
終わりは来る
心配しなくてもいい。
何だって終わりは来る。
あなたが苦しんでるそれも、
あなたが喜んでいるそれだって
いずれ終わるんだよ。
終わらないものは無いから大丈夫。

心配しなくてもいい。
何だって終わりは来る。
あなたが苦しんでるそれも、
あなたが喜んでいるそれだって
いずれ終わるんだよ。
終わらないものは無いから大丈夫。

自分の願いや希望を感じては打ち消す。
感じなかったことにする。
そんなパターンを繰り返してないかな?
人生の目的が
傷つくことの回避になってないかな?
誰だって
傷つくことは回避したいものだけど
それが人生の目的で本当にいいかな?
あなたの、
そもそものwantはどこ?

心が触れるものも含めて
直接、自分に触れるものは大切にしたい。
例えば、言葉。
なんか…わざとらしく感じるから
アファメーションとかはあまり得意じゃないけど、
触れる言葉は大切にしたいと思っている。
影響を受けるとわかっているのに
それをぞんざいに扱う気にはなれない。
例えば、付き合う人。
断れない付き合いも当然あるけど、
誰と付き合うか、
誰と長い時間を共にするかは選びたい。
付き合う人によって変わる一面が
人にはあるのだから
良い影響を与えあえる人と付き合いたい。
例えば、環境。
ミニマリストではないし、
それを決して望んでもないけど
整理された環境でありたい。
気がかりがたくさんあるような状態では
エネルギーが削がれるので
どこに何があるか、
今、何が必要かがすぐにわかる自分でありたい。
普段、無自覚にいろんなものに触れている。
ひとつひとつ、整えたいね。

失敗は傷つくよね。
自分がダメに思える。
だからこそ、
成功するまでやめないこと。
そこで終わったら失敗だけど
成功するまで続けたら
失敗は成功秘話、知られざるエピソードになる。

人は時間が経つほど本質を受け入れることができる。
例えば、
嫌な奴からの指摘はその時は「違う!」と
反抗的に感じるものだ。
しかし、時間が経つと
誰から言われたかは別にして
「一理あるな…」と本質的なものだけを考えるようになる。
「時間が必要」なこと、
「時間が解決」してくれることはよくある。
受け入れや諦め、手放すのにも時間がかかるのだ。
そもそも、
「時間がかかる」ことそのものを受け入れられなくて
長引かせてしまっているのかもしれない。

普段、何と触れ合うかは意識的に選びたい。
周りにいつもあるものは何か?
自分の向かいたい方向に近いものか、遠いものか。
何気なくいつも触れ合っているものは?
ポジティブな人か、そうでない人か。
必要か、そうでないか。
知らぬ間に感化されるからこそ、
意図的に選びたい。