
人は知っている知識の中で考える
人は知っている知識の中でしか考えられない。
ひとつの方法で成功すると
次のやり方をインストールしなくなる。
納得しないとやらないとなると、
そのひとつのやり方、
自分の域からはいつまでも出れないということにもなる。
妙に知ってるといった事実は邪魔だし、
成功が成長の妨げにもなる。
他にも良い方法が?といった視点が常に必要なんだなぁ。

人は知っている知識の中でしか考えられない。
ひとつの方法で成功すると
次のやり方をインストールしなくなる。
納得しないとやらないとなると、
そのひとつのやり方、
自分の域からはいつまでも出れないということにもなる。
妙に知ってるといった事実は邪魔だし、
成功が成長の妨げにもなる。
他にも良い方法が?といった視点が常に必要なんだなぁ。

時間がかかるものがある。
要領よくとはいかないもの。
そういったものは成長が見えにくいし、
いつまでかかるんだ?と投げ出してしまいそうになるが、
そういうものほど積み重ねた結果は
他が早々に追付出来ない大きな付加価値となる。
いかに早く古くなるか、
「長年」の域に早めに到達するには
早く手をつけるしかない。

ビビリーな私は緊張しーで
本番に決して強いわけじゃないのだけど、
緊張って悪くない。
ピリッとするほど頑張れることがあったり
頑張ってきたことがあるのは
やっぱりいい。
人生100年時代と言っても
終わりは来る。
ぼーっと過ごそうが、
ガンガン過ごそうが、
どう過ごしても人生の時間は限られている。
あなたの人生に緊張が走る時がどれくらいあるんだろう。

何事にも成功する人には
2つの共通する特徴がある。
素直さと行動力。
一も二もなくやってみる。
四の五の言わずに手を付ける。
というのは
素直と行動力のその両方を実践している
と言えるのかもしれない。
やる前から自信がないとか、
失敗したらどうしようと考えても
今と変わりはしない。
何も始まらない。
今を変えたければ、
今すぐ何かを変えなきゃ!

やってきたものややれてるものは
この程度で大丈夫とか、この程度なら行けるとか、
程度が分かる。
ある程度で留めれるし、
決して無謀な完璧さは求めない。
しかし苦手なもの、やったことがないものは
この「程度」がわからない。
だから、未知や未熟なものほど
完璧を求めてしまうのかもしれない。
人は完璧でなければと思い込んで
始めることに二の足を踏んだり、
勝手に挫折するケースは少なくないが、
程度を知ることは大事で
知ってしまえば
この程度でいいの?といったケースも実は多い。
その先にはもちろん、
「この程度」の深さがあるのだろうけどね。

なーんか、タイミングってあるんだよね。
どうあがいてもなかなか進まない時もあれば、
スムースに流れていく時もある。
だから、
進まない時は進めない。
進む時が来たら進むから
今できる、今やりたい別のことをやる。
それでいいんだよ。
今、やれることをやる。
私たちにできることの唯一かもしれない。

限られた時間やエネルギーであることを考えると
その方向は選ぶ必要がある。
付き合いたい人か、
どうでも良い人か、
距離を取りたい人