城ノ石ゆかりオフィシャルブログ
『思い立ったが吉日』

2019.04.10.

花鳥風月

年齢を重ねると花鳥風月を頭から順次、
愛でるようになるといったことをテレビで言っていた。

息子は嬉しそうに振り向き、
ママはどこまで?と尋ねてくる。

SNSは花の写真が異様に多い、
朝は鶯の鳴き声が聞こえる、
風はいつも感じて、
月を探して夜は空を見上げてしまう。

あぁ…全てだ。

上品な品格とは程遠いままだが
年齢だけは重ねてるということかな。

2019.04.09.

見えるもの、見えないもの

見えるものだけに頼って生きると
かなり危険だ。

私たちが見えているものなんて
ほんの、わずかでしかない。

口にすることが皆、正直とは限らないし、
つじつまが合わなくても一瞬、
垣間見た世界の方が正しいと確信することもある。

何が起こっているかはわからないが
何かが起こっているかもといった想定があるだけでも
随分、世界の奥行きが見える。

2019.04.08.

おかげさま

先日は1時間、講座の開催時刻を遅らせてもらって
息子の部活の決勝戦を観戦。

受講生が皆、快く時間を変更してくれたお陰で
息子たちが優勝する姿をこの目で見ることができた。

本当にありがたい。

重ねて講座予定は
子ども達の年間行事が出てからにさせていただいているので
本日の新学期初日を迎えるまでほぼほぼノープラン。

みなさん快く、私の「母」の部分を
受け入れていただいている。

本当にありがたい。

さぁ!今日から新学期が始まるよぉ!

2019.04.07.

イライラ

イライラすることが決して悪いのではない。
そのイライラした自分を
自分が攻め続けているから厄介なんだ。

怒るのには相当なエネルギーを要する。

フラストレーションは別として
情熱を傾けたボリュームに比例して人は怒りが増す。
どーでもいいと思ってれば感情は揺れないんだ。

コントロールを目的とした怒り等でなければ
怒ったからって自分を責めず堂々としていたらいいし、
怒られた方はエネルギーをかけてもらっている証しと捉え、
しっかりそのエネルギーに報いるようにするだけだ。

ただ、怒る側はせっかくエネルギーを要しているのだから
怒りを効果的に使いたいけどね。

怒りが悪者になっている場合は
コントロールを目的としていたり、
フラストレーションの場合。
世の中には「君のため」と言って
フラストレーションを発散する人もいるから、
相手の行動をよく観察すること。

2019.04.06.

21回〜30回

3週間や1ヶ月やり続けることを
舐めたらいけない。

たった21回〜30回でもやり続けると随分と変わる。
途切れ途切れにやり続けても確実に変化を実感する。

これをやっても変わらないかも…といった想像が
人を諦めさせるのだけど
少しでも変化が見えると人は俄然やる気になる。

「わからなかろうが、成長を感じれなかろうが
21日〜30日、続けることができれば必ず変化を実感する」
といった体験は大切で、
その後のチャレンジにも良い影響を及ぼす。

2019.04.05.

終わりの時間

お会いする時間だけでなく、
終わりの時間まで書かれたアポイントをいただいた。

次の予定を組むのに、
終わりを予測して決めるものの、
間に合わなかったり
無駄に時間をロスしたりすることも多い。

しかし、
「何時から何時まで如何でしょう」と連絡が来たら、
助かる!

誘い方がスマート!
大人でらっしゃるんだろうなぁ。

お会いする前から楽しみが膨らむ。

2019.04.04.

大玉チョコボール

私は大玉チョコボールを見つけると
当たりを求めて買いたくなる。

金なら一枚、銀なら5枚のように
大玉チョコボールには特大のチョコボールが
当たりで入っていると聞いていたから。

その話をすると、
「じゃあ、袋の上から触って買ったらいい!」
と友人が言う。

あぁ…言わないで!知ってしまったら、
触って買うという選択肢といちいち戦わなければならなくなる。

選択肢は他にないと思い込んでいたら
迷う必要もないのだけど
こんな風にも出来るし、
あんな風にも出来るとわかると
選択しなければならなくなる。

それが例え、お菓子のチョコボールだとしても。

これをやるしかないと思い、
覚悟を決めてやっていたらやれることも
突然、新しい選択肢、
しかも楽な選択が出てきた為に迷いだす時がある。

つまり、
あまり選択肢を広げすぎないことも大切。

どんな選択も下着と一緒で、
着るものだと思い込んでいたら
今日は着るか?着ないか?といった迷いは発生しない。

やるものだと思い込むのも一つの手なんだ。

2019.04.03.

「当然」のレベル

例えば、学生の頃、
部活をやってたらどんなトレーニングも、
先輩との上下関係でも
「我慢するのが普通だろ⁈」といった、
我慢を当然と受け入れているものがある。

しかし、勉強のことに関しては
全く我慢が効かずにダメだったりする。

こっちの分野では大概平気なのに
あっちでは全く堪えが効かない。

もちろん、意欲や得手不得手はあるだろうが、
どの程度を普通と感じ、何が当然と見立てるかで
やれることは変わってしまう。

「当然」のレベルの違いは
「やれること」の違いとなっていく。

「当然」のグレードを上げていかないと!

2019.04.02.

問題と課題

「ああいう風にやってたら、そういう問題は起こるだろう」
「そういう考え方してたら起こって当然でしょう。」
と、問題が勃発した人を傍目で見ていたら、
起こっている問題の原因が本人にあることがわかる。

しかし、
本人は「運が悪い」とか「運がなかった」と解釈していたりする。

問題は起こるべくして起こっていて、
問題は自分を修正する良いチャンスで、
今、手をつけておく必要があるんだろう
と他者を見ていたらわかる。

が、自分のこととなると
同じような解釈をしていたりするから怖いんだよねぇ。

突然起こっている問題なんて無いのかもしれない。

タネを蒔いているのは自分かも…という自覚があれば、
いや仮説でもいい、
その視点があれば問題は課題となる。

2019.04.01.

喪失感

「あと5年10年若かったら…なんて考えないと思ってたのに、
体力に自信がない。」と声を震わせる70代の大好きな先生。

そうなんだろう。きっとそうなんだ。
どんどん無くなってゆくんだろう。
肌の張りも声の張りも体力や気力も。

私だって50代になって
あって当然だったものを失っていく感覚が確実にある。

歳を重ねるってきっと、
絶望を味わうか、喪失感を乗り越えて自己の統合を測るか、
なんだろうな。