2026.05.10.

長く続いた関係を終わらせるとき vol.6080

長く続いた関係を終わらせるとき、
それが長く勤めた会社だろうが、パートナーだろうが
打ち込んできたものだろうが、
私たちはどうしても考えてしまうんだと思うんです。

「あの時間は、無駄だったのだろうか」
「もっと早く離れればよかったのだろうか」
「なぜ私は、あんなに我慢していたのだろう」

けれど、長く続けた関係には、
必ずその人なりの理由があるものなんですよね〜。

それは、単純に「弱かったから」でも、
「見る目がなかったから」でもなく、
「依存していたから」と
片づけられるものでもないと思うんです。

その関係の中に、
確かに得ていたものがあったのだとは思います。

安心感や誰かに必要とされる喜び。
孤独を感じなくて済む時間。
未来への希望…

たとえその関係が苦しさを伴うものだったとしても、
そのときの自分にとっては、
そこに留まることで保たれていた何かが
あったんだと思うんですよね。

だから、
「あんなに我慢しなければよかった」
と思う日があってもいいし、
「どうして離れなかったんだろう」
と悔しくなる日があってもいいと思うんです。

そのときの自分は、
そのときの自分なりに精一杯だったんですよ。

人は、準備ができる前には手放せません。

周りから見れば、
もっと早く終わった方がよかった関係でも、
本人の中ではまだ手放せない理由があったり、
まだ信じたい気持ちがあったり、
まだ失うことの方が怖い時期があるものです。

ただ、

もう、これ以上自分を後回しにしなくていいかもしれない。
もう、誰かの機嫌に振り回されなくていいのかもしれない。
もう、自分の人生を誰かに預けないくていいのかもしれない。

そういう感覚が訪れたとき、
人はようやく、
自分の人生を自分の手に取り戻し始めるのだと思うんです。

過去は、すぐに美しい思い出に
変わるわけではないし、
傷ついた記憶も、悔しさも、
情けなさも残るかもしれませんが、

それでも、
人生に無駄なことは起きない
と私は思っています。

あの時間は、
あなたがもう一度、
自分に戻るためにあったのかもしれないから。

別れは、失うことだけではなく、
自分を取り戻すことでもあります。

過去は失敗ではなく、必ず力に変わります。
そしてまた、
そこから始まっていくんですよね〜。

写真はアオサギです。
緑の水面に静かに立っていて、ちょっと仙人みたいです笑。