
流れが悪いな…と感じたら
例えば、いつもと違う道を通ってみる。
持ち歩くバックを変える。
いつもより早く寝る。起きる。
など、小さいことでいい。
何かを変える。
何かを変えなければ何も変わらないし、
ささいなことでも何かを変えれば何かが変わる。

例えば、いつもと違う道を通ってみる。
持ち歩くバックを変える。
いつもより早く寝る。起きる。
など、小さいことでいい。
何かを変える。
何かを変えなければ何も変わらないし、
ささいなことでも何かを変えれば何かが変わる。

たくさんの時間があれば
たくさんのことができる訳じゃない。
時間さえあれば!と考えているのであれば、
たくさんの時間を作ってみる必要があり、
実際に時間をたっぷり取っても、はかどらない場合もある。
例えば
週に1回たくさん寝たからって
それまでの寝不足をリカバーできるものじゃない。
やっぱり毎日のコンスタントな睡眠が必要だ。
時間は言い訳にしか過ぎなかったとなれば、
大切なのはいかにコンスタントの領域に、
どの程度のものを入れるかで、
そこには、
どう工夫するかといった知恵が必要となる。

出来上がってしまった人間関係のパターンを変えるのは、
新しく人間関係を作ってゆくことより
難しいかもしれない。
それならまず、
最初のパターンを作る「出会ってすぐ」に気をつける。
パターンが出来上がっているのなら、
いつものパターンとは違った反応をやる。
しかし、意外と違うパターンをやるのは難しい。
そんなときは、
いつものパターンも逆パターンもしない時間を15秒持つ。
何も反応しないといった行為は
何もしていないのではなく、
パターンと違う行為をしていることと同様で、
違うパターンであることには間違いないから。
たった15秒で
様々なことが変わっていく。

だらしない自分、結構やる自分、
動けない自分、うまくいった自分
いろんな自分があるんだよね。
そのどの自分を思い出し、
反芻するかで自分の認知は強化され、
日々は変わってゆく。
うまくいった自分を反芻すれば、
心強くなりやすいし、
失敗した自分を反芻すれば
心弱くなっていくだろう。
私たちにはたくさんの自分がいる。
偏った見方で自分を見ることなく、
事実をみてみよう。
ちゃんとやってきてる自分がいるじゃない!

料理はどんな料理レシピを参考にするかで
出来は変わってしまう。
どんな材料を揃え
どんな分量でどんな火加減で
作るプロセスでは何を大切にすべきか。
それは仕事のやり方や生き方も同じだな。
どんなレシピを参考にするかで
結果には随分と開きが出る。

心から欲しているものを
周りに与えることで
欲していた部分が満たされていく。
なぜそうなるんだろう?
理由は説明できないが事実そう。
理屈抜きで体感するしかないのだけど
論理的に理解できなければチャレンジしたくない?
できる人に共通するのは素直と行動力というが、
やってみるって大事なんだよなぁ。
こういった、理屈じゃ説明できない時って特にそう。

原因の見立てが間違うと
結果は求めていたものから別のものになってしまう。
なぜ、彼女は輝いて見えるのだろう?
なぜ、あの人は意欲的に動けるのだろう?
なぜ、オリジナルで成功しているのだろう?
よーく観察してみよう。
直接、話を聞いてみよう。
必ず『光と陰がある』といった視点で
見なおしてみよう。
みーんな自分と変わらない人間で
スーパーマンや完璧な人などいないのだから。

嫌だよね。わかる。
間違っていたなんて今までの時間が無駄に思える。
しかし、
望む結果を得られてない今を観て、
間違っていたのが仮に事実なら
受け入れるしかない。
今、わかってよかったと思うのか、
間違っていたけどそれなりに結果は得たと思うのか、
受け入れ方はそれぞれだろう。
間違うことはよくあること。
間違ったから何だというのだ。
過去を悔やんでる暇はない。
気づいた後が大事で
さて、どうすれば望むものを得ることができるか、
そのために何をすべきかにフォーカスするんだ。
自分のマネージャーは自分。
さて、あなたは自分をどう導く?

人はなぜ苦手意識があるものほど、
高難度のやり方で始めようとするのだろう。
例えば、
断ることが苦手だと感じている人は
大切なことを断るより先に練習が必要で、
「ポテト、いかがですか?」を
素っ気なく断ることから始めたらいい。
まずは簡単なことから!
なーんてことは頭では充分わかっているのに
実際に苦手なことのハードルは上げようとする。
だから、苦手のままなんだ。

本当にやりたくて始めるのに
「そんなにやりたいものじゃない」と
自分に言い聞かせて始める効用がある。
本当にやりたくてやれなかったという事実や
ショックを回避するため。
そうしているうちに
本当にやりたいことがわからないという世界に
入り込んでいき、
やりたいことがわからないまま時間をやり過ごす。
これも生き方のひとつだろう。
それで本当に後悔しないのかな⁈