
心が波立った時がチャンス
決定的に嫌なことや心から憧れることは
大きなモチベーションとなる。
嫌な出来事も憧れの眼差しで見てしまうような出来事も
当然、どう解釈するかでその後は変わるのだけど
そんなチャンスを逃すのはもったいない。
行動を決定するのは感情であって、
その感情が大きく振れたということは
慣れ親しんだ行動を変えるベストチャンス。
感情も時が経てば忘れてしまう。
心が波立っている今を逃さないように。

決定的に嫌なことや心から憧れることは
大きなモチベーションとなる。
嫌な出来事も憧れの眼差しで見てしまうような出来事も
当然、どう解釈するかでその後は変わるのだけど
そんなチャンスを逃すのはもったいない。
行動を決定するのは感情であって、
その感情が大きく振れたということは
慣れ親しんだ行動を変えるベストチャンス。
感情も時が経てば忘れてしまう。
心が波立っている今を逃さないように。

人はそれぞれにそれぞれの能力を与えられている。
誰かの能力をいくら羨んでみても、
その力が無いものは仕方ない。
能力がないこと自体は弱さじゃない。
能力がないことを受けれられないことが弱さ。
新しい自分を開拓することには意味があるが、
能力がない部分に劣等感を持ち、
そう生まれた自分をないがしろにして、
非現実的な幻想の中で生きようとすることは
本当の真実を見ずに暗闇のなかを進んでいることと同じで
自分ではない誰かになろうとしている。
誰かになろうとしても二番煎じにしかならない。
力がない部分も劣等感も、
全部まるっと自分自身を受け入れることこそ
本当に強くなる秘訣。
誰もあなた以上のあなたにはなれない。
与えられた能力に見合った中で、
精一杯のことをコツコツやるというのがまともで
美しい生き方。

弊社の講座の特徴は
「コンテンツがあるわけじゃなく、
コンテキストがあるところ」と言ったのは
大阪の受講生だったなぁ。
コンテンツはdoingだから対処。
対処はもちろん大切だけど、
根源のbeingを取り扱うことができれば対処は不要となり、
そもそも対処すべきことが減る。
原因と結果の法則が成り立つんだよ。
結果には原因があり、
結果の対処だけではなく、
原因を修正しないことには同じことを繰り返すだけとなる。
せっかくトラブルを起こしてまで
知る必要がある根っこがあるのなら、
みてみようじゃない。
小さいミスは放っておくと必ず中くらいのミスになり、
それも放っておくと大きなミスになる。
手を打つなら、
気づいた今が最大のチャンス!

バラバラにさまざまな判断基準を持ち出して
完了を先延ばしすることは
可能性の枠の中から出ずに生きている。
リアルじゃない。
自ら完了を先延ばしにして、
これでいい!といった満足感を
わざわざ得れないようにしているよう。
あれもこれも同時には出来ない。
まずはひとつ完了させる。
完了させたからって終わるわけじゃない。
次の扉がやっと開くんだ。

「本当の意味で人や自分と向き合うことについて
私はわかっていなかったと思います。」
と勇気ある言葉と共に
弊社の20周年のお祝いのハガキをくれた受講生が
「何かコーピングっぽい」と選んでくれたハガキは
家プロジェクトの一環として新しく姿を変えた直島の氏神さま護王神社。
「ガラスの階段を登ると神社がある」と
受講生もハガキに書いてくれている。
嬉しいなぁ。
お葉書をくれたことも、これを見てコーピングっぽいと感じてくれたことも。
受講生はこのハガキでいうなら
階段を一段登ったんだ。
「わかってなかった」とわかるには力がいる。
ましてや、そのことを人に伝えれるように気持ちを昇華するには
時間が必要だったはずだ。
その間ずっと、
自分と向き合っていたんじゃないか?と思うと…
本当によく頑張ったね。
わからないことや出来ないことは
あなたの価値を下げる材料にはならない。
事実に直面化し、受け入れているのだから。
「わからない」と堂々としていていいんだよ。
わかってなかったことがわかったら、
いよいよ始まるね。
こんなにも長い時間、自分と向き合えたんだもん。
何があっても大丈夫。
さぁ!一緒に進んでみましょ。

期待通りに進むなんてことはそうそうない。
だからこそ、
期待通りじゃないとわかってから
さて、どうするかが大事。
問われてるんだよ。
どうする?って。
本当にやりたいのか?
それとも、別の道を探すのか?
さぁ!どうしたい?

学生の頃、大学合格のために
大好きなチョコ断ちをする!と言た友人がいた。
受験間近だったのもあるけど、努力の方向が少しズレてる。
方向を間違った努力は実らない。
努力の方向は原因の見立てで決まる。
せっかくの努力が水の泡にならないためには
方向を間違わないこと。
方向を間違わないためには
何が原因で今の結果が起こっているのかを
正確に判断する必要がある。
もし、こんなに頑張っているのに結果がイマイチ…
と感じているなら、
あなたの努力の方向が間違っていて
原因を見直す必要があるかもしれない。

「こんなことに捉われていたのか」
と自分にブレーキをかけていたものを自覚し愕然とするケースは多い。
そんなもんなんだよ。
気づいてしまえば「そんなもの」だが、
あなたが身を置いている環境が「そんなもの」を大切にしている場なら、
「そんなもの」になかなか気づけない。
だからこそ、
誰と付き合うのか、
どんな環境に身を置くのかは注意深く選ぶ必要がある。

新しいことに挑戦して
最初からスムースに行くことはまずない。
そんなのわかってる。
ただ、きっと上手くいくはずだと考えなければ
挑戦しようとも思わなかったはず。
きっと上手くいくはずだと思ったのに、
最初からスムースにいかない、
そのギャップが辛い。
だがやっと、
このギャップを知ってからチャレンジは始まる。
ギャップの辛さをよくよく感じて、
さてどうするか?が最も大切だ。

息子がラクビーの試合で負けた時、
顧問の先生が子どもたちを集めて
「普段、小さいことをないがしろにしているだろ?
例えば、給食はお代わりしろ!(体を大きくするため)と
言ってもしてないだろ?
そんな小さいことを疎かにしていることがプレーに現れたんだ」
とおっしゃっていた。
遠くで聞きつつ、深くうなづく私。
その通りだ。
一事が万事なんだ。
講座では
自分を丁寧に扱おうといった話が出るが、
何も難しいことではない。
自分が使っている言葉を丁寧に使うこと。
動きを丁寧にすること。
生活を丁寧にすること。
丁寧さは生活全体に伝染する。
一つを整えると次々と整いだし、
一つを粗末にすると次々と粗末な扱いになり、
お粗末な結果につながる。
どちらにしてもドミノ倒しで起きるのなら
何かひとつだけ丁寧にやる。
整いだすと面白いようにどんどん整いだす。