
飲み込んでみる
見えないものは信頼しない
と言う人がいる。
納得できないとやらない
理解し難いからしない
といったものも同じかもしれない。
自分が全て見えていると言えるの?
そんなにわかってる人なの?
私たちは知らないことだらけの中に居て、
わからなくてもやったほうがいいこと、
納得できなくても真理だったりすることは
よくあること。
せめて自分が信じれると思えた人の言葉は
理解しがたくても
飲み込んでみてもいいんじゃないか。

見えないものは信頼しない
と言う人がいる。
納得できないとやらない
理解し難いからしない
といったものも同じかもしれない。
自分が全て見えていると言えるの?
そんなにわかってる人なの?
私たちは知らないことだらけの中に居て、
わからなくてもやったほうがいいこと、
納得できなくても真理だったりすることは
よくあること。
せめて自分が信じれると思えた人の言葉は
理解しがたくても
飲み込んでみてもいいんじゃないか。

自分が発揮しやすい環境は
自分で整えるんだ。
環境は作っていける。
今すぐは無理でも
ロングスパンで考えておくんだ。
どういった人といると
どういった場だと
自分が発揮しやすいか、
自分を深く知る必要がある。

子どもの頃は環境を選ぶことは
難しいところが多い。
どうにか適応せざる得ない。
よくやってきたと思うわないか。
スムースじゃないにしろどうにか
乗り越えてきた。
ただ、もう子どもの頃とは違う。
大人になった私たちは選べる範囲が増えている。
環境も付き合う人も選ぶことができる。
選べる自分に気づこう。受け入れよう。
自分の幅を広げていこう。

何事にも良い面とアカン面の両面あるのに
良い面だけで生きていくって…
そんな器用な生き方、
できるのかなぁ⁈
そんな都合よくいけるのかなぁ⁈
もちろん、
上手い人はいるだろうけど
いつもいつも完璧なんて無理だよ。

今日のことは今日しかできないように
あの日のことはあの日しかできない。
あの日の自分ができる最大をやったということ。
もっと上手くできたかもしれない…と
考えることは
未来に有効かもしれないが
そのために今を台無しにするのはやめよう。
そうしかできなかった自分を受け入れよう。
仕方ない。
私たちは聖人にはなりえない。
私は不完全な人なんだ。

バレーボールで言えば
私の日々はレシーバーやセッターのよう。
受講生と私はひとつのチーム。
受けたボールを拾い、
受講生が打ちやすように良いトスをあげる。
もちろん、見逃すボールや
手が出ないボールもあるけど
せっかく人生の一部を
同じチームとしてご一緒しているのだもの。
いいゲームをするわよ。

時間をあけることは有効だ。
集中して取り組めば解決するわけではない。
適度な空の時間が思考の角度を変えて
解決の糸口になることはよくある。
それは人間関係も同様に感じる。
時間や距離を取ることによって
密接している取り組んでいる時より
より良い効果を発揮する。

問題が起こっていても
気づかない間は問題ではない。
大した問題でなくても
その人が問題と扱えば問題となる。
問題ってなんだ?
問題だと捉えている枠を
今一度、確認する必要がある。

人の思考は面白い。
それぞれがそれぞれの過去の経験のもとに
それぞれの思考を持っていて、
私が持ち得ない発想があり視点がある。
話をすると刺激を与え合い、
私の中にもまた別の思考が生まれる。
そういうの、好き。

私たちはこうだ!と決めたことを
本当か?と疑うより、
やっぱりそうだ!と思う証拠を集めたがる。
確信を確認することに特に注意を払い、
違うかも?といった事実には
目を背けてしまう傾向があることを
意識しておかないと
事実が見えなくなってしまう。