらーっ!そうなるでしょ。」と
自分が自分を野次る。

他者がいるようで、誰もいない自分だけの世界。

自分で覗き込んで、
自分で回して一喜一憂している自分の人生は
まるで万華鏡のよう。

そんなカラクリに気づいたら
自分を信じてみたらいい。

自分だけでも自分を信じてみたら
何が起こるかを確認したことって、
子どもの時以来、ないでしょ?

自分を信じてみる。

どっぷり自分を信じる時があっても
人生100年と言われる今、損はないはず。

2019.03.19.

前提条件を見直す

繰り返すパターンを変えるには
そもそもの前提条件を見直す必要がある。

私はもともとだらしないから、
負荷がかからないとやる気にならないから、
すぐにサボりたがるから、

といった前提は本当なだろうか?

子どもの頃はそうだったかもしれないが
今は違うかもしれない。

一度、前提条件を外して考えてみよう。
仮に、結構やる自分なら
どうなるか?どうするか?

随分と落ち着きを取り戻せるんじゃなかろうか。

2019.03.19.

時間が足りない…

たくさんの時間があれば
たくさんのことができる訳じゃない。

時間さえあれば!と考えているのであれば、
たくさんの時間を作ってみる必要があり、
実際に時間をたっぷり取っても、はかどらない場合もある。

例えば
週に1回たくさん寝たからって
それまでの寝不足をリカバーできるものじゃない。

やっぱり毎日のコンスタントな睡眠が必要だ。

時間は言い訳にしか過ぎなかったとなれば、
大切なのはいかにコンスタントの領域に、
どの程度のものを入れるかで、
そこには、
どう工夫するかといった知恵が必要となる。

2019.03.18.

「子どもじゃない」と「大人である」は違う

「子どもじゃない」ことと、
「大人である」こととには開きがある。

子どもではないが大人でもないといった
大人は実に多いし、
子どもだったのに大人だったなぁと
健気な自分を思い出す場合もある。

大人は大人らしく見せようなどと意識しない。

そのまんまが子どもっぽくあったとしても
そのまんまを出せることが大人なこともあれば、
「大人の選択」をしたことが
大人の証になることもある。

大人に見られたかったのに
若く見られることを喜ぶようになったら
それは大人になったのではなく老けただけだ。

大人ってなんなんだろうね。

2019.03.17.

出来上がった人間関係のパターンを変えるのは難しい

出来上がってしまった人間関係のパターンを変えるのは、
新しく人間関係を作ってゆくことより
難しいかもしれない。

それならまず、
最初のパターンを作る「出会ってすぐ」に気をつける。

パターンが出来上がっているのなら、
いつものパターンとは違った反応をやる。

しかし、意外と違うパターンをやるのは難しい。
そんなときは、
いつものパターンも逆パターンもしない時間を15秒持つ。

何も反応しないといった行為は
何もしていないのではなく、
パターンと違う行為をしていることと同様で、
違うパターンであることには間違いないから。

たった15秒で
様々なことが変わっていく。