
意外とまだ間に合う vol.5059
もうだめだ…と感じていても
意外とまだ間に合うことが多い。
この程度じゃダメだと思っても
その程度伸びているもので
諦めずにやって良かったと振り返ることは多い。
結果がはっきり出るまではわからない。
先に諦めてしまうのが最ももったいない。
意外とまだ間に合うんだよ。

もうだめだ…と感じていても
意外とまだ間に合うことが多い。
この程度じゃダメだと思っても
その程度伸びているもので
諦めずにやって良かったと振り返ることは多い。
結果がはっきり出るまではわからない。
先に諦めてしまうのが最ももったいない。
意外とまだ間に合うんだよ。

母が亡くなる前によく言っていた。
「庭に水を撒いている時に、
なんとも言えない幸せ〜な気持ちになる」と。
幸せは何気ない瞬間にある。
ふと見上げたら吸い込まれそうな青空だったり、
以前から読みたかった本がグイグイ読めたり、
ぐっすり眠れた感じがわかったり。
しみじみ幸せを感じる時がある。
幸せとそれに気づく力はつながっているが
幸せに気づく力を高めるのに必要なことは
案外、ストレスなのかもしれない。
白だけでは白とは気づかないが、
黒が入って初めて白がはっきりわかるように
プレッシャーやストレスがかかる状態を経験しているからこそ
何気ない日常に幸せをたくさん感じれるのかもしれないね。

心から望んでいることが意識できると
そのほかの余計なものがストンと落ちる。
私は願っていたのはこういうことだったんだ!と
気づいただけなのに、
やるべきことがわかり視界がクリアーになっていく。
起こった出来事を
自分にとって重要視すべきものかどうか
判断することが容易になる。

忙しいは心を亡くすと書く。
これが忙しさの効用で、
忙しくしていれば囚われを避けることができる。
自分に向き合わなくて済む。
それも良いんだよ。
自分に向き合うことは大事だけど
向き合いたくない時もあるさ。
そんな自覚があっての忙しさなら
なお良いね。

元々、家で晩酌はしない。
アルコールの味が大してわかる訳でもない。
ただ、
会えば時間に関係なく飲んでいたメンバーがいなくなった今、
妙に昼からだらしなく呑みたい。
気軽にだらしなさを共にできる人がいないのは
寂しいなぁ。

本当の想いは箱の中のその中、
まるでマトリョシカなみに
奥の奥に仕舞われている。
羞恥心で覆われてたりもするから
自分一人では見つけられない可能性も高い。
こういうときは
他者の力を借りるのが有効だ。
自分の話ができる安心安全な場で
自由に自分を語ることで自身をさらに深く学ぶことができる。

環境の影響はあるものだ。
自分が上手く発揮できている時もそうでない時も
私たちは環境の影響を受けいる。
だから、普段接する環境は3つぐらいあるといい。
ひとつは家庭。
ひとつは職場(学校)。
そして、もうひとつ。
それは趣味の場でもいいし、
単発の講座でもいい。
変な思い込みを持たないために、
すでに持っている思い込みに気づくために
違う環境に身を置いてみよう。

感謝はしなければならないものというより
湧き上がってくるもの。
その希少性や効用に気づければ、
自然と生まれてくる。
どのような状態に感謝するかで
何を当然としているかといった
その人自身も垣間見える。

うまくいっている時は
自分を応援する自分の声がはっきり聞こえる。
あと少し!もう一回やったらいけるかも。
ここで諦めたらもったいない…など。
自分にダメ出しする自分の声が大きすぎると
自分を応援する声が聞こえにくくなる。
もうだめだ。最初から無理な話だったんだよ
自分にできるわけないさ…など。
自分の声は24時間365日、
頭の中で聞こえ続けるから
自分を応援する声が大きい方が自然と前向きになれる。
親友に声をかけるように自分に声をかけることを意識すると
自分への声かけが上手になる。

ちょっとした一言や、
もしくは直接的な働きかけが
良いきっかけになるように意識する。
チャンスを待つのではなく
チャンスを作る側になる。