
年輪のように思考は育つ。
大切な思考も人は忘れてしまう。
しかし思い出した時は
思考も上塗りされ、更に強くなる。
それが必要なことであればあるほど
強く染み込んでゆく。
忘れては思い出し、
思い出しては刷り込みを
繰り返しながら年輪のように
思考は育っていくんだな。

大切な思考も人は忘れてしまう。
しかし思い出した時は
思考も上塗りされ、更に強くなる。
それが必要なことであればあるほど
強く染み込んでゆく。
忘れては思い出し、
思い出しては刷り込みを
繰り返しながら年輪のように
思考は育っていくんだな。

母は椿が好きだった。
子ども私にはあの真っ赤さが
苦手だったなぁ。
しかし最近は赤に黄色が愛らしく感じ、
母が好きだったと思うと目が見つけてしまう。
そういえば我が子たちは
何を見て私を思い出すんだろう…。
お花や料理といったしんみり感よりより、
笑いネタなんだろうな。

90分でぎゅーーっとコーピングの概要を網羅する
イントロダクション講座で
いろんなところにお邪魔させていただく。
先日は全社会議で!
先日は小学校のPTAで!
先日は東京で!大阪で!福岡で!
たった90分にも関わらず
やっぱり、その人らしさが滲み出る。
人との違いがあなたの魅力。
違いを自覚することは
あなたの魅力を自覚すること。
魅力は自覚するほどに
磨きがかかる。

使わない道には草がはえ、
いずれ道で無くなってしまう。
大切なこともずっと使わなければ忘れてしまう‘考え’は
使わない道がだんだんと道で無くなるのに似ている。
改めて触れるまで忘れたことにすら気づかないが、
草ぼうぼうになった道でも
何度も通り始めるとまた、
どんどん道に戻っていく。
考えることは何度も踏みしめることで出来る道。
『未処理の感情に気付けば、問題は8割解決する』が台湾で発売となりました。

・自分の間違いに気づく。
・わかってないところが明確になる。
・無知な自分をみる。
といった、
簡単に知ってしまえば
『恥ずかしい自分を目の当たりにする』
ということ。
学ぶには、
スタート時に特に勇気がいる。
加えて長年同じ環境にいて、
知ってる風な大人な時間を長く過ごしてしまうと、
恥をさらすことに不慣れなため、
学ぶこと自体に勇気が必要になる。

厳しくしても育たない人は育たない。
辛く当たることが成長に直結するわけじゃない。
だからこそ、
自分の素地を冷静に分析し自覚して、
自分の生き方や活かし方を
自分で整えないといけない。
どう接するれば意欲的になれるのか?
どういった声かけが最も有効か。
ライバルはいつぐらいに登場すると効果的なのか。
何が持ち味で、何が引き金となりやすいのか。
この見立てが甘いと
なかなか結果に結びつかないが、
分析が正確で対策が的を得て入れば
ぐんぐん伸びる。

言葉だけに限らず
ちょっとした動きや反応を通して
心根は伝わる。
普段の姿勢、
ノーマルな思いは滲み出てしまう。
誰を思って何を目的にしているかが
透けて見える。
思いの深さ、優しさ、思慮深さなどは隠せない。
もちろん人によって、
時と場合によっても
感度の良し悪しはあるけれど
わかる人にはわかるんだよなぁ。

完全を求めすぎると
全てが不完全に思えてくる。
8割程度の完全を求めると
完全に近い気持ちとなる。
100%の完全を求めるのか、
ある程度の満足を目指すのか、
何を完全とするのかで
現状への気分は変わり、
やることもやれることも変わる。

これだって出来るし、
こんなにもすごい‼︎と
自分の能力ややれることを高く評価することとは
少し違う。
自分の価値を危ぶまないというか、
何があるとかないとか無関係に
かつ自分勝手ではなく、
自分は自分という価値を見直すということ。
私そのもののパワーを信頼してみたら⁈
に近いかな。