
無意識を発動させる魔法の言葉
嫌な出来事や上手くいかないことにも、
何故か「ありがとう」と感謝してみると
出来事の意味や答えがわかる時がある。
最初に感謝と言ったのは誰だったっけ⁈
時間がある程度経って振り返った時に
あれがあって良かった!と
嫌な出来事の意味を理解することがある。
私たちの意識で理解できることは少ない。
無意識の力を発動させる魔法の言葉が
「ありがとう」じゃないのかな。

嫌な出来事や上手くいかないことにも、
何故か「ありがとう」と感謝してみると
出来事の意味や答えがわかる時がある。
最初に感謝と言ったのは誰だったっけ⁈
時間がある程度経って振り返った時に
あれがあって良かった!と
嫌な出来事の意味を理解することがある。
私たちの意識で理解できることは少ない。
無意識の力を発動させる魔法の言葉が
「ありがとう」じゃないのかな。

疲れはあなたが思っている以上に
メンタルへの影響が強い。
イライラを引き起こしやすいし、
ネガティブな思考に偏りがちとなるし、
健全なジャッジが出来なくなる。
疲れを感じ、
適切に休めるのは成熟した大人の証。
気になって仕方がないことや
常に頭を離れない何かがあるのなら
疲れを疑っても良いかもしれない。
心や体を休ませることは
何もぼーっとすることだけじゃない。
軽いスポーツや創作活動、
普段と違う行動も休むことになる場合は多い。
何事もまずは
肉体も精神もフラットな状態に戻してから。

なぜか繰り返し犯してしまう問題には、
未処理の感情がある。
いつもは大丈夫なのに
何故か肝心な時に力を発揮できない場合は、
潜在意識に深く刻まれた歪んだ判断基準がある。
その歪んだ判断基準の元になっている感情を
未処理の感情という。
未処理の感情には「悲しい」とか「悔しい」などの名前が付いていない。
名前などつけられない程に驚き、
ショッキングだった出来事に対して、
頭が真っ白になってしまったような際に未処理のまま放置された感情。
感情の処理が進むと繰り返す問題は無くなり、
本来の力がラクに発揮されるようになる。
つまり、未処理の感情はあなたの人生の伸びしろでもある。

人はそれぞれにそれぞれの能力を与えられている。
誰かの能力をいくら羨んでみても、
その力が無いものは仕方ない。
能力がないこと自体は弱さじゃない。
能力がないことを受けれられないことが弱さ。
新しい自分を開拓することには意味があるが、
能力がない部分に劣等感を持ち、
そう生まれた自分をないがしろにして、
非現実的な幻想の中で生きようとすることは
本当の真実を見ずに暗闇のなかを進んでいることと同じで
自分ではない誰かになろうとしている。
誰かになろうとしても二番煎じにしかならない。
力がない部分も劣等感も、
全部まるっと自分自身を受け入れることこそ
本当に強くなる秘訣。
誰もあなた以上のあなたにはなれない。
与えられた能力に見合った中で、
精一杯のことをコツコツやるというのがまともで
美しい生き方。

また逢う日まで~♪
逢える~時まで~♪
別れのそのわけは話し~たくない~♪
ここ2週間、ずっと頭を流れている
尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』。
世代じゃないんだけどなぁ…
と考えていたら朝方、白い月を見ててふと思った。
私とお別れなんだ。
今までの私とのお別れ。
これからきっと私は、新しい私に出逢うんだろう。
節分もくるし。
そう感じたら曲が流れなくなった。
潜在意識とはいろんな形でサインをくれる。

弊社の講座の特徴は
「コンテンツがあるわけじゃなく、
コンテキストがあるところ」と言ったのは
大阪の受講生だったなぁ。
コンテンツはdoingだから対処。
対処はもちろん大切だけど、
根源のbeingを取り扱うことができれば対処は不要となり、
そもそも対処すべきことが減る。
原因と結果の法則が成り立つんだよ。
結果には原因があり、
結果の対処だけではなく、
原因を修正しないことには同じことを繰り返すだけとなる。
せっかくトラブルを起こしてまで
知る必要がある根っこがあるのなら、
みてみようじゃない。
小さいミスは放っておくと必ず中くらいのミスになり、
それも放っておくと大きなミスになる。
手を打つなら、
気づいた今が最大のチャンス!

出張から帰宅すると
息子はラグビーの試合で負傷していた。
翌日、病院に連れていくと
「軟骨を痛めているようで、簡易サポーターをはめようとしたのですが、
足首を回すと痛がったので念の為ギブスをしましょう。」
と、ドクターから説明があった。
診察室から出てきた息子に
「ギプス、ちょっとうれしいだろぉ⁈」と声をかけると、にやっと。
そうだよね。
労られるし、優しくされるもんなぁ。
どうか息子が、
存分に不自由を味わえますように。
もう二度と松葉杖は嫌だ。
自由に歩ける!走れるって最高!と
実感できますように。
人は失わないと気づけないことが多い。
完全に失う前にありがたく感じるチャンスになりますように。

断ち切る勇気は大切だ。
4nessコーピングの受講生は優しい人ばかりで
自分の責任の範囲が広い。
どこで断ち切るか、
どこまでを自分の責任とするかの線引きに
戸惑っているよう。
わかる!
もちろん、責任の範囲を広げることで
力をつけてきたこと、
力をつけることはあるが、
広すぎる責任は決して良いとは限らない。
保身ばかりじゃ、人としての魅力に欠けるが
広げすぎては二進も三進もいかなくなる。
まずは自分の責任の範囲を自分で決める。
狭すぎたら少しだけ広げたらいいし、
広すぎたら少しだけ狭めてみる。
取り急ぎ、決めてみないことには
適切な範囲がわからない。

自分とは切っても切れないご縁。
一生付き合わなければならないのだから
自分という人間を研究しておく必要がある。
自分を研究する上で大切なことは
自らの経験を研究対象にして
理論的な視点からそれを説明してみること。
私たちは自らの活動によって
さまざまな経験を積み重ねていて、
経験をどう解釈したかの累積が
今の自分の一部を作っている。

若い頃、
「ケーキを食べたくなくなった」という大人を疑っていた。
それほど若い私にとっては素敵な食べ物だったけど、
50を過ぎて、疑っていた大人の気持ちが分かる気もする。
もちろんケーキを嫌悪はしないし、
頂ければ食べるし、美味しいのだけど、
いつから買ってまで食べたいと思わなくなったんだろう。
先日は、生きていれば母の76のお誕生日だった。
私が長女を妊娠した際、
母は「あなたにはまだまだ知らない世界がある」と
「親」になって味わう世界の話をしてくれたことを思い出した。
やはり当時の私には想像もできなかった。
今なら母の言葉の意味が少しわかる気もする。
人生はある意味長い。
これから自分の感覚がどう変化していくのか楽しみだな。