
人は弱い。しかし弱さを認めた人は強い。
人は自分の弱さを隠そうとするほど弱くなる。
弱さがバレないよう余分なエネルギーを
取られてしまうから。
弱さとあなたの価値は連動しない。
強い人が人気があるわけでも無い。
もっと大切なことに注力するためにも
弱さを認めてしまおう。
例え今は弱くても未来はわからない。
弱いところから始めるから強くなる一方だ。

人は自分の弱さを隠そうとするほど弱くなる。
弱さがバレないよう余分なエネルギーを
取られてしまうから。
弱さとあなたの価値は連動しない。
強い人が人気があるわけでも無い。
もっと大切なことに注力するためにも
弱さを認めてしまおう。
例え今は弱くても未来はわからない。
弱いところから始めるから強くなる一方だ。

言葉は思考で思考は言葉となる。
『どうせ』『所詮』『相変わらず』
となると
その後ろには否定的な言葉が来ることが多い。
『これからは』『今はそうだけど』
『例えそうだとしても』
となると否定的な言葉は使えず、
現状を変える言葉が続く。
思考を変えるより
接続詞を変える方が変化が早いかもしれない。

人の文句を言う奴は
ずーーっと文句言うから。
問題を誰かのせいにする人は課題ではなく
いつも誰か問題を探している。
上手な人は
さも評価といった態で話を進めるから、
人が変わっても同じような問題が
繰り返し浮上する。
それじゃ誰かが変わるまで問題は解決しないことになる。
それこそ人任せじぁ課題は積み重なる一方。
もしあなたの周りで
同じ問題が繰り返し起こっているのなら
視点を変えて自分を見直してみる。
問題は課題の提示で
あなたの思考の癖に
気づかせようとしているのだから。

人が成長し続けるものであれば
定期的な自分の棚卸が必要となる。
人間関係に時間の使い方、
やりたいこと、
手に入れたいもの、
望んでいること、自分の在り方…etc
あの時は必要だったけど、
今は不要になってるのに
いつまでも持ち続けているもの。
切望していたのに
手に入れたら違っていたもの。
過去の痛みだけに限らず
過去の喜びもそうかもしれない。
成長せずとも歳は自ずと重ねているから
やっぱり定期的な見直しは必要なんだよね。
身体が変われば服のサイズは変わるし、
10代と40代で似合う服装や髪型が
一緒な訳がないんだもん。

台湾の出版社から翻訳書のカバーデザインが届いた!
こうなるんだ!!!
しかし、
確認の仕様がない…。
加えて、
著者名『ゆかり』の「中国語表記」について
相談があったが、
『ゆかり』はそもそもひらがなで
これまたどうしようもない。
『ゆかり』に漢字を当ててみた。
『夕会里』
うーん…。
田舎のドライブインみたいな名前だな。
台湾の方々、よろしくお願いします!

毎朝、ベットから出る時、
『今日こそは会社を辞めてやる!』と
社長の私は思っていた。
自分の会社なのに⁈と思われるかもしれないが、
現実、そうだった。
嫌々会社に来ると、
やらなければならないことがあって、
手をつけているうちに
どんどん乗ってきて、
帰るときには明日はこれとこれを!なんて
100%を取り戻していた。
社長の私でさえ、
辞めてやる!とやっとこさ起きて出勤してきているのに
お前たちは偉い!と
よく社員に言ってたっけ。
朝からエンジン全開で
出勤できる人って少数派じゃないのかな。
朝からエンジン全開で出勤することと、
やりがいのある仕事だからとか
好きな仕事だからというのは関係ない気がする。
好きな仕事でやりがいを感じていても
出勤するときは重い腰を上げて嫌々会社に行くって
普通だと思う。
それでいいんだよ。
行けばどんどんエンジンがかかってくる。
会社に行きたくない朝は
行くだけ行く、
とりあえず行ってみる!で充分なんだ。

ストレスやメンタルヘルスが叫ばれる。
確かに重要だ。
しかし、どこか違和感を覚えるときがある。
残業せずに帰るから元気なだろうか。
週休2日をしっかりとれば
心は疲れないのだろうか。
そんなことはない。
心の疲れは時間や休みといった条件だけで決まるものではないと思う。
現代の傾向に逆行するのかもしれないけれど、
心震え、やりがいに燃えている時、
肉体が多少疲れを感じていても
心は元気だったりする。
人はそもそも頑張れている自分が
好きなんじゃなかろうか。
意欲を持って何かに打ち込んでいる時、
成したいことが明確でそこに進んでいる時、
時間は?休みは?と感じないほど没頭している時、
魂は輝いているんじゃなかろうか。

人は考える際、必ず自己内対話をしているが
自分と正直な話ができている人は少ない。
例えば、何かをやりたいと思っても
『どうせ出来ないよ。』
『きっと無理だよ。』
『失敗したら恥ずかしい。』
といった会話が無意識になされていたら
やらない理由が口をつく。
やった人を見て後々
自分の本当の気持ちに気づくといったことを
やっていたら自己内対話に
注意を払う必要がある。
どんな会話が無意識になされているかを意識すると
自分と正直な話ができる。
自分と正直な会話をすることは
自分に正直に生きることと直結する。
無意識になされている会話を意識することは
決して簡単ではないが
ここから全てが始まるからこそ何より大切。
しかし私たちは
自分に正直に生きなくて
誰に正直に生きるんだろう。

リーダーとして、上司として、
責任を感じて落ち込むことがある。
チームで仕事をしているのだから
あなたに一切の責任がないということはないだろう。
しかし、
その落ち込みはそもそもの目的に沿っているんだろうか?
落ち込めば落ち込むほど目標達成できるのか?
本当に人は自分に辛く当たるほど成長できるのだろうか?
大概は違う。
落ち込みは次の成長につながるような気がしているだけで
自信を失い、チャレンジはおろか日常にさえ
あなたを尻込みさせてしまう。
ドラマの中にしか存在しないような
完璧なリーダーと比較して
落ち込んでいるとしたら
その目的は自己憐憫にある。
気にするな!
あなたが影響を与えれる範疇なんて
実はタカが知れている。
あなたの周りは全員大人。
自分で自分のことは決定出来るはずだし、
仮に自分の言動で何かが起こったとしても
それは相手がそれを『気にしたい』と
握りしめているだけのこと。
仕事でやるべきことは明確。
常にその目標に向かって顔を上げておこう。

いっつも目標に書いていることはないか?
ずーっと願い事として思い続けていることはないか?
結局、何年も変わってないことってない?
それ、やろうよ!
この世を去る時、悔いはない?
本当に後悔しない?
今、やるんだ。
『いつか』なんて一生来ない。