
集中しない効用
仕事のことだけならまだいい。
仕事に子どもたちにお父さんのことに
云々カンヌン…って疲れるぅ。
と思っていたが、
一つのことに集中できないのが良いのかも。
一つのことに集中したら
囚われていたかもしれない。
注力だけが突破手段ではないし、
結果と注いだエネルギーが絶対、
比例するわけでもない。
手からこぼれていくモノに
諦めを感じつつ、
手に残したモノを改めて見て、
本当に大切にしているモノが
ハッキリするから。

仕事のことだけならまだいい。
仕事に子どもたちにお父さんのことに
云々カンヌン…って疲れるぅ。
と思っていたが、
一つのことに集中できないのが良いのかも。
一つのことに集中したら
囚われていたかもしれない。
注力だけが突破手段ではないし、
結果と注いだエネルギーが絶対、
比例するわけでもない。
手からこぼれていくモノに
諦めを感じつつ、
手に残したモノを改めて見て、
本当に大切にしているモノが
ハッキリするから。

ざっくりとだが2018年の計画が
出揃いつつある。
あぁ…これもやっとかなきゃ!
あれもしとかんと‼︎
コレ忘れとった…。。。
来年、創業20周年という区切りを迎えるからこそ、
今から手をつけなくちゃいけないことが山盛り。
残り60日を全力でやれますように。

感情はその人の解釈の仕方で決まる。
つまり、
その人の感情を見れば
その人が出来事をどう解釈したかがわかる。
解釈には普段、
見えないものが見える。
長年使ってきた故に本人は
その解釈を普通だと考えていて、
意識出来てない事が多い。
無自覚な解釈は
その人の人生に強く影響している。

嫌だなぁ…と思うことは
やれば力がつくこと。
面倒だなぁ…と思うことは
苦手克服の格好のトレーニング。
認知が変わると
「嫌なこと」や「面倒」も
ただ避けたいことではなく、
臨んで向かうものとなる。
強くなるとは苦手に向かい、
克服していくことの積み重ねなんだろうなぁ。

感情にはしくみがある。
やらなければならないことを放っておいて
やりたいことをやっているならまだいい。
人はやりたいことでさえ
面倒臭いを優先する。
意欲は時間が経つと減っていく。
自分の感情を放っておくと
どんどん面倒臭いのパワーが増していく。
このしくみを知っていれば
人生を面倒臭いに乗っ取られる時間が少なくなる。
例え中途半端で投げ出してもいい。
やりたいことはすぐに取り掛かってみる。
意欲が消えない間に。

思考には癖があり、
気づけばその癖が
やってしまっていることが結構ある。
また失敗した…
どうして同じことを繰り返すんだろう…といった自己否定は
思考の癖に栄養を与えるようなもの。
自己否定すればするほど
その癖は強化される。
そういった癖がある自分を否定したからって
癖がなくなりはしない。
大切な最初のステップは癖があることを意識すること。
そして、癖ごと自分を受け入れることだ。
癖を意識し、
癖ごと自分を受け入れる。
そうしてやっと
主体的となる。

何故もこんなにも大して重要でない行動を
優先するのだろう…私は。
行動には
目的や目標に直結する行動と、
そうでない行動がある。
目的に向かってない、
時間を潰すための行動を
無駄な動きと言うのだろう。
しかし私はなぜ
無駄な動きをしたがるのだろう。
その行動がどれほど目的に向かった行動か、
その行動をすることで目的にどの程度役立つか、
といった行動測定をしていないからだろうな。
この行動は一体、
どの程度の利益を生み出すのだろう…。
この時、気をつけなければならないのは
短期的視点で測定するか
長期的視点で測定するか。
そのどちらか一方だけでは
随分と測定値に開きが出る。
その両方のバランスを整えつつ考え、
測定する必要がある。
そう思わないかい?私。

1月26日消印の手紙が届いた。
開封してみると
手紙の送り主はラジオを聞き、
私を検索して、
手紙を送っていただいているよう。
しかし、
検索で引っかかったページが
福岡県男女参画共同センターだったようで
手紙の宛先は弊社ではなくセンターになっていた。
センターの方が私に転送してくださったが
弊社が移転していたために行違い等々があって
9ヶ月後の今、私の手元に届いたらしい。
手紙には
・病院に長いこと入院していること。
・ラジオを聴いてすぐに手紙を書いていること。
・手紙を書きたくなった理由など
が書かれていた。
裏書きの住所は病院になっている。
返事が来るのを待っていてくれたかもしれないし、
長いこと時間が経っているから忘れているかもしれない。
いや、
とっくに退院して
私の返事の手紙が行方不明になるかもしれない。
ただ、こうやって想いを手紙にしてくださったことが
嬉しくて嬉しくて。返事をだした。
私は20歳の頃、
資料請求していた資料がポストに届いていたのを見て
ポストの前で泣き崩れたことがある。
ただの資料なのに
繋がっている感じがして、
どう生きていいかわからない孤独の中にいた私には
心底うれしかった。
手紙を送っていただいた方にとって
私の9ヶ月遅れの返事が
そんな手紙になるかもしれない。
どうか、どうか無事に届きますように。
追伸
福岡県男女参画共同センターの方、
何度も転送いただき、お手間お掛けしました。
無事に私に届いております。
ありがとうございます。

遠回しに言おうが
直球で言おうが、
届くやつには届くし、
届かんやつには届かん。
例え、届いたとしても
受け取るかどうかや、
どう受け取るかは
本人が決めるからなぁ。
気が合うとか合わないとかは
この辺の、
言葉にしないところの違いなんだろうな。

多面的に物事を見れない傲慢さから
発せられるものなのかもしれない。
過去を忘れ
見える今でしか判断できず、
未来を想像出来ない、
自分の感情だけの思考の軸。
何とも幼稚であり、
それ以外の思考を知らないのなら
それは生き苦しいだろう。