
失ったからわかる大切さ
予定通りじゃない部分が
実は深く影響を与えていたりする。
例えば、雑談や余白時間の大切さもそうだろう。
目的をもたない会話や
偶然ぽっかり空いた時間から
相手の状況が伺えたり、
必要な情報が手に入ったり。
まぁ、考えてみれば、
自分の思考から生まれた「予定」に
不足が無い訳がないし、
「無駄」や「必要」といった判断も
自分の思考の枠内だからなぁ。
自分の思考に枠があることを意識しとかなきゃね。

予定通りじゃない部分が
実は深く影響を与えていたりする。
例えば、雑談や余白時間の大切さもそうだろう。
目的をもたない会話や
偶然ぽっかり空いた時間から
相手の状況が伺えたり、
必要な情報が手に入ったり。
まぁ、考えてみれば、
自分の思考から生まれた「予定」に
不足が無い訳がないし、
「無駄」や「必要」といった判断も
自分の思考の枠内だからなぁ。
自分の思考に枠があることを意識しとかなきゃね。

器用と思っていたのに案外、不器用だったり。
片付け上手だと思っていたのに、
大してそうじゃなかったり。
社交的だと思っていたのに人見知りだったり。
自分の印象と違う自分を見つけてびっくりすることがある。
器用と思えていたのは
何度も繰り返しやる機会があったからで、
片付け上手だと思っていたのは
時間がある時にまとめてやっていたからで、
社交的だと思っていたのは
そうするべきだと強く思い込んでいたから。
自分が思う自分とあなたは、
ちょっと違ってたりするかもよ。

思い描く「理想」が適切かは
自分だけではわからない。
高すぎればいつも自分がダメに思えるし、
低すぎれば成長がない。
理想が幻想になっていないかどうかの確認が必要だ。
現実をよく観察しながら
自分の「理想」そのものを調整していく。

なーんも変わりゃせん。
たった1日休んでダメになるんやったら
そりゃ元々ダメなんや。
はよ、諦めて次に行ったほうがいい。
罪悪感を脇に置いて休んでみて!
ぼーっとゴロゴロ1日、
丸太ん棒の日。
きっと明日からパフォーマンスがあがる。

人はひとつのきっかけで
変化する以前に戻るパターンを持っていたりする。
せっかく進んでいたのに
いつもここでダメになるといったもの。
意識では変わりたいと願いつつ、
慣れ親しんだやり方を手放したがらないから
戻ってしまうきっかけを待っている。
そこを意識できれば対策が打てれる。
踏ん張りどころがわかる。
そこさえ突破できれば一気に変化が進む。

創業から24周年を迎えました!
来年で四半世紀だ…
12年サイクルが2回まわり、
次の新しいサイクルに入っている感が強くあります。
今年は25年目✨
今後ともよろしくお願いします。

変化と焚き火はよく似ている。
あるサイトには「焚き火の基礎知識」として
以下(抜粋)のように書いてある。
ーーーーーーーーーー
『焚き火には段階がある。
いきなり太い薪を燃やそうとすると
いつまでたっても火は起きない。
細い薪に火をつけて、
少しずつ太い薪へと段階を追って
火を移していくのが焚き火の基本となる。
「たきつけ」と呼ばれる、
薪に火をつけるための火種的な存在も重要だ。』
ーーーーーーーーーー
焚き火を変化に置き換えると、以下になる。
ーーーーーーーーーー
変化には段階がある。
いきなり激変を目標にすると
いつまでたっても変化は起きない。
まずはきっかけを見つけて、
少しずつ変化へと段階を追って
育てていくのが変化するための基本となる。
「きっかけ」や「タイミング」と呼ばれる、
変化に火をつけるための火種的な存在も重要だ。
ーーーーーーーーーー
変化へのタイミングは必ず来る。
そしてタイミングが来たら少しづつ育てていこう!

例えば職場や学校、地域や家庭といった「場」には
その「場」の価値観があり、
その「場」に居るとそこの価値観が全てに感じてくる。
しかし、
ちょっと違う「場」に身を置くと
そこの「場」には別の価値観があって、
価値観はさまざまあることに気づく。
価値観は判断基準だから
価値観が変わると、
○だったものが✖️になったり、
✖️だったものが△になったり。
だから「わたし」を考えるとき、
いろんな場に身を置いて、
いろんな人と話して、
さまざまな価値観から観てみるといいね。

自分から「楽しみ」を締め出していると、
人は気力を失っていく。
例えば、
あれとこれとそれとこれもやるべきだと
「すべきタスク」を持ちすぎると
何も手をつけたくなくなる。
例えば、
健康でさえあれば!
子どもが幸せであれば!と
「これさえあれば」に偏りすぎても
つまんなくなっていく。
「楽しい」って大事なんだよなぁ。
だって、そもそも何のためにやり始めたんだっけ?

例えば、
何を食べようかな?と考えながら同時に、
明日の仕事の予定は組めない。
ずーっと気になっていることがあって
もう考えたくないなら
別のことを考えざる得ない状況を作り出せば
そこから脱することができる。
例えば、
平均台を渡ることでもいい。
平均台に集中しなければ
落ちてしまうのだから
平均台以外は考えることができない。
勝ち負けを争うスポーツでも
夢中になる遊びでも料理でもなんでもいい。
脳は一つのことしか考えられないのだから。