
騙されないように
年末まで既に、
日曜日が20回ほどしか残ってないことを
なぜ、夏はボンヤリさせるのだろう。
大量のセミの鳴き声やこの暑さが
年末の静けさや寒さを
とても遠くに感じさせてしまうのか。
いつもいつも騙されてしまう。
騙されないように!
例年通り、
ここから駆け足で師走がやってくる。

年末まで既に、
日曜日が20回ほどしか残ってないことを
なぜ、夏はボンヤリさせるのだろう。
大量のセミの鳴き声やこの暑さが
年末の静けさや寒さを
とても遠くに感じさせてしまうのか。
いつもいつも騙されてしまう。
騙されないように!
例年通り、
ここから駆け足で師走がやってくる。

今、どうするか⁈なんだ。
過去がどうとか、
不安がどうとか
恐れがどうとか
そりゃ、あるだろう。
だからって
不安がったり、過去と同じように
振舞う必要はない。
今、どうしたいかだ。

何もしない
何も考えない
ただただぼーっとする。
意図的にぼーっとする時間を持つ。
何もしない時間は
ジャッジしない時間。

水を与え過ぎてば根腐れするし、
与え損なうと枯れてしまう。
根が水を求めた時に
たっぷり与えることで
根は伸びる。
私たちも欲した状態であれば
与えられたものをグイグイ吸って
根が伸びていく。

眠い時、他のことに気が散る時、
どうも集中できない時、
それは自分がダメだからじゃない。
飽きてるんだ。
さぁ!荷物を片付けて
とっとと帰ろう!
そういう日もある。
諦めない時もあれば
さっさと諦める時もあって自然。

誰かと比較することが悪いことのように言われるが、
それは違う。
比較することが自分らしく生きることを
邪魔する訳でもない。
誰かと比較しなければ
今の自分の立ち位置はわからないし、
比較するのは自然なことだ。
ただ、比較後どんなの行為を選択するかは
人によって別れる。
比較することで
意欲がさらに湧いたり、
目指す所がはっきりしたりする人もいれば、
落ち込んで何もやらなくなったり、
自分をダメだと決めつけたりする人もいるだろう。
比較そのものが悪いわけでは無く、
比較した後、その人が何を選択するかによる。

幼少期から学生時代は未熟ゆえに、
親や先生といった大人の保護の元にあり、
ある種、安全な枠の中にいる。
その枠内でどう生きるかが
子どもの頃のゲームであり、
それゆえのルールがある。
大人になるとその枠は取り払われ
自分で自分の人生をデザインし、
未熟から成熟へ歩を進めてゆく。
デザインした人生のために計画、決断し、
実践しては軌道修正する力が必要となる。
ゲームが違うのだ。
だから、ルールも変わってくる。
枠の中にいる子どもの頃や学生時代に
うまくいった手法が
枠が外れた大人になってもうまくいくとは限らない。
子どもと大人ではゲームが変わっていて、
ルールが違うことを
理解しなければならない。

今日は七夕。
短冊にひとつだけ、願い事を書くとしたら
何を選ぶだろう。
1つに絞って、
私のこれだけは!を明確にする。
ひとつと言われると人は
欲求の程度を考えるもので、
本当に失いたくないもの、
得たいものが明確になる。
本来はそれ以外要らないのかもしれない。
あなたのコレだけは何だろう?

毎回、毎日、いろんなものを忘れる私。
今回は化粧ポーチ。
普段、化粧ポーチを持ち歩きしないのに、
出張ではかなり痛いかもしれない。
慌ててドラッグストアーで揃えたのだけど、
普段と同じものは揃わない。
しかし、新しいアイテムは新鮮だ。進化もしてる!
慣れ親しんだものが良いとは限らない。
今回は強制的な機会だったが、
新しいものが次々と現れている今、
使っているものを定期的に見直す必要を実感。
生き方も同じかもしれない。
やはり、起こることには意味がある。
と、忘れ物した自分と
急遽、化粧品を揃えたお勉強料に対しての言い訳でした。

達成感は注いだエネルギーに比例する。
頑張って乗り越えたら、
その分凄い達成感を味わう。
エネルギーを出し惜しみをしていたら
達成感は薄い。
達成感を味わおうと思ったら
存分に出しきるんだ。
エネルギーは出し切っても無くなりはしない。
一度は底をつくが
出し切った人は必ずさらに大きなエネルギーが湧いてくる。