
無自覚な目的
トラブった時、
人によってリアクションは違う。
文句ばかり言う人、
やり過ごそうとする人、
目的にフォーカスする人など色々いるが、
このリアクションそのものが
その人の無自覚な目的を表している。

トラブった時、
人によってリアクションは違う。
文句ばかり言う人、
やり過ごそうとする人、
目的にフォーカスする人など色々いるが、
このリアクションそのものが
その人の無自覚な目的を表している。

人によって、
また、置かれた環境によっても
敵が違うんだな。
例えば、同じ会社の人間でも
敵を社外に見ているか、社内にみているか、
では思考に違いが出る。
例えば、同じ家族でも
敵を家庭外に見ているか、家庭内に見ているか、
ではやることが変わってくる。
あなたは敵をどこに想定しているんだろう?

思い描くだけでいい。
どんな心持ちで過ごしたいか、
どんな人たちと付き合っていきたいか、
どんな未来を望んでいるのか。
思い描くだけで
必要な情報が入ってくるようになり、
そこに段々と寄っていくから。

ピクニック、ハイキング、トレッキング、登山の違いは以下らしい。
ピクニック:自然の中で食事を楽しむこと。
ハイキング:自然の中で歩くのを楽しむこと。
トレッキング:山頂を目指すことにこだわらない山歩きのこと。
登山:山頂を目指し、山を登ること。
楽しみ方はいろいろだ♪
これは自然だけの話じゃないよね。
友達との時間だって、
仕事の楽しみ方だって、生き方だって、
目指すものはそれぞれでいい。
ただね、
他の人の楽しみ方に口出ししたくなったり、
自分の楽しみ方がベストだと強く主張したくなったら、
振り返ってみる必要がある。
自分の中の劣等感を。

周りを敵のように感じて攻撃的になったり
誰かのアドバイスに負けを感じたり
何気ない日常にさえ疲労感を感じてしまうのは
自分の正しさを証明することにこだわっているからかもしれない。
「正しさ」で自分の存在価値を証明をしようとすると
傷つき続けることになり、
頭の中でぐるぐる考え、
脳も心もオーバーワークになってしまう。
あなたの存在価値は「正しさ」だけじゃない。
まずは自分の「痛み」に目を向けてみよう。
傷んでいる自分が求めているのは
正しさを証明することではなく、
許されることなんじゃないのかな。

評価されることは評価することであり、
評価することは評価されることでもある。
強みと思っていたものが弱みだったり、
弱みと思っていたものは強みだったり、
チャンスと思っていたものが意外とピンチで
ピンチだと思ったいたものがチャンスだったりする。
いつも表と裏がセットなのだ。
全てのものには必ず両面あるものさ。

落ち込むことから逃げたら成長はない。
人を見ていたら良くわかる。
ちゃんと落ち込む、
ちゃんと悲しむ、がっかりする、
というのは事実に直面化している証。
自分に向き合う力がある人ができること。
だから、しっかり落ち込んだら言ってみる。
「人間なんやけん。
何でんかんでん、出来るわけないやん!」
さぁ!1年後、どうなっていたい?
そのために今日から何をする?

生活パターンとは
考えることなしに繰り返す行動のこと。
だから生活パターンは意識してデザインしたい。
自分にどういう影響を与えようがお構いなしに
繰り返してしまうから。
本当は日々、何をした方が良いと思っているのか、
何を辞めたいと思っているのか、
書き出してみよう。
辞めることより加えることの方がやりやすいから、
書き出したやりたいものの中から一つだけ、
生活パターンに取り入れてみよう。
不思議だけどひとつやれたら、
さらに加えることも、
パターンから排除することも
次々できるようになるから。

なぜか途端、
自分が子どものような心理状態になってしまう。
イライラする
なんか楽しくない
誰も彼もがキライ…
甘えたい願望が満たされないまま大人になった、
自分の中にある幼児的願望。
このことを意識できれば
人との関係は変わっていく。
力ある者から一歩引くといった
新しい関わり方を学び始める。

だから、知らないことを見つけたら
知りたくなかった視点で観て、
なぜ知りたくなかったかを考えてみる。
見えてなかったら
見たくなかった視点で観て
なぜ見たくなかったかを考えてみる。
聞こえてなかったら
聞きたくなかった視点で観て
なぜ聞きたくなかったのかを考えてみる。
すると、
別の角度から新たな自分を発見することができる。