自信が持てない時

2018.05.05.

現実には2種類ある


『たまたま』をきっかけに出来るかは自己認知による


自信の始まりは『たまたま』に由来するものが多く、
自信とは如何なものだった。

ただ、誰にとっても『たまたま』が
自信のスタートになるかというとそうではない。

『たまたま』を活かせるかどうかは
自己認知に寄るところが大きい。

自己認知とは、
4nessコーピングではセルフのBと呼ぶ
(詳細は『未処理の感情に気づけば問題は8割解決する
マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく感情の仕組み
ー実業之日本社ー)のだが

シンプルに言うと、
自分が自分をどう捉えているかといったフレームのこと。

この自己認知が現実を決めていると言ってもいいぐらい
リアルを判断する基準となる。

『現実を決めている』や『リアルを判断する基準』に
違和感を覚えた方もいらっしゃるだろう。

なぜ違和感を覚えるかと言うと、
現実は唯一絶対で、
誰にとっても同じことが起こっていると
思い込んでるからだ。

そうではない『現実』がある。


現実は2種類ある。


実は2種類の現実がある。

ひとつは、
誰が見ても同じ、客観的な現実。

もうひとつは、
頭の中の主観的なリアルだ。

例えば、あなたにひとつ質問したい。
YesかNoかで答えてほしい。

パートナーはあなたのことを深く愛してくれているか?

Yesと答えた人。
幸せだねぇ。
しかし、本当は違うかもしれない。

あなたに合わせるのがうまいだけで、
子どもが育つまで我慢!と決め込んでる可能性だってある。

Noと答えた人。
本当は違うかもしれない。

とても深く愛して止まないが
恥ずかしすぎて言葉や態度に出来ずにいるのかもしれない。

パートナーに直接に「私を愛してるか?」と尋ねたとしても、
本当のことを言うとは限らないのでリアルは不明。

リアルは不明だが、
私たちは客観的な現実より、
主観的な現実の方を現実だと感じる。

主観的な現実が「パートナーに愛されている」の人の目には
良いことばかりが映るだろうし、
主観的な現実が「パートナーに愛されていない」の人の目には
嫌なことばかりが映るだろう。

頭の中の主観的な現実にそぐうように
私たちはリアルを選択して観、
解釈する傾向にある。

つまり、
誰が見ても変わらない客観的な現実より、
頭の中の主観的な現実の方を現実と感じるのだ。

だからこそ、
自信の始まりとなる『たまたま』の
出来事に出会った時、
頭の中の主観的な現実のフレーム(自己認知)によって
大きく差が出てしまう。

「自分はいつも運がいい!」という自己認知を持っている人は
『たまたま』に反応するだろう。

逆に
「自分は何をやってもうまくいかない」という自己認知を
持っている人は『たまたま』に反応できない。

いくら褒められても、
『たまたま』を受け入れる自己認知が無ければ、
自信のきっかけさえ、捨ててしまっていることになる。


自己認知は何でできるのか?


では、その自己認知は何で出来ているのか?

それは、人間が自分を賢くするためのひとつの手法、
経験則(過去の経験によって未来を予測し、決断する)により
形成されていく。

過去、ヤカンに触って火傷したら
未来、気軽にヤカンに触らなくなるのは
経験による学びだ。

この経験則による学びによって
私たちは危険を回避したり、
二度と同じ過ちを犯さないようにして自分の身を守っている。

しかし、経験則による学びには弱点がある。

弱点とは、過去ダメだったことは
きっと未来もダメだろうと決めつけてしまうことだ。

例えば、
100m走には10秒の壁があった。

10秒の壁とは陸上競技男子100メートル競走において
達成困難と考えられていた9秒台に対する記録の壁のこと。

それが、1983年カール・ルイスが
競技会で9秒97(電動)を記録し、
平地ではじめて10秒の壁を破ると、
次々と10秒の壁を破る選手が現れた。

カール・ルイスが10秒を切った時に
10秒の壁への認知が一気に無くなり、
選手の多くが『俺も10秒を切れるはず!』に変わったんだ。

何も10秒の壁だけの話じゃない。
私たちの周りにもたくさんの思い込みによる壁がある。

確かに、
経験則は過去の経験は同じ間違いを繰り返さないためには役に立つ。

が、
できなかった過去をできる未来へ変えるための
障害になりうることを覚えておく必要がある。

過去、失敗したことでも、
今やれば違うかもしれない。

現在は過去の決断によって作られたものだが、
未来は過去と直結しているのではなく、
今のあなたの決断が作っていく。

自己認知にはポジティブな側面とネガティブな側面がある。

特に自己認知のネガティブな面は
過去の経験や能力、失敗や痛みによって作られたものだが、
未来を過去の経験や能力の延長と思うのは
余りにももったいない。

変化しないものはない。
全てのものは刻々と変化していっている。

100メートル競走の10秒の壁を乗り越えられたのも、
人の進化といった内的要因だけじゃない。

シューズの改良や競技者のプロ化といった
外的要因の変化も後押ししたものと評論家は言っている。

あなたの周りもあなた自身も、必ず変化している。
そして、
この先も変化し続ける。

成長という変化をし続けたいなら、
ネガティブな経験則を手放してみてほしい。

頭ではわかっているが
そこがなかなか…という声が聞こえてきそう。

頭ではわかっているのになかなか行動が伴わない理由と
『自信』への認知が不信と過信を生み出すはこちら→

・自信をつけるには
・自信の正体とは
・自信をつけるのに必要なこと

2018.05.04.

