城ノ石ゆかりオフィシャルブログ
『思い立ったが吉日』

2018.01.21.

正直な自分

自分を丁寧に扱わなかった時、
胸のあたりがちくっと痛む。

自分をいつものキャラで演じたとき
グッと疲れが出る。

自分に正直でいるより、
誰かの期待に堪え、
場の役割を演じてしまった時、
何とも言えない哀しみに覆われる。

自分に正直になることにも練習が必要で
意識して自分に正直な時間を増やし、
練習すればするほど
自分への正直が上手くなっていく。

自分が自分のことを
正直に感じ、
正直に伝えられなければ
正直な自分は一体、
どこに存在するのだろう。

大切な自分を裏切り続けて
幸せになるんだろうか。

2018.01.20.

大きい負荷

大きい負荷の仕事ができると
今まで大きい負荷と思って先延ばしにしていた仕事が
スイスイ進む。

テスト前になると部屋が妙にキレイになったり、
本が何冊も読めちゃう中学の頃の私だ。

昔から何も成長しちゃいない。

嫌なことを遠ざけようとする素地は
70になっても80になっても
きっと変わらないだろう。

そんな素地でも
サクサク進める方法は…

より大きな負荷を持ってくるしかないな。

2018.01.19.

徹底とはパンツだ

何かを徹底するとは例えればパンツだ。

うっかりパンツ履くのを忘れて
家を出ることはない。

下着をつけることに
意思や力が必要とせず、
履いてないと気持ち悪い。

何故なら既に永年、
パンツを履き続けているからだ。

意思や力が必要とせずとも
やり続けられるのが徹底の完成。

やらなければ気持ち悪いとなれば
後は自動運転だ。

2018.01.18.

刺激

刺激を受けると
その受けた刺激に囚われる。
そうしているうちに
違う刺激に出会い、
今度はその違う刺激に向かう。

刺激に反応してばかりいたら
何も進まないし、
身に付かない。

刺激が刺激じゃなくなるところまで
それ以外の刺激は無視する必要がある。

無反応は無理にしても
微反応程度にしておかなければならない。

例えば
スノーボードがかっこいいと
スノーボードの練習を始めたばかりなのに
ダイビングの素敵さに心奪われ、
ダイビングのライセンスを取りに行くようなもので、
こういう人は
ライセンスを取る前に別の刺激に走ってしまい、
身体は何も覚えれない。

何かひとつ終わらせて、
次に行かないと結果、
何も身に付かなかった…ということになりかねない。

落ち着きがない人というのは
こういうことを日常の中でやり続けている。

ちょくちょく刺激反応するのでなく
ひとつを完了させて
次に手をつけなければならない。

刺激をどう取り扱うかを
決めておく必要がある。

自戒の念を込めて。

2018.01.17.

まとまりのある自分

受講生は優秀な方々ばかりだ。
トラブっている人は少ない。
事実、世間で言う成功している人達ばかりだ。

ほぼほぼ満足しているがしかし、
何か足りないものをうっすら感じていて
その大よそ1%程度の足りないものの正体を
見定めにいらしているように感じる。

意識と無意識の差が大きいと
人は幸せを感じにくい。

頭では成功すれば幸せになると思いつつ、
心の奥底では、人との繋がりこそ幸せとなっていたら
どれだけ成功したとしても
幸せを感じることはは出来ないだろう。

意識と無意識は離れていないか?
統合されているか?

まとまりのある自分の要素のひとつは
意識と無意識がフィットしている状態だろう。

2018.01.16.

新しい体験が好き

見せたくて!
食べさせたくて!
体験してほしくて!

私の未知をプレゼントしてくれるのは嬉しい。

私は新しい体験が好き。
未体験にはワクワクが詰まっている。
加えて、
そのお気持ちがまた、
心から嬉しい。

 

2018.01.15.

記憶が無い私

酔っ払って記憶がない私は
普段と変わらなかったと言われる。

全く記憶が無い酔っ払った私は
どうやって話をしているのだろう。

全く記憶が無い酔っ払った私は
どうやって帰ってるんだろう。

全く記憶が無い酔っ払った私の目的は
呑むことなのだろうか、
それとも
酔っ払うことなのだろうか。

酔っ払った時の私は一体、誰?

2018.01.14.

取り扱いは選ぶことができる

変えれないものと変えれるものがある。

持って生まれてきたものや素地は
変えれない。

しかし、

変えれないものの取り扱いが大切で
変えれないものの取り扱いは変えることができる。

変えれないものをどう取り扱うかで
人生は変わっていく。

与えられたものを
最大に活用できますように。

2018.01.13.

一線を超えてみる

久々、
気持ちがふわーっと軽くなった時、
今まで重かったんだ…と知る。

投げ出してみたとき、
こうでなければならないと強く
思い込んでいた自分を知る。

出過ぎて初めて
良い加減がわかる。

一線を超えると
境界線がわかる。

そこから出たときに
それまでの自分を知る。

2018.01.12.

椿

亡くなったばあちゃんが
あなたをどんなに可愛がってたかの笑い話をする私も涙ぐめば、
聞く娘も涙ぐむ。

どこをどう思い返しても
いっつも優しかった母。

8年前も雪が降ってたね。

お母さんが大好きだった椿は
今年もよく咲いてるよ。