
学ぶと見え方が変わってくる。
様々な立場、役割、加齢…
あらゆる経験という学びが
新しい視点を与えてくれる。
実際、色とりどりのツツジや青紅葉の美しさに
こんなにも心震えることは無かった。
きっと若い頃は毎日の彩りが鮮やかすぎて
気づかなかったのだろう。
日々が色あせてきた証なのかもしれないが、
年齢を重ねないと見えないもの、
理解できないものがある。
と思うとこれからもチョッピリ楽しみになる。

様々な立場、役割、加齢…
あらゆる経験という学びが
新しい視点を与えてくれる。
実際、色とりどりのツツジや青紅葉の美しさに
こんなにも心震えることは無かった。
きっと若い頃は毎日の彩りが鮮やかすぎて
気づかなかったのだろう。
日々が色あせてきた証なのかもしれないが、
年齢を重ねないと見えないもの、
理解できないものがある。
と思うとこれからもチョッピリ楽しみになる。

以前、お客様から聞いた
彼女の母の座右の銘。
多少自嘲気味だが
娘の彼女も心に留めているようで、
実際とても有効だったよう。
複雑なお家の子だったが
いつも明るく、
どんなことがあっても顔を上げて歩いているような子だった。
それでいいんだ。
あなたの選択の責任は誰も取ってはくれない。
後悔しないように。
私は私。私の活かし方は私が決める。

『絶対、やってやる』と『成るようにしか成らん』
の両方のバランスが大事。
諦めと粘りのバランス。
『人事を尽くして天命を待つ』は上手く言ってる。
これに期限が加わって、
どこまで頑張るか⁈
早い断念は無念だし、
長い執着は苦しみを生む。
事実、コツコツやって
いつか成せてしまうことは少なくない。

目的と手段がこんがらがってしまう時がある。
目的がぶれたり、
手段が目的になってしまっている時だ。
そうなると
なかなか達成することはできない。
いつも、何をするときも
目的を明確にする必要がある。
どうなれば
目的達成か⁈も具体的に描いておく。
例えば、
お客様にこう言われたら最高の目的達成だ!
といった具合に。
目的が明確なら
目的地までの最短距離がわかる。
そのためのベストな手法を考えることができる。
しかし、
向かう目的そのものがぶれてしまっていたら
いつまでたっても
そこにはたどり着けない。

小説の中の登場人物に恋をする。
いや、恋だけに限らない。
時には40代のデザイナーに、
時には20代の学生に、
はたまた時代を超えて火消しに。
様々な立場に感情移入して
泣いたり憤りを感じたりして擬似体験する。
この擬似体験がいい。
イメージとして疑似体験する事によって
他者を自分のように理解できる可能性があり、
ただ一度しか生きれない人生に
様々な生き方、感情を同時体験できるよう。
まるで主人公が
乗り移ったようになる時さえある。
感度の良さというとは
心のヒダの細かさやその数量で決まると思うのだけど
小説や映画はそういう意味でも
情緒的学習効果は高いだろう。
以前、『映画deコーピング』をやったが
またやりたいし、
小説deコーピングもやってみたいなぁ。

問題も乗り越えてしまえば
なぜ、問題だったんだろう?と
その原因がわからなくなってしまうことがある。
失敗だけでなく
成功にも要因の分析が必要で
乗り越えたポイントを意識化しておくと
同じようなパターンの問題が起こった時に
乗り越えが効く。
何もリバウンドはダイエットに限ったことじゃない。
人生にはテストのように同じような問題が
繰り返し起こることがある。

息子は塩だけで握ったおむすびが好き。
部活の練習に持っていく軽食と言う名のおむすびは
大きいのを3つ。
はい!と手渡すと
今から一つ食べたいと言う。
おむすびを握る母は
ものすごーく幸せを感じる。
どれだけでもにぎりましょ!
中学でラグビー部に入って
すこし筋肉がついてきたみたいだけど
まだまだマッチ棒。
早く大きくなるといいね。

新幹線で上にあげた荷物と自分の腕を
紐でつないでいる人を見た。
彼にとって『安心』とはなかなかハードルが高い。
私のように
家の鍵をかけ忘れるどころか、
ドアに鍵をぶら下げたままにしていたり、
カフェで荷物を置いてトイレに行く人間とは
付き合いたくないだろうな。
しかし、『安心』の基準も定期的に棚卸する必要がある。
なぜなら、エネルギーだから。
何に、どのようにエネルギーを注ぐのかで
人生は変わってしまう。

一般にNGと言われることと自己価値が直結していて
自分を健全にジャッジできてない人は少なくない。
例えば、
『わからない自分』=『ダメな自分』
『できない自分』=『価値がない自分』
といった具合に。
そういった人は評価基準が曖昧なため、
他者の評価もできないケースが多い。
そんな人が部下を持ったら
上司に部下の評価を尋ねられても
「ボチボチです。」とか「頑張ってます。」と
明確な返事ができない。
なぜなら、悪い評価は部下の価値を落としかねないと
危ぶんでいるし、
他者をジャッジするなんて人としてどうだろう…と
さらに間違った思い込みを発動してしまっているから。
そんなことをしていると感じたら、
整理して理解する必要がある。
『わからない自分』=『わからない部分』であって
あなたの価値とは直結しない。
むしろ、あなたには価値があると思っているからこそ、
わからない部分を明確にして
わかるように働きかける必要があり、
『できない自分』も『できない部分』であって、
その人に価値があるからこそ、
『できること』にする為にできない部分を
はっきりさせて取り組む必要がある。
誤解しないでほしい。
『ダメなところ』は『ダメな部分』で
かつ、
『今』ダメなところであって、
未来もずっとそうとは決まっていない。
『わからない』『できない』を仕舞い込むのではなく
『わからない』『できない』をしっかり観て、
『わかる』『できる』へ変える取り組みをやってみようじゃないか。

本当に何が良くて何が悪いかなんて
人生が終わって見ないとわからないものだ。
ダメだと思っていたことが幸いしていたり、
やったー!と喜んでいたことが
振り返ってみるとトラップだったり。
今ある知識だけで判断しては
勿体なさすぎる。
まさに『禍福は糾える縄のごとし』。
『禍福は糾える縄のごとし』とは
幸福と不幸は、より合わせた縄のように交互にやってくるということ。
(デジタル大辞泉より)
しかし不幸だと感じる時は
禍福うんぬん…とは思えないことも重々承知で、
そういう時に役立つのは
『全ては必然。意味がある。』で凌いでみる。
すると、
実際、時間が経つと納得いくことが多い。
『空のペットボトルほど
落ちたら大きな音を立てる』というが、
騒ぎ立てるほど空っぽが見えてしまう。