
達成感
達成感は注いだエネルギーに比例する。
頑張って乗り越えたら、
その分凄い達成感を味わう。
エネルギーを出し惜しみをしていたら
達成感は薄い。
達成感を味わおうと思ったら
存分に出しきるんだ。
エネルギーは出し切っても無くなりはしない。
一度は底をつくが
出し切った人は必ずさらに大きなエネルギーが湧いてくる。

達成感は注いだエネルギーに比例する。
頑張って乗り越えたら、
その分凄い達成感を味わう。
エネルギーを出し惜しみをしていたら
達成感は薄い。
達成感を味わおうと思ったら
存分に出しきるんだ。
エネルギーは出し切っても無くなりはしない。
一度は底をつくが
出し切った人は必ずさらに大きなエネルギーが湧いてくる。

行為は目に見える。
が、その行為の目的は見えない。
何のために、何を目的にしていやっているのか、
いや、そもそも目的がないのかもしれない。
行為の目的は
行為を見ているだけではわからない。
気をつけないと人は
行為が目的になってしまったりする。
結果を分けるのは行為ではなく目的だ。
どんな気持ちから、何のために
それをやっているのかが結果に大きく作用する。

時間に追われる。
期限がもう少し先だったら…と思うことはしょっちゅうだ。
しかし、その期限や時間が私たちを守る。
シンクに山盛りの食器を洗うのをあんなに億劫がっていたのに
取り掛かってみると所要時間がたった15分だった時には驚いた。
タイムリミットは重い腰をあげてくれる。
やる気が起きない時の「5分だけ」はかなり有効だし、
化粧にかかる時間を把握しておけば
慌ただしい朝も時間が読める。
優先順位は期限で決めることができるし、
夢を予定に変えるのは期限だ。
時間や期限ってありがたい。

「95パーセントを食べた後だと86パーセントも甘く感じますよ」
との言葉に「私も食べたーい」とチョコレートをいただいた。
確かに!95%の後だと86%は甘〜い!
72%に至ってはノーマルなスィートチョコに感じる。
比較なんだなぁ。
全ては比較。
大変ご苦労された方々が
「あの頃と比べればこの程度!」
と踏ん張りが効いたり、
「あの時の喜びを超える喜びを味わったことがない」と
人生最高の瞬間を思い返したりするのも
比較の上に成り立っている。
大変さや苦労も、他者や過去の自分との比較で感じ、
喜びや嬉しさも比較して理解している。
だからこそ、
その人の大変や苦労を聞けば、
どう言った人生だったかが想像できるし、
この程度でそんなに喜べるの???
といった人のこれまでだって想像できる。
どの程度と比較するかでも
その人がわかるんだな。

バタバタ家を出ると一目散に目的地へ。
お約束している方のオフィスに到着。
時間に間に合いホッとしていると、
「三者面談ですか?」と尋ねられた。
そう。我が家は二人の受験生を抱えているので
とっかえひっかえ面談だ、進学説明会だと
いつも以上に慌ただしい。
しかし、なぜご存知?
「これが…」と
床から拾い上げてくださったポストイット。
あぁ…家から私に引っ付いてきたのだろう…。
お尻の可能性が高いと思われる。
公共の乗り物を使ってないだけ救われた。
でいいのか?

みんながどうとか、
あの人が賛成か反対とか、関係ないんだよ。
あなたがどうしたいのか、
どう感じたのかだけでいい。
外野を敵に回す必要もないが、
味方にする必要もない。
あなたがどうかだ。

結果は目的により、
目的は前提条件による。
つまり、そもそもの前提条件がずれていれば
得る結果もずれるということ。
例えば、妙にこだわることも、
疲れを感じなくすることも、
うまくいかないようにするといった行為にさえ目的がある。
その目的は自分の存在の確認であることが多く、
つまり、
その前提条件は
自分の存在の希薄さから来ていることが多い。
もちろん、そうとは限らないケースもあるが、
仮にそうだとしたら?と考えるだけでも価値はある。

正念場ってある。
ここぞ!という踏ん張りどころ。
私自身はある意味、
毎日が正念場的な感じも否めないけど
そんな中でも、今!という時がある。
それだけは逃したらあかん!みたな。
正念場は1つのチャンス。
他は放っておいてでも、どうにかしてでも
何としてでもクリアーせな!

見えないものを見る力を意識する。
例えば、人の頭の中は見えない。
平気なのか、大変なのか。
どう考えているのか、どう感じているのか、
どう乗り越えようとしているのか。
同じことをやっていても違うことを考えていたり、
違うことをやっていても同じことを考えていたり。
見えないものを見る力は
あなたに多様性をもたらし、
世の中に、自分に、
奥行きをもたらす。
見えないものを見る力は培うことができる。

逃げたいけど逃げれないことはストレスとなる。
ストレスには向かうべきストレスと
逃げていいストレスがあるなぁと
中三で受験のはずの息子を見ていて思う。
ストレスだからってここから逃げちゃダメだ。
彼はこのストレスに向かうことによって
大切なものが育つだろう。
ただ、逃げずに頑張ろうとすれば
ストレスにうまく対処しながらやることは大切で
時々のゲームや好きなお菓子を
うまく活用してほしいと願う。
どうにかやり過ごしていると
ストレスに少しづつ強くなっていくし、
ストレスの元はいずれ無くなる。
それどころか
ストレスから逃げずに向き合えた自分を
誇らしく感じるだろう。
この誇らしさこそがストレスから得る
最大のギフトじゃなかろうか。
ひとつひとつクリアーしていくことは
想像している以上にあなたをパワフルにする。
頑張れ!と祈るような思いとともに
人のストレスの構造はクリアーに見えるなぁ…と。
さて、私は逃げてないか?大丈夫か?