城ノ石ゆかりオフィシャルブログ
『思い立ったが吉日』

2018.08.26.

どんな失敗も必ず糧になる。

人は自分でやらないと気づけない。

やりたいのなら
周りがなんと言おうと納得いくまでやって
とっとと失敗してしまう方がいい。

失敗は若ければ若いほどいい。

若気の至りという言葉が救ってくれるし、
傷は治りやすい。

経験は何より強い。
どんな失敗も必ず糧になる。

2018.08.25.

身体は感情

身体は感情だと言われる。

身体の痛みも何かのサインだとしたら
どうだろう?

怒りを溜め込んでないか。
考えすぎてないか。
我慢だけでやり過ごそうとしていないか。
自分に正直に生きているだろうか。

身体が感情なんて
本当かどうかわからない。

しかし、
そう見てみることで
あなたが必要なことに気づけることがあるのなら
それでいいじゃないか。

2018.08.24.

自己責任の境界線

全ては自己責任と捉えることは決して悪いことじゃない。

しかし、
自分の責任の範囲が広すぎる人がいる。
自己責任という言葉で
全てを解決しようとしてしまう人がいる。

責任の範囲を明確にすることには力がいる。

ここまでは私の責任だけど
ここからは私の責任ではないといった境界線を
引くこと自体の力が必要だから。

しかし、
その境界線が強固な人も同様に力不足だ。
大きい声を使った強い自己主張は
相手の納得を遠ざける。

立場が違う人との妥当な線引きには
すり合わせというコミュニケーションを必要とする。

2018.08.23.

やりたいことが見つからな時は

やりたいことが見つからない。
自分が何をやりたいかわからない。

という人がいる。

そういった場合は、
もう2度と繰り返したくないことを書き出すといい。
例えば、
もう2度と太りたくない。
もう失敗はしたくない。
もう喧嘩だけはやりたくない。

といった感じで、どんどん繰り返したくないこと、
やりたくないことを書き出していく。

人は快楽より痛みを避けたがるから
やりたくないことを書き出す方が
やりたいことを書き出すより簡単だ。

2度と繰り返したくないことを書き出したら、
反転させる。

例えば、
もう2度と太りたくない。→ずっと健康的な体でいたい。
もう失敗はしたくない。→成功したい。
もう喧嘩はやりたくない。→気持ち良い会話をしたい。
2度と繰り返したくないことを反転させたことが
あなたがやりたいことだ。

2018.08.22.

夢へ向かう旅

夢へ向かう旅に嵐はつきものだ。

嵐をやり過ごしてからと思っていると
いつまでも旅は始まらない。

旅をしていれば、
やるせない気持ちになることもあれば
無理かもしれないと
諦めたくなる時もある。

しかし、
旅に出ることなく、
嵐をやり過ごそうとじっとしていても
同じように感じる時はあるもの。

どちらにせよ
そんな気分を味わうものであれば
旅に出た方がまだいいんじゃないか。

嫌な気分を味わうことのない人生なんて
存在しないのなら
せめて、
やりたことをやっていた方がいい。

2018.08.21.

心は見える

「ゆかりさん、見えますよね?」と
俗にいう見える人によく言われる。

いやいや、残念ながら見えない。

しかし、
講座で受講生の話を聞いている時、
心がはっきり見える時がある。

その時の私は、
ラジオの周波数を合わせている感じ。

ひとつひとつ、
受講生の言葉を聞き逃さないようにしながら
受講生が言葉にできないが、
最も伝えたいことに周波数を合わせてゆく。

言葉にできない想いは本来、
こちらに伝わらないはずだが
周波数が合うと
突然、明確に見える。

聞こえるんじゃなく、
想いが見える。

これを見える人は見えるって言ってんのかな⁈

2018.08.20.

私がやりたいコトをやる

予備校で恋におぼれ、
首の皮一枚で進んだ大学が肌に合わず、
私は大学生活がつまらなかった。

月一で実家に戻っては
全然楽しくない…と母に愚痴をこぼしていた。

その愚痴を聞く母は
本当に辛そうで
そんな母を見た時、思ったんだ。

母は私が楽しいのが楽しいんだ!

私は私が楽しいことをしよう。
私がやりたいことをやろう。

って。

自分がやりたいコトをやるって
自然というか普通なんだけどね。

母になった今も思う。
子どもたちが楽しそうなのが私は一番嬉しい。

勉強は…と気にかかりつつも
まぁいいっか!と思えちゃう。

2018.08.19.

自分を丁寧に取り扱うとは、

自分を丁寧に扱うとは、
今の感情に気づくことから始まる。

嫌なのか、嬉しいのか、
楽しいのか、やめたいのか…

自分がどう思っているのかに気づくと
そこから、
どうありたいのか、
その為に何が必要なのかがわかる。

自分の感情に自分が気づかないってある?
と驚かれる方もいるかもしれないが
時間が経って
あの時の私ってそう思ってたんだ〜!と
はっきりすることは少なくない。

幼少期、その場をしのぐ為に、
社会性を身につける為に、
夢に向かって簡単に諦めない為に、
私たちはさまざまな理由で感じることを鈍らせている。

まずはそのことに気づこう。
鈍らせてるかもしれないといった視点で自分を見てみよう。

自分の感情の気づきは
人生を変える。

2018.08.18.

帰る場所

人は一人より集団でいる時の方が寂しさを感じる。

お盆で夫の実家に帰省。

夫も子ども達もいつもよりテンション高く
両親を喜ばせようと話をする。

話を聞いているお母さんも楽しそう。

そんな様子を微笑ましく見ながらも
ふっと私には実家がないことを痛感する。

母が生きていた頃、
私も実家に戻るとこうだった。

近況報告を兼ねて
母の笑う顔を見ながらキラキラと話をしてたなぁ。

もう私には帰る実家も
私の全てを受けれ入れてくれる母もいない。

と感じると同時に
私は長生きしよう!と思う。

子どもたちが年に2度ほど帰る場所を
長く持っていたい。

2018.08.17.

未来の自分から考える。

人は快楽を求めるより 痛みを避けようとする。

もう傷つきたくなから恋はしない。
嫌な思いをしたくないから挑戦は避ける。
ダメだったら嫌だから求めてないフリをする。

あぁ…本当だな。

しかし、この特性を利用する手もある。

やめたいことには痛みをセットにする。

チャレンジしなかった後の後味悪い感を考える。
恋をせず年を重ねてしまった時の自分の心の痛みを予測する。
やれば出来たかもしれないのに…と後悔している自分を思い描く。

全てに必ず良い面と悪い面の両面があるはずだ。
どちらを選んだ自分をもっとも嫌うだろう。
どちらを選んだ自分をもっとも後悔するだろう。

未来の自分から考える。