城ノ石ゆかりオフィシャルブログ
『思い立ったが吉日』

2017.03.05.

子どもの頃、好きだったことを 振り返ることは今に役立つ。

私が小さい頃好きだったこと。
・基地作り
・夏場の庭の水撒き
・赤い毛布をちぎりながら寝ること
・校区外へのチャリンコ冒険
・セメントへの彫刻

まぁ基本、工作や冒険、
新しいことやまだやったことがないことが好きだった。

本を読んだほうがいいという言葉に従って
楽しく読んだので覚えているのは

意外と季節の行事本。

式たりを知ることが楽しかった。

それに加えて名言集。

ここに工作のエッセンスを加えて
障子の巻き紙に
筆ですべてを書き写していたほど。

ちょっと変わってる小4。。。

面白い、楽しい、好きは学びに直結する。
そして、今の好きと全部繋がってる。

2017.03.04.

VRは現状も変わら無いんじゃないか?!となったら、今のヘッドセットを外さなきゃ。

VRはまるで今と変わら無いんじゃないか?!

ヘッドセットを被ってみる映像は
もしかしたら、現状もそうかもしれないと
思ってしまうほど、
身体はリアルに感じ、恐れ、反応してしまう。

私たちの現状への認知は一体、
どれほど真実なのだろう。

私たちはそれぞれのフィルターを通して
現実を解釈している。

もしかしたら、
現状にもヘッドセットをつけて見るような
仮想敵を作り出しているのかもしれない。

となったら、
今のヘッドセットを外さなきゃ。

2017.03.03.

意図的に不安定を安定化する。

安定ほど実は恐ろしいものはないのではないか?!
心配性で多動で飽き性の私は考える。

意図的に不安定を作り出していくことで
人は不安定に対する認知が変わる。

不安定を楽しめる力がつく。

不意に訪れる不安定にも
落ち着いて対処できるようになる。

安定している時こそ、
意図的な不安定を作り出し、
前のめりにチャレンジすると
活性化が始まる。

2017.03.02.

もう全開で咲いている桜を博多で発見。

青空で全開な桜は春を告げている。

季節は巡ってんだな。

この桜をこれから何度楽しむのだろう。
誰と愛でるのだろう。
どんな思いで眺めるのだろう。

その時、
今年のこの想いを思い出すかなぁ?!

2017.03.01.

ブログを書き出して 気づけば12年以上経っている。

1日の始まりのブログを書くことが終わると
仕事がすべて終わった気になるから
困ったものだ。

12年も経つと染み込むもので
書きたい材料も日常に溢れている。

言葉足らずな場面も多い私は
伝えたい思いへのフラストレーションの解消にも
役立っている。

中学生の時、3年続いた日記以来だな。

いつか全てをまとめた書籍になるといいな。

2017.02.28.

読書会in名古屋

読書会を名古屋で開催していただいた。

考えてみれば
名古屋市内で講座や読書会でお呼びいただくのは
これが初めて。

タワーを見上げ写真を撮る、
お上りさん状態で出会えた方々は
素直で優秀で楽しい方々ばかり。

このご縁に感謝し、
楽しすぎてハイボールが進む!

2017.02.27.

植物の根と私たちの成長は同じじゃないのか。

植物はお水のやり方が大事。

たくさんの水を与えても
根腐れしていまうし、
乾ききってしまっては枯れてしまう。

表土が乾いたぐらいに与えることで
水を求めている根は
ぐんぐん伸びる。

これは私たちの成長も同じじゃなかろうか。

情報や知識は多過ぎてもダメだし、
無さすぎても枯れてしまう。

欲したピークに手に入れることで
成長という根は促される。

2017.02.26.

イントロダクション講座90分で 懇親会6時間って… 何かがおかしい

本をご存じ無い方々と
既にご自身の課題に取り組んでらっしゃる方々が
入り混じったイントロダクション。

感じるものはそれぞれ。

この時間をどう感じたかは
あなたがこの時間をどう解釈したかによる。

そこにあなたのB(認知)はある。

2017.02.25.

体育会系は重宝される。

体育会系が重宝されるのは
勝負が明確な世界にいたからではないだろうか。

自分の実力を目の当たりにされる。
自分のトレーニング不足が露呈する。
誰が見ても明確な勝ち負けの世界。

1点でも多く点を取った方が勝ちの世界は
言い訳は通用しない。

強くなくても
その世界に居たければ
他にやれることで尽力を尽くすしかない。

落ち込んでても仕方ない。
チームプレーであれば尚のこと。

勝負が明確で課題も明確。

どーのこーの言ってる暇など無いことを
身にしみて知ってるからじゃなかろうか。

2017.02.24.

背中の痛み

先日まで背中の痛みがひどかった。

前のめりな姿勢は
頭の重みをダイレクトに首に与え、
老眼と裸眼の狭間にいる目の酷使は
さらに首に追い討ちをかける。

しかし、
決してそれだけではない。
新しい自分へのチャレンジは痛みを伴う。

「新しい自分」の選択はそれまでの自分を
捨てることになるから。

不慣れなやり方に
不安と恐怖を感じながら進んでいる歪みを
身体が表現している。

身体をメンテナンスしながら
進めてみるしかない。

やってみないことには
わからないんだから。