
行き詰まり感
行き詰まり感を覚えるのは
「解決方法はひとつしかない」としか
考えられてない時だ。
過去に経験した偶然を思い出してみたらわかる。
「これしかない」と信じて進んでいた道が途絶えてしまい、
方向転換を余儀なくされた結果、
こっちが良かったじゃん!と
まるで導かれたような体験。
可能性の幅を広げて、今を見ることは
行き詰まり感を緩めるのに有効だ。

行き詰まり感を覚えるのは
「解決方法はひとつしかない」としか
考えられてない時だ。
過去に経験した偶然を思い出してみたらわかる。
「これしかない」と信じて進んでいた道が途絶えてしまい、
方向転換を余儀なくされた結果、
こっちが良かったじゃん!と
まるで導かれたような体験。
可能性の幅を広げて、今を見ることは
行き詰まり感を緩めるのに有効だ。

落ち込むことも、
傷つくことも、
ショックを受けることも、
後悔することも、
怒りが治らないことも、
決して悪いことではない。
あなたが特別ダメなことでもない。
生きていれば自然なことで、
そう感じれるのは力なんだ。
人がそういったネガティブな感情を避けるのは
そう言った感情への対処を知らないだけ。
対処を知るには
まずはネガティブな感情を自然なことだと
受け入れることから始まる。

私たちは人と付き合わずに生きてはいけない。
だから、
他人との付き合い方を学んだり、
トレーニングすることは大切だ。
それと同様、
またはそれ以上に大切なのが
自分との付き合い方を学び、トレーニングすることだ。
自分が何を知りたがっているかをよく知ろう。
自分が何を心配しがちか考えよう。
自分がどうやったら飽きるかを振り返り、
どうやったら夢中になりやすいかを理解しよう。
自分が何をしている時が最も幸せで
何を失ったらダメなのかを判りましょう。
変わりゆく自分と変わらない自分を分けて捉えよう。
一番自分を知っているのが自分で、
一番理解していないのも自分。
あらゆる自分に通じましょう。

「意味があることしか起こらない」とか
「全ては必然」といった言葉じゃ足りないくらい完全に
必要なことしか起こってないとしたら
どうだろう⁈
そこに気づけてないとすれば
出来事の解釈が浅いのか、
せっかくの出来事なのに活かせてないのか、
その両方か。

勝ち負けが気になる人がいる。
負けてはならない!と
どこかでファイティングポーズを取ってしまう時がある。
恐れなんかなぁ。
自分の存在が霞んでしまいそう?
それとも
人生は戦いの連続とか?
力を抜いてみよう。
受身やリラックスを実験してみよう。
受け入れるといった力をつけてみよう。

「嫌な人」が「嫌」なのではなく、
「誰かを嫌と思う自分」が「嫌」なんだよね。
なぜか、嫌な人を思い出し、
その人の嫌な行為を思い出してしまう。
そんな自分、嫌な人が気になる自分が嫌なんだ。
人は誇れる自分に触れていたいものなんだ。「自分って悪くないなぁ」と思える自分でありたいんだよね。
嫌な誰かがいる以上に、
人を嫌う自分が嫌い。

そもそも今、
ストレスに感じていることは
本当にストレスなのか。
ストレスは感謝と反比例する。
ストレスの存在感は
有り難みが増すほど小さくなり、
有り難みが無くなるほど大きくなるとなると、
有り難みに気づく力によって変わってくる。
物事には見える面と見えない面があって、
人は失くしてから
見えなかった面の存在に気づくことは多い。
ストレスに感じていることへの
貴重さや価値といった見えない一面に
目を向けてみると
感じるものが変わるかもしれない。

森の探索と似ている。
森の中にいても、
全体はなかなか把握しづらいものだ。
森の中には、
素敵な湖があるかもしれない。
気持ちいい草原が広がっているかもしれない。
もしかしたら
足を取られてしまう沼も、
危険な崖もあるかもしれない。
そうやって自分がどんな森なのか
自分で自分を知ることは
自分を取り扱う上で大切な情報となる。
自分が最後まで付きあっていくのは、
自分だから。

人間関係にトラブルを抱えている人は
他者との関係性に問題があるように感じるが、
実は大概、自分との付き合い方が
うまくいっていない。
自分が自分とどう関わるか。
もっと上手な付き合い方を学ぼうよ。
あなたが死ぬまで一緒にいるのは
あなただよ。

バカにする人がいてくれるって
本当にありがたい。
いつの間にか自分の世界に居すぎて
どこか軽ーく勘違いしてしまっているちっぽけな自分を
目の当たりにできる。
だから、新しい世界はいいんだよなぁ。
普段、忘れてしまっている感情を
思い出させてくれる。
自分の中の獅子が目覚める。