自信の正体とは


自身の正体を考える


あなたが自信を得た、
また、自信を無くしたきっかけを
振り返ってみよう。

どうだっただろう?

実は、自信を得るも失うも
『たまたま』をきっかけにすることが多い。

例えば、
「鶴田流 薩摩琵琶演奏家」の櫻井亜木子さんは
温泉旅行でたまたまおじさんから褒められた言葉で
薩摩琵琶の虜になっていったという。
サンセキpresents 小椋佳~闌の季節|文化放送 JOQRより

私が子供の頃、
TVで見た有名なプロ奏者が
プロを目指すきっかけになった出来事は
小学校の教室に楽器が来た際、
クラスで唯一、
その楽器の音がたまたま出たからだと言っていた。
(残念ながら誰だったかが思い出せない。
ご存知の方がいたら教えていただけるとうれしい。)

つまり、
自信はたまたまな他者評価に始まる。

例えば、
初めて自分で選んだ服が立て続けに悪評価であれば、
次は自信持って服を選べなくなるだろうし、
ファッションに自信をなくす可能性は高い。

逆に
自分で選んだ服をたまたま誰かが
すごく趣味がいい!と褒めてくれたとすれば
ファッションにちょっとした自信を持つのではないだろうか。

それが例え、
おせいじだったり、
趣味の悪い人たちの中だったとしても。

私たちは自信を得るきっかけも失うきっかけも
その時たまたま出来たか出来なかったかや、
たまたまの他者発言から始まっている。

たまたま褒められたり、たまたま出来たことは、
やり続けたくなり、
実際にどんどん出来るようになって
自信は育まれていく。

そして、
たまたま野次られたり、たまたま出来なかったことは
ダメだとと感じ、
自信がない分野に入れられてしまう。

自信の正体はとても曖昧なものなんだ。

が、
この曖昧に出来上がった自信は結果に強い影響力を持つ。


人は出来るから自信がつくのではなく、
自信を持ってやるから出来るようになる。


自信をつけるためには何かを成す必要があると
思い込んでいる人が多いが、逆だ。

自信を持ってやるから成すことができるんだ。

出来ないかもしれない…と
自信なくチャレンジする人より
きっと出来る!と自信たっぷりでやり始める人の方が
やっぱり結果を出すことが多い。

大切な結果が、
『曖昧に作られた自信』に大きく左右されていると考えると
ちょっとアホらしく感じないだろうか?

あなたの勇気あるチャレンジの結果が
そもそも『曖昧な自信』に委ねられているとしたら
もったいなくないか?
ココで大切なことがもうひとつある。

自信の始まりの「たまたま」をどう認識するか
自己認知が強く影響する
からだ。

事実はひとつと誰もが思ってるが、
事実には実は2種類ある。
たまたまをどう認知するかといった自己認知についてはこちら→

・自信をつけるには
・現実は2種類ある
・自信をつけるために必要なこと

2018.05.03.

自信をつけるには


自信がない人は損をしている。


やれる自信がないばかりに経験の範囲が広がらない人がいる。

人は経験を通して学び、
過去の経験を振り返って先の決断している。

なのに、
振り返る経験そのものが少ないと
経験がある人より迷い、
その分、不安が大きくなるから。

不安が大きくなる程、
自信が持てないからチャレンジそのものを遠ざけてしまい、

自信がない→チャレンジ出来ない→経験が不足→不安→
自信が持てない→チャレンジ出来ない→経験が不足・・・

といった負のスパイラルに入り込んでしまう。

『自信』という言葉を使う人は自信がある人じゃない。
自信がない人ばかりだ。

自信がない人は
チャレンジしない理由に自信を利用する。

しかし、自信がつくためには?と尋ねると、
何かを成すことだと思い込んでいる。

自信がないからチャレンジしないとなると
何かを成すことはないので
この先、自信がつくことはない。

そもそも自信がないのは本当だろうか?

自信がない人は
『自信をつけれない』のではなく、『自信を誤解している』だけ。

何かを成すから自信がつくのではない。
自信を持ってやるから出来ることが増えていく。

不可能なことも可能になり、
さらに自信が増していく。


自信とは一体、何だろう?


自信とは何だろう?

やってもないのに自信満々の人もいれば、
やれてても自信を持ってない人もいる。

根拠のある自信もあれば
根拠のない自信も多い。

自信とは
『これが出来たら自信がつく』とか
『これが出来ないから自信が持てない』
といったものではない。

実は『自信』とは非常に曖昧で、とても主観的。

自信には確固としたラインがあるわけではないし、
個々人が勝手に判断した自信や不信を持ち合わせているよう。

じゃぁ、具体的に人は、
どういう時に自信を失ったり、自信を持ったりすんだろう。

自信の正体はこちら→

・現実は2種類ある
・自信をつけるために必要なこと