城ノ石ゆかりオフィシャルブログ
『思い立ったが吉日』

2018.10.14.

コレさえ変われば…は危険だ。

アレさえ無くなれば…
コレさえ変われば…
といった思考は危険だ。

整形した人がそれで満足せず、
整形を繰り返し、顔面崩壊していくのと似ている。

資金さえあれば…
チャンスさえあれば…
あの人さえいなければ…
借金さえ無くなれば…
と、
私たちは原因を特定して
その原因さえどうにかなれば現状が変わると思いがちだが、
原因が無くなっても大概、違う問題が出てくる。

何が無くてもやる奴はやるし、
何があってもやれない奴はやれない。

原因の見立てが自分以外に向くときは
結果の主導権は自分には無い。
しかし、
原因が自分であれば、
結果の主導権は自分にあり、
自分が変われば結果はすぐに変わる。

 

2018.10.13.

自由ってどう?

自由な時代になってきているはずなのに
自由を求めている人は多い。

予備校の頃、
ちょっとだけ遊ぶの、楽しかったー!

テスト前、
妙に部屋が片付いたー!

自由の開放感って制約の中にあるんだよね。
何の制約もないただの多くの自由時間はストレスになる。

2018.10.12.

ツベコベ言わずにやれ!

こんな荒っぽい指示の仕方って今はないんだろうな。

指示した人とされた人の信頼度によるのだろうけど、
こんなこと言いかたしたら
パワハラになんのかな?!

もちろん、
その人のことを思っていて
力がある人が指示を出していると仮定した場合だけど、
ツベコベ言わずにやれ!って言ってくれる人が
居ることはありがたいんだよね。

居ないと、その人の悩みは深まる。

考えてばかりで実践しなければ
何もかわらない。

成熟には心からだけでなく、
型からのアプローチがある。

アカンくていいんやから、やってみる。
やってみてわかることも多いから。

2018.10.11.

人は変われるのか、変われないのか

▪︎人はそうそう変われない。

と友人が言う。
確かにそうだな。そう言う一面はある。

けれど、

▪︎人はいつからでも変われる。

と私は思う。

どちらも認知のひとつだから、
その人がどちらを選ぶか⁈だけかもしれない。

ただ、
周りの人が変わってほしいところと
自分が変わりたいところがそもそも一緒とは限らないから、
自分が変えたいところが変わっても
人は変わってないと思うのかもしれない。

何をもって変わったと判断するかにもよるし、
本人次第ではあるが、
人はいつからでも変われると私は思う。

そこは、、、私にとっては疑う余地がない。

2018.10.10.

結果の違いは運や才能だけのせいではない。

同じ行動をしていても
頭の中で考えていることは違うものです。

「どうやればもっとうまくやれる?」
「もっと喜んでもらうためには?」
と考えながらやっている人と、
「とっとと終わらないかな…」
「めんどくさい」
と考えながらやっている人では
全く同じことをやっているようでも
その後が大きく変わってきます。

うまくいっている人のテクニックだけを真似ても
うまくいかないのは考えてることが違うから。

うまくいかないことをつい、
運や才能のせいにしてしまいますが、
行動を選択している根っこの部分、
心根の違いだったりするのです。

思いのベクトルがほんの少し違えば
進むほどにたどり着く場所は大きく開いていきます。

2018.10.09.

朝の感覚は妙に正しい

目覚めてふと思う朝の感覚は妙に正しい。

夜のうちに脳が整理されるというが
整理されたから、
あの朝の正しさが降ってくるのだろうか。

あの朝の感覚は自分で思考している感じではない。
湧き出てくると言ってもいいかもしれない。

納得がいくというか、
そうだよな…と諦めがつくというか、
妙に正しいんだよ。

朝の私は、
私の最も良いアドバイザーなのかもしれない。

2018.10.08.

早合点

子どもの頃から早とちり、早合点は得意だ。

先日も航空会社からの
台風の影響が見込まれるので
変更や払い戻しも可能ですよ!
というメールを早とちり。

てっきり全ての便が欠航と思い込み
東京まで5時間の新幹線移動となった。

新幹線の中から航空券の払い戻しの電話をした際に
「欠航と連絡が入りましたか?」と尋ねられて
改めてメールを読み返すと
確かにどこにも欠航の文字は入ってない。

早とちりは強い思い込みだから
疑いが入る隙間がなく
間違いに気づけない。

あぁ…この50年の人生も
早とちりしてないだろうかと不安になる。

2018.10.07.

打たれ弱さを逆転するには

ちょっと触れると亀のように
足も手も首も引っ込めてしまうような
打たれ弱い人がいる。

類にもれず私も打たれ弱い。

しかし、打たれ弱さに気づいた上で
落ち込んで何も出来なくするのか、
それとも突き進むのかといった
その後、何を選択するかが最も重要だ。

原因を分析し、
見立ててから乗り越える人もいる。

例えば打たれ弱い原因としては
・自分への期待値が高い
・叱られることに慣れてない
・打たれ弱い自分が好き
・出来ないことと自己認知が一致している
などなどある。

こういった思考の癖が
打たれ弱さを引き起こしているのだから!と癖を修正して乗り越えるケース。

一方、目的を中心に添えて、
感情は取り急ぎ脇に置いて乗り越える人もいる。

例えば仕事や学習で弱っている場合、
打たれ弱さを味わうためにやっているのではないのだから
そもそもな目的のために
今の感情に関係なく
前に進む選択をするといった乗り越え方だ。

四の五の言わずにやることをやる。
落ち込んでる暇があったら
ゴールに近づくことに手をつける。

落ちこもうが哀しもうが打たれるということは
そこに力がない証なので力がつくまでやる。

力がついた私はすごいぞー!と
自分で自分を応援しながら進む。

力がついた時のご褒美を餌に繰り返し練習する。

体重計に何度乗っても痩せはしないのと一緒で、
打たれ弱い自分に溺れていても力はつかない。

自分の弱点に直面化したピンチはつまりチャンスで、
せっかくウィークポイントがわかったのだから強みに変えていく。

2018.10.06.

言葉にするプロセスが豊かさを深める。

なんとなく好き!とかなんとなく嫌!ってある。

肌で感じることも多いと
ロジカルに表現することが少なくなるのかもしれない。

しかし、
この曖昧なところを言語化してみると
自分への気づきが深まる。

言語化には限りがあるのだけど
それでも、
言葉にすることにチャレンジしてみる。

そのプロセスは豊かさを深める。

2018.10.05.

得て不得手

1の力で10の結果が出ることが
得手なことで
10の力をかけても1の結果しか出ないことは
不得手なこと。

ただ、
得意なことが好きとは限らないし、
不得手なことが嫌いとも限らない。

得て不得手と好き嫌いが一致しないところが面白い。