
前提条件を見直す
繰り返すパターンを変えるには
そもそもの前提条件を見直す必要がある。
私はもともとだらしないから、
負荷がかからないとやる気にならないから、
すぐにサボりたがるから、
といった前提は本当なだろうか?
子どもの頃はそうだったかもしれないが
今は違うかもしれない。
一度、前提条件を外して考えてみよう。
仮に、結構やる自分なら
どうなるか?どうするか?
随分と落ち着きを取り戻せるんじゃなかろうか。

繰り返すパターンを変えるには
そもそもの前提条件を見直す必要がある。
私はもともとだらしないから、
負荷がかからないとやる気にならないから、
すぐにサボりたがるから、
といった前提は本当なだろうか?
子どもの頃はそうだったかもしれないが
今は違うかもしれない。
一度、前提条件を外して考えてみよう。
仮に、結構やる自分なら
どうなるか?どうするか?
随分と落ち着きを取り戻せるんじゃなかろうか。

「子どもじゃない」ことと、
「大人である」こととには開きがある。
子どもではないが大人でもないといった
大人は実に多いし、
子どもだったのに大人だったなぁと
健気な自分を思い出す場合もある。
大人は大人らしく見せようなどと意識しない。
そのまんまが子どもっぽくあったとしても
そのまんまを出せることが大人なこともあれば、
「大人の選択」をしたことが
大人の証になることもある。
大人に見られたかったのに
若く見られることを喜ぶようになったら
それは大人になったのではなく老けただけだ。
大人ってなんなんだろうね。

理想と幻想は違う。
理想を追っているようで
幻想を描いている人は少なくない。
辞書によると
「理想」とは、
人が心に描き求め続ける、それ以上望むところのない完全なもの。
そうあってほしいと思う最高の状態。
「幻想」とは
現実にはないことをあるかのように心に思い描くこと。
また、そのような想念。
とある。
ということは、
そのふたつの違いは「現実的かどうか」の一点。
事実に基づいた上で、
ポジティブ思考や理想を持つことは大切だと感じるが、
自己都合的なポジティブ思考は幻想になる。
どんなに努力しても叶わないものがあり、
努力しても叶わないものがあるなら、
当然、願っても叶わないものがあり、
「叶わない」事実があれば、
それを受け入れた上で何を選んでいくかが大切なんだ。

先日は青森でイントロダクション講座。
主催者の方が
生まれも育ちも九州の私に
雪ざんまいさせてくれた。
すごーーーい!
50年生きても知らんことばっかりだ。
なーんも知らん。
それはとっても楽しいことで
知るということはなんて面白いんだろう。
まだまだまだまだ知らないことがあるということは
まだまだまだまだ楽しみがたくさんあるということ。
嬉しいなぁ。

心理学系の講座ですか?と言われても、
自己啓発系?と言われても
弊社の講座は「ちょっと違う」と感じる。
力まず、ラクに
自分の力を最大に発揮できるようになることが目的で
どんなに心理に精通しようが、
感情の仕組みを理解しようが
生きていく力がつくこと以上に大切なことはないと私は思っている。
仙人のように山にひとり篭って…なんて生き方はできないし、
安心できる仲間内の世界だけで
生きていくわけにもいかない。
『知識は力』なのは、
生きていくための力になるからであって
リアルに活かせなければ知ってどうするとさえ
私は思う。
ありがたいことに4nessコーピングのセミナーで
人生が本当に変わった!と言っていただけるのは、
突き詰めると『何を感じ、どうする?』の1点だけを取り扱っているからかもしれない。

人は弱い。
揺れる揺れる。疲れる疲れる。
覚悟が決まった時の人は強い。
何事にも動じない。疲れ知らず。
弱い自分と強い自分を行ったり来たり。
いっつも弱い人もいなければ、
いっつも強い人もいない。
自然といえば自然だな。
課題はいつも自分が自分をどう導くかだね。

残り時間が少なくなって終わりが見えてくると、
我慢していた人はわれがままに、
自由奔放だった人は懺悔の時間を過ごしたくなる。
どちらにしろ
後悔を清算したくなる。
後悔皆無で生きることは難しいかもしれないが、
せめて、清算出来ない残高の後悔は
残さぬよう日々取り組みたいな。

同じことをやっていても
恐れからやるのか、
喜びからやるのかでは結果が変わる。
同じことをやっていても
強気でやるのか
弱気でやるのかは成果に現れる。
同じことをやっていても
前向きでやるのか、
後ろ向きでやるのかでは疲れが違う。
「何をやっているか」より
どういう心理状態でやっているのか、
そして、
その心理状態を選択している目的によって
全ては変わってしまうんだ。

ラジオから樹木希林さんの名言の一部が
流れてきて耳に止まった。
家では台本を一切開かなかったという彼女は
「私は女優樹木希林じゃない。
女優は生業であって、樹木希林で生きているから(大よそこんな感じ)」
と言っていたらしい。
女優といった芸術的な仕事をしている人、
ましてや名俳優と言われる人は
『仕事=人生』となっていて当然だと思っていたから驚いた。
彼女のことは「ジュリー!」と叫ぶ姿ぐらいしか知らず、
心の内を探りようもないが
若い頃からおばぁちゃん役だったというから
安易に言うものじゃないが、
ご苦労されたのではないだろうか。
女優を目指す人は誰だって
当然、主人公役で脚光を浴びている自分を
想像してその世界に入っているはずだ。
なのに、
綺麗な女優として日の目を見るどころか
注目されたのがおばぁちゃん役だった。
自分の気持ちや事実、
生活していくことや夢に
折り合いをつけられたのかなぁ…と感じる。
自然な折り合いのつけ方に知性を感じ、
大変がることもない彼女の素朴そうでいて強い意志の輝きが際立つ。

自分が「本当にやりたいこと」やろう!という風潮がある。
もちろん、そうすることが自然ではあるが、
「本当に」がつくと、
どうも皆、罠にはまっているよう。
というのも、
やるべきこと(should,must)やれること(can)
やりたいこと(will)の3つがあり、
やりたいことは、やるべきこととやれることを
やった先や過程にあることが多いから。
本当に自分がやりたいことは
考えればわかることでもないし、
やろう!と決めたとしても
やらなければ、その気は失せるし、
やる気になったのにどうも腰が重いのは
本当にやりたいことじゃない⁈と感じてみたり、
また、
やってみなければわからないことだらけだし。
やりたいことは、
活動しながら段々と絞られていくもので
机上のものではない。
http://yukari123.com