2018.03.18.

私は、私の人生を誰のせいにもしたくない。

だから、
子どものためにできなかったとか
家族がいたからできなかったと
言わないために工夫してでもやりたいことをやる。

あなたのために我慢したと言われたら
私が子どもだったら嫌だろうし、
もちろん、家族のためにやりたいことを
やらないこともあるが、
それはやりたいことを我慢しているというより
やりたいことが家族のことなんだ。

家族のせいで自分のことが出来なかったのは
私のことより家族のことをやりたかったとは違う。

自分がやりたいことをやることには
その責任を自分がとる覚悟が必要となる。

しかし、思うんだ。

私がやりたくないようにやったとしても
誰も私の人生の責任は取ってくれない。
結局、
私の人生の責任は私が取らなければならない。

仮に失敗したとしたら
やりたくないことをやった責任は後悔を伴うが
やりたいようにやった責任は
私がやりたかったんだから!とまだ諦めがつく。

せめて
潔く諦めがつく選択をしたいと思う。

2018.03.17.

あなたにはあなたの活かし方がある。

私には私の活かし方がある。

活かし方は違う。

その時々に柔軟に働きかけた方が
うまくいくタイプもいれば
ストイックに短期的に成果を上げるやり方が
うまくいくタイプもいる。

さらに
学習に関してはこうで、
スポーツに関してはあっち。
人間関係に対してはこっちなど、
その対象によっても
やり方が違う場合がある。

自分に合うやり方を見つけるには
『自分に合うやり方はどれだろう』といった
意識を持った試行錯誤が必要で、
活かし方がつかめれば例え、
それが周りの人と違った方法だとしても
歪みのない覚悟が必要となる。

私に取り組めるのは私しかいないし、
あなたを活かすのはあなたなのだから。

2018.03.16.

退屈というストレス

何もしたくない怠け心と
生産的な活動をしなければといった脅迫観念が相まって
退屈というストレスを生み、
結果、無駄な時間を過ごしてしまう。

生産性と効率性を追った結果、
非生産的で非効率的になることはよくあることで、
非生産で非効率は疲れを増す。

落ち着いて振り返り、
こんなにも疲れるくらいなら
何もしたくない自分を許してあげれたら
肉体のリカバーという意味の生産性が増したのかもしれない…と
悔やんでさらに疲れていく。

ずーっと生産的も
ずーっと効率的もなければ
ずーっと非生産的も
ずーっと非効率的もないんだよ。

 

2018.03.15.

見つけたいけど見つけたくないゲーム

定まらない間は揺れ続ける。

こうかな⁈あぁかな⁈と
揺れているときはキツイ。

あぁでもない。
こうでもない。
と右往左往している間は
エネルギーをどんどん消耗する。

これだ!と明確なものに出会えればいいが、
うっすらとでも充分なんだ。

これかも…と進む方向がぼんやり見え、
やることがわかれば後は進むだけ。

随分とラクなんだけどなぁ。

ただ、
『後は進むだけ』の本番を恐れて
見つけたいけど見つけたくないゲームから
出ようとしてないのなら…別よ。

ゲームをやってる間もすでに人生の本番なのに…終わっちゃうよ。

そういう生き方を
あなたが自覚して選択しているのであれば
それもよいけど…ね。

写真:都会のモアイ像🗿に見えない?

2018.03.14.

なまけもの

思春期の娘は
勉強もだるい。
部活もだるい。
遊ぶことだって、腰をあげるこだって
だるそう…。

よく寝てる。

そういうのって、
綺麗に現代風で言うと『意欲が湧かない』とかに
なるのかもしれないけど、
怠け者って言うんだよ。

と伝えるとニヤッと笑った。

なまけるって楽そうだけど
本当は動けた方が楽なんだよ。

2018.03.13.

深まるとは

野球に疎い私だが
イチロー選手のマリナーズ入団会見での
記者とのやり取りは思わず
会話を改めてネットで調べてしまった。

full-countより

――2012年にトレード移籍してから5年半。選手としてどう変わったか?

「いろいろなことを経験しました。この5年半。また耐性が強くなったと思います。耐性というのはいろいろなことに耐える能力、これが強くなった。明らかに強くなったと感じています。」

と、屈辱も味わった時期を語っている。

『屈辱の時期=また忍耐が強くなった』という、さすがの認知!

「経験×さすがの認知」によって
彼はより深く強化されている。

経験を積んだ強さというのは
こういうことじゃなかろうか。

最後に、
――チームのために何でもするという気持ちは18年目で初めて生まれた?
との質問に対して丁寧に答えた後、

「〜〜〜印象としては、ケージの中で一番大きく育ってしまった犬を優しく迎えてくれたような。それに対してすべてを捧げたい、忠誠心が生まれるのは当然のことだと思いますね」

と締めくくっている。

勝負の世界で生きるとはなんと…。
事実を受け入れる強さと事実を受け入れた哀しさは
愛を深めるということなんだろうな。

 

2018.03.12.

ひとつに全力

あれもこれも手を出して
結局、どれもダメやん!と
無駄に月日を費やしてしまうことがある。

本当はどれかひとつで良いんじゃ⁈
ひとつ出来たら実はすごいんじゃ⁈

ひとつに全力を注いだら
同じ月日を費やしたとしても
少なくともひとつは成していただろうに…。

思いっきって、ひとつに絞る力を養う。
ひとつに決めるということは、それ以外を捨てること。

勇気が要るが有効な手段の一つだ。

2018.03.11.

エネルギーの作用

一度形になってしまったものを
新しい形に作り直すエネルギーは膨大だ。

そのエネルギーたるや
新しく作ることの比じゃない上、
大きなエネルギーをもってしても
一気には変わらない。

ただ、エネルギーの作用は
目に見える変化が起きてなくても
必ず浸透している。

目にも見えない微々たる作用は
与え続けることで
大きな変化に育ってゆく。

作り変える変化には
エネルギーを与えつづけることを
積み重ねるしかない。

何もしなければ5年後も
今と変わらないが、
変化のための微細なエネルギーを
1年も積み重ねれば
必ず大きく変化しているものだ。

積み重ねることには時間がかかる。

時間がかかるからこそ今すぐ始めること。
時間がかかるからこそ続ける工夫と覚悟が必要だ。

2018.03.10.

在り場

傘と靴下が苦手な私は、
小雨程度なら傘は持たない。

ましてや
天気予報の雨に備えて折りたたみ傘を
持ち歩くことなんてことはしない。

しかし、
キャリーバックには
いつも折りたたみ傘をいれている。

出先で雨が降った時用に
と考えて入れている訳では決してない。

雨が降ってても出すのが面倒で、
常にキャリーバックに入れている割には
使わない時があるぐらい。

こんな私がなぜ傘をキャリーバックに
入れいているのかというと、
傘を入れるところがあるから。

つまり、
それ用の場所があるから入れているだけ。

専用の場所があるだけで
面倒臭がりの私でさえ傘を持ち歩けるんだ。

これは傘の場所だけのことじゃ無い。

場所があることが大事で、
置く場所、在り処、役割さえ作ってしまえば
大して頑張らなくても
それができるということ。

適切な人がいるからその場所や役割が生まれるのではなく、
場所や役割が明確になることによって
そこに対応する人が集まったり、
やれること増えたりする。

 

2018.03.09.

シャンシャンはピンク色。

シャンシャンは自由奔放で快活。
可愛くて思わず見てしまう。

せっかく頻度よく東京にいるのだから
生のシャンシャンを見に行きたーい!
と切に思う。

母さんパンダにたくさん舐め舐めされたパンダは
ほんのりピンク色をしているらしい。

シャンシャンはピンク色。
たくさん愛されている。

愛されることに自信がもてたら、
あんなにも天真爛漫になれる。