
完了させる
バラバラにさまざまな判断基準を持ち出して
完了を先延ばしすることは
可能性の枠の中から出ずに生きている。
リアルじゃない。
自ら完了を先延ばしにして、
これでいい!といった満足感を
わざわざ得れないようにしているよう。
あれもこれも同時には出来ない。
まずはひとつ完了させる。
完了させたからって終わるわけじゃない。
次の扉がやっと開くんだ。

バラバラにさまざまな判断基準を持ち出して
完了を先延ばしすることは
可能性の枠の中から出ずに生きている。
リアルじゃない。
自ら完了を先延ばしにして、
これでいい!といった満足感を
わざわざ得れないようにしているよう。
あれもこれも同時には出来ない。
まずはひとつ完了させる。
完了させたからって終わるわけじゃない。
次の扉がやっと開くんだ。

人との関係性を深めるのに大切な力は想像力。
私たちは誰と付き合っていても
互いに評価しあっている。
評価することは同時に評価されるのだから
どんな評価をしているかで
その人の力もわかる。
そこしか見てないんだ…と
残念な評価をする人もいれば、
そう考えたんだ!といった想像力で
評価する人もいる。
想像力は本来、経験値に比例する。
多くの経験を積むほどに
たくさんのケースを知り、
想像力は深まっていく。
小説や漫画、映画を見ることでも
想像力をつけることはできるし、
想像力がある人ほど、
その面白さは深まるんじゃないのかな。

苦手なことや恐れていることに取り組むときは
まず1歩だけ踏み出すことに注力する。
成果や結果は二の次。
踏み出せただけで十分なんだ。
一歩だけ、半歩だけ、
進んでみることだけをゴールにする。

自然に摂理があるように
社会にはルールがある。
宿題をやらずに遊びにはいけない。
義務の後に権利が来るし、
権力がある人はその権力を活用する。
権限をどう活用するかはその人人間性によるが
権力を得るために頑張ったんだもん、
そりゃ、するでしょう。
それが気に食わなければ、
ルールを変えるしかない。
ルールを変えたければ
そういう立場にならなければならない。
今のルールの中で。
だからって
嫌な奴になる必要はない。
力をつけるんだ。
あなたがベストと思うルールを守りながら。

言葉にせずに態度で示すのは
幼児性で大人がやることではない。
ガチャガチャ音を立てて食器を洗ってみたり、
ドアをすごい勢いで締めてみたり、
イライラした風、気にくわない風、
悲しげ、落ち込んだ風などは
全て態度で示している。
しかし態度では伝わらない。
わかってほしいなら
できる限りシンプルに言葉で伝える。
怒りの裏には悲しみがあり、
悲しげな態度には気にかけてもらいたい想いがある。
そこをストレートに。
自分の本当の想いに気づくのが先だけどね。

あの人がこう言ったから、
あの時、こう言われたし…と行動を選択するのはまるで、
あの人の人生を生きているよう。
特に子どもの頃、
心に決めた判断基準の場合、
ずっと使い続けいてるため当然すぎて自覚できない。
それは感情の選択にも当てはまる。
もし、判断基準が歪んでいるなら
現実には不具合が起こり、
判断基準の棚卸を迫られる。
もちろん、あの人があなたのために
良かれと思って伝えたアドバイスであっても
何を選択するかを決めるのは自分自身。
一度、違う選択もしてみる実験は
違う現実を引き起こし、判断基準の見直すきっかけになる。

人は特定の場所で意外な顔を見せる時がある。
へぇ…ここではそんな顔をするんだ。。。
その人にとってそういう場所なんだろうな。
弱さを出れるというか、
強がる必要はないというか。
人は生きて行く為に、
時には周りに不合理にも見えるような工夫をしている。
平気なフリ、大変なフリ、大丈夫なフリ、、、
一体、何を守ってるんだろう。

「本当の意味で人や自分と向き合うことについて
私はわかっていなかったと思います。」
と勇気ある言葉と共に
弊社の20周年のお祝いのハガキをくれた受講生が
「何かコーピングっぽい」と選んでくれたハガキは
家プロジェクトの一環として新しく姿を変えた直島の氏神さま護王神社。
「ガラスの階段を登ると神社がある」と
受講生もハガキに書いてくれている。
嬉しいなぁ。
お葉書をくれたことも、これを見てコーピングっぽいと感じてくれたことも。
受講生はこのハガキでいうなら
階段を一段登ったんだ。
「わかってなかった」とわかるには力がいる。
ましてや、そのことを人に伝えれるように気持ちを昇華するには
時間が必要だったはずだ。
その間ずっと、
自分と向き合っていたんじゃないか?と思うと…
本当によく頑張ったね。
わからないことや出来ないことは
あなたの価値を下げる材料にはならない。
事実に直面化し、受け入れているのだから。
「わからない」と堂々としていていいんだよ。
わかってなかったことがわかったら、
いよいよ始まるね。
こんなにも長い時間、自分と向き合えたんだもん。
何があっても大丈夫。
さぁ!一緒に進んでみましょ。

子どもがまだ小さい頃、
私はよく「家事代行を利用したら良い!」
とアドバイスもらっていた。
しかし、
私は家の中に知らない人が入ることが好きではない。
だから、お引越しの際も
荷物の搬入搬出は業者にお願いしたが、
荷造り荷解きなどはできる限り自分でやりたい。
が、さすがにヘトヘト。
引越しのたびに、次が最後の引越しにしたいと願う。
今回もヘトヘトの最中、
お家の真ん前の道脇に四葉のクローバーを発見。
あぁ…こんなところに!
それも形がしっかりしていて可愛い。
メーテリンクの童話、青い鳥を思い出しながら、
頑張ろう!と思える。
すごいよなぁ、在るだけで幸せになる。
みんな、四葉のクローバーとして
生まれてるのかもしれないね。

期待通りに進むなんてことはそうそうない。
だからこそ、
期待通りじゃないとわかってから
さて、どうするかが大事。
問われてるんだよ。
どうする?って。
本当にやりたいのか?
それとも、別の道を探すのか?
さぁ!どうしたい?