
気づけば高いところまで登ってた
「やらなくちゃ!」と思いながらも「やれない」時は
あまりにも大量のことを一気にやろうとしていることが多い。
自分への期待が妥当な範囲を超えている状態。
山登りで考えるなら、
少しづつ身体を慣らしながら登っていけばいいものを、
今日中に登り終えたいと山頂を眺めて立ち尽くしている。
一歩づつ前に進んでいたら
気づけば山頂に随分と近づいていた!が
ベストなんだよなぁ。

「やらなくちゃ!」と思いながらも「やれない」時は
あまりにも大量のことを一気にやろうとしていることが多い。
自分への期待が妥当な範囲を超えている状態。
山登りで考えるなら、
少しづつ身体を慣らしながら登っていけばいいものを、
今日中に登り終えたいと山頂を眺めて立ち尽くしている。
一歩づつ前に進んでいたら
気づけば山頂に随分と近づいていた!が
ベストなんだよなぁ。

やれるとかやれないとか
誰にもわからない。
ダメでいいからやってみよう!!!
可能性の見立ては所詮、
その人の思考の範囲を超えないから
やれそうだったのにポシャることもあれば、
無理そうだったのにやれちゃうこともある。
終わってみたら結果は予想と違っていた!
なんてよくあることで、
最後までわからないんだよ。

今できること、
将来できること
今しかできないこと…
なら、
今しかできないことが最優先。
例えば、
学生だったら、
学生時代にしかやれないことが最優先で、
社会人1年生なら
1年目だからできることが最優先。
社会人になったら一気に時間は無くなるし、
学生だから許されることがある。
社会人1年生は
キャリアを積んだら到底できない経験を
今、やるんだ。
新婚なら、
新婚だからできること、
新婚の時しかできないことが最優先。
50代なら、
50代だからできること、
50代しかできないことが最優先。
今しかできないことをどんどんやる。
今しかできないことを積み重ねていくと
あなたはさらにエネルギッシュになっていく。
少なくとも、
やらなかった後悔に引きずられることは減るはずだ。

ピクニック、ハイキング、トレッキング、登山の違いは以下らしい。
ピクニック:自然の中で食事を楽しむこと。
ハイキング:自然の中で歩くのを楽しむこと。
トレッキング:山頂を目指すことにこだわらない山歩きのこと。
登山:山頂を目指し、山を登ること。
楽しみ方はいろいろだ♪
これは自然だけの話じゃないよね。
友達との時間だって、
仕事の楽しみ方だって、生き方だって、
目指すものはそれぞれでいい。
ただね、
他の人の楽しみ方に口出ししたくなったり、
自分の楽しみ方がベストだと強く主張したくなったら、
振り返ってみる必要がある。
自分の中の劣等感を。

周りを敵のように感じて攻撃的になったり
誰かのアドバイスに負けを感じたり
何気ない日常にさえ疲労感を感じてしまうのは
自分の正しさを証明することにこだわっているからかもしれない。
「正しさ」で自分の存在価値を証明をしようとすると
傷つき続けることになり、
頭の中でぐるぐる考え、
脳も心もオーバーワークになってしまう。
あなたの存在価値は「正しさ」だけじゃない。
まずは自分の「痛み」に目を向けてみよう。
傷んでいる自分が求めているのは
正しさを証明することではなく、
許されることなんじゃないのかな。

評価されることは評価することであり、
評価することは評価されることでもある。
強みと思っていたものが弱みだったり、
弱みと思っていたものは強みだったり、
チャンスと思っていたものが意外とピンチで
ピンチだと思ったいたものがチャンスだったりする。
いつも表と裏がセットなのだ。
全てのものには必ず両面あるものさ。

ポツンと一軒家

落ち込むことから逃げたら成長はない。
人を見ていたら良くわかる。
ちゃんと落ち込む、
ちゃんと悲しむ、がっかりする、
というのは事実に直面化している証。
自分に向き合う力がある人ができること。
だから、しっかり落ち込んだら言ってみる。
「人間なんやけん。
何でんかんでん、出来るわけないやん!」
さぁ!1年後、どうなっていたい?
そのために今日から何をする?

生活パターンとは
考えることなしに繰り返す行動のこと。
だから生活パターンは意識してデザインしたい。
自分にどういう影響を与えようがお構いなしに
繰り返してしまうから。
本当は日々、何をした方が良いと思っているのか、
何を辞めたいと思っているのか、
書き出してみよう。
辞めることより加えることの方がやりやすいから、
書き出したやりたいものの中から一つだけ、
生活パターンに取り入れてみよう。
不思議だけどひとつやれたら、
さらに加えることも、
パターンから排除することも
次々できるようになるから。