
気がかり
気がかりは多くのエネルギーを奪うが、
気がかりに手をつけると充実感を得る。
やり始めてみると
なぜ、とっとと手をつけなかったんだろう…と
後悔することも多い。
そんな気分を参考に
最初から手をつけることが
出来る自分でいたいな。

気がかりは多くのエネルギーを奪うが、
気がかりに手をつけると充実感を得る。
やり始めてみると
なぜ、とっとと手をつけなかったんだろう…と
後悔することも多い。
そんな気分を参考に
最初から手をつけることが
出来る自分でいたいな。

『人は教えるときに、最も学ぶ』と言ったのはドラッカー。
人に伝えようと思うと
曖昧な部分が明確になる。
曖昧なところが明確になり、
知ったつもりだったことがよくわかる。
ドキドキを味わうことも大切だし、
恥を掻くことだって
良い経験となる。
知りたいことこそ
教える側になってみるという学び方も悪くない。
アウトプットは
インプットの3倍の学びがあるというが
本当だな。

講座では感情をヒントに
『自己認知は現実に反映される』ことを
取り扱っているのだけど
その自己認知は決して一つじゃない。
自己認知にもカテゴリーがある。
例えば、
営業に関しては
「絶対やれる!」というプラスの自己認知があるのに
恋愛に関しては
「何を話していいかもわからない、苦手だ」という
マイナスの自己認知があったりといった具合だ。
カテゴリーごとの自己認知を意識できると、
可能性の幅が変わってくる。

「いつものパターンだ」と意識すること。
その意識ひとつでパターンに振り回されない。
恐れる必要はない。
意識したとたん、
心に隙間ができるのがわかるだろう。
これはあくまでもパターンであって
自分を守る上で大切だったんだと客観視する。
いつものパターンだけに生きない。
そのパターンを引き起こすプロセスの主導権を握る。
人間、3日辛抱すれば不思議と
昔っからやってるように感じるものなんだ。
あっ!揺り戻しは当然ある。
が、その際も主導権をパターンに渡さない。
どんな考えを選択すれば
あなたのレベルは上がっていくんだろう?

1日、ゴロゴロしていたのに
疲れが取れないどころか、
心も体も鉛のようになっていき、
翌日、仕事に復帰するのに一苦労することがある。
体を休めても
心や脳が休めなければ
やはり疲れは取れない。
気がかりや仕事のことが頭を過っては
体が休んでいても脳は休んでないし、
その度に胸がチクっとしていると
心は休めていない。
気がかりは前のめりにやっつける。
仕事はスンゲーもの見せてやる!ぐらいの気概で向かう。
逃げ腰ではなく向かって行ってる時って
体や心が疲れたとしても
魂が喜んでる。
だからかなぁ。
気持ちいい疲れなうえ、
回復する疲れなんだよねぇ。

過去の自分と未来の自分の狭間にいるのが
今の自分。
頑張ってきた自分の成果が今であり、
今の自分の働きかけによって
未来の自分が創られていく。
軒下から落ちるわずかな雨垂れでも、
長い間同じ所に落ち続ければ、
ついには硬い石に穴をあける、
「雨垂れ石を穿つ」という言葉通り、
一歩一歩進むことに注力していたら
どんな人間でも思い描く自分に
近づくもの。
結果を危ぶんで悩んでいる時間が
もったいない。

理想の自分を描くのは、
今の自分と比較して落ち込むためじゃない。
理想の自分までのプロセスを描き、
そこに辿り着くまでに必要なことを抽出し、
その抽出したものを今から行動に移すために
理想の自分を描くんだ。
理想像を持つとストレスが増えるという思い込みは
「理想の設定」か、「理想の取り扱い」に
間違いがある場合が多い。

先日は息子の運動会が行われた。
私にとって運動会はワクワクする、
楽しい印象しかない。
私にとって血が逆流するような時間が最も興奮する時なのだけど、
それがまさにこの運動会。
リレーや組体操、棒倒しなど、どうしようもなく出場したくなる。
出場しなくても見ているだけで
知らない子を応援してしまう。
こうやって運動会を見にこれるのも
あと数回と思うと…、
何事もずっとは続かない。
1年1年、大切にしたいと思う。

事実は大事だ。
現時点からしかGOALへの道のりは読めない。
リアルな現在地が分かれば、
そこから頂点までの時間とやるべきことが明確になる。
予定が立つ。
嫌な現実を見なかったからって
その現実が消えて無くなる訳じゃないし、
事実を見たからって
それは「今」の話。
未来は変えられるからこそ、
今の事実を見ないと。

不安は悪いことじゃない。
何故なら、
今に手をこまねいている時や
嫌な過去を握りしてめている時は
不安ではなく不満に覆われているはずで、
未来を向いている時
新しいことにチャレンジしている時に
不安を感じているから。
膨らませすぎた不安は別として、
前を向いている時、多少の不安はつきもの。
ただ、
不安で良い緊張を手に入れる人もいれば
同じ不安に押しつぶされてしまう人もいる。
不安はその取り扱いが大切となる。
不安は過度な努力だけでは
払拭できない。
不安を封印せず、
不安と向き合い、
不安の材料をリストアップし、
やれることをやったら後は天に任せる。
「天に任せる」ことと、
「やれることをやる」の線引きが不得手な人も多い。
なので、
一定のボリューム以上考えすぎないよう、
全く別のこと(楽しいことがオススメ)に
敢えて集中する時間を持つ。
考えれば考えるほど
不安が薄れる訳ではない。
不安を忘れる時間を持てるかどうかは
不安との付き合い方で大事なポイントとなる。