変わりたい時

2018.08.04.

同じ過ちを繰り返す時

何ども同じ過ちを繰り返す時がある。

そういう時は
「なぜ、同じ間違いをしてしまうんだ…」と
自分につらく当たってしまいがちだが、
その対処は決して効果的ではない。

同じ間違いのことばかりを考えているのは
まるで
間違いを望んでいるようなものだから。

間違いに意識をフォーカスすれば
間違いばかりが実現してしまう。

同じ間違いを繰り返すのは対処のミスで
そんな自分につらくあたることは
対処ミスへの対処ミスとなり、
深みにはまりやすい。

実はあなたに最大のチャンスが来ている。

人生の対処ミスに気づき、
それを修正するというチャンスだ。

こんな時こそ落ち着いて、
自分を丁寧に取り扱う。

ミスを自分の価値を責める道具に使わない。

まずはあくまでも対処のミスであることを意識する。

同じことを繰り返すのは
対処ミスが起こりやすいポイントに無防備なだけだから。

2018.07.30.

どうどうどう

若い頃から会社を経営していた父は
わがままで等身大で正直で、
豪快な割には整理整頓好きで
境界線が明確で
ストイックな人。

そんな父が入っている有料老人ホームでは
月に一度、会議がある。

型にはめられるのを最も嫌う父が
集団生活に馴染めているかいつも不安。

先日の会議で看護婦長さんが

「納得できないことには強く反発される。
それがお父様。
だから、説明して納得してもらって
コトを進めるようにしています。」

泣きそうに嬉しい。
そう。
それが父なんです。

良い人がいらっしゃる施設でよかったねぇ、
お父さん。

父似の私は、
父の「納得できないことをされると
強烈なイライラが発動する遺伝子」を引き継いでいる。

イライラ遺伝子が発動しやすい私たちは、
「どうどうどう」って
自分の胸を叩いて落ち着かせないとね。

2018.07.24.

枠組み

枠組みがあると枠組みの中は安心の場となる。

安心な分、
枠組みから踏み出ることは恐ろしい。

枠組みから踏み出ると思うと
その一歩が踏み出せなくなる。

だから、楽しいことをやる。
楽しそうに思えたことに手をつける。

それはいずれチャレンジにつながり、
気づけば枠組みからはみ出している。

いや、あなたの枠組みが広がっている。

2018.07.22.

「恐れ」に人はなかなか気づけない。

「恐れ」は意識できれば取り扱うことができる。
が、
「恐れ」に気づかなければ
「恐れ」に飲み込まれてしまう。

常に考えている方向に人は向かうから
恐れにに囚われていると
無意識に恐れに突き進んでしまう。

頭では嫌だと思っていても。

理想の自分に近づくためには
今の自分の感情に気づき、
その感情を丁寧に扱うことがスタートとなる。

自分の感情に気づかなかったからといって
その感情が生まれなかったわけじゃないから。

 

2018.07.21.

空気感はその場を包む。

楽しく仕事をしている人と仕事をすると
こっちも楽しくなる。

好きなことをやってる人といると、
こちらもワクワクしてくる。

私はそんな人たちと時間を共にしたいと思う。

空気感はその場を包んでしまう。

あなたはその場で
どんな空気を作っているだろう。

2018.07.19.

力がないと人に優しくすることも難しい。

人に優しくするほど
人は幸福感に包まれる。

力がないと人を思いやれない。

しかし今、
力がなかったとしても
踏ん張って人に優しくしていると
力がついてくる。

「力がないから出来ない」と思っていたら
いつまでも力はつかない。

力をつけるためのトレーニングなんだから、
楽チンなわけがない。

グッと堪えている時こそ、
力がついているんだよ。

2018.07.14.

全てを自分のせいにする必要はない。

開き直ることも時には大切だ。
行動の範囲が変わってくるから。

開き直り方も色々だけど
全てを自分のせいだと思っていたら
誰にも言えないような恥ずかしい話でも
自分以外のせいにすると堂々と話ができる。

だって、
どこかで自分のせいじゃない!
って思ってるんでしょ?

なら、大人ぶらずに
正直にそう言ってみたらいい。

例えば、
仕事ができないのは
自分の能力のせいではなく
上司のせい、会社の仕組みのせい、商品が悪いせい。

お金がないのは
自分に稼ぐ力がないのではなく、
業種のせい、勤めた会社のせい。

これは一般的に愚痴と言われるものなんだろうけど。

 

ただ、愚痴でも誰かに話をしてみると
全ては自己責任!と
愚痴を我慢することにエネルギーを使っている時より
気が楽になる。

気が楽になると
事実を客観的に見れたり、
行動に移す際のハードルが下がる。

すると
妄信的に大人ぶっている時より
やるべきこと、やれることが明確になる。

成熟している大人は
全ては自己責任だとよく理解した上で
開き直ることもできる。

 

2018.07.05.

巧みな自己防衛

基本、私はまとまった出張をしない。
子どもが居るから!と、
日帰りも含めて1泊、長くても2泊の出張がほとんど。

だから週に何度と
東京⇄福岡を行き来しているのだけど。

先日は珍しく4泊5日の連泊となった。

ゴロゴロからの荷物の出し入れはないし、
移動は楽だし、
良いことづくめだと思っていたら、
早くも2日目に心許無くなった。

ん?何か…寂しい。
やることない。
いや、やらなければならないことに取り組む時間がある。

あぁ…先延ばしのための工夫で忙しくしてたんだ。
こういうのを躁的自己防衛という。

自分にがっかり。
わざわざ疲れるように仕向けてた?

そっか…。

2018.07.01.

弱者を味わう

第一線で活躍していても、
病気になったときに人は
弱者を味わうと言う。

何も病気を待たなくても
チャレンジすると弱者を味わう瞬間が多々ある。

何て居場所がないところに来てしまったんだ…。

と感じると同時に、
普段は「在る」と感じもしない居場所は
有難いものなんだなぁ、、、とも改めて感じる。

音楽家のつんくさんが喉頭がんによる声帯全摘出後、
習得が難しいとされている食道発声法のトレーニングをやり始めた際、
「学ぶことが新鮮だった」と言っていたが、
彼の気持ちに通じる感じる気がする。

新たなことにチャレンジするときは
どんなに年をとってても新米なわけで、
いつもと居場所が異なり、
いつもと自分の立場が違う。

居心地の悪さに逃げ出したくなる気持ちを抱えて
時間が過ぎるのをただただ頑張る。

普段の環境に居れば忘れてしまう気持ちを
まざまざと味わう。

チャレンジは多くの気づきと学びを
もたらしてくれるから好きなのだけど、
今回の私はまるで借りてきた猫だな。

2018.06.27.

大日如来

無駄に早起きした朝、
TVをつけると胎蔵曼荼羅の話があっていた。

胎蔵曼荼羅は、
日本密教の教えの中心ともなる大日如来を中央に配して、
数々の仏さまを一定の秩序にしたがって配置したものらしい。
(Wikipediaより)

その番組では
「大日如来は清濁の両方を大切にすることが興味深い」
と言っていた。

もちろん、清に向かうのだけど、
濁が全て悪いわけじゃなく、
濁があるからこそ、
意欲の元になることもあると。

深く共感する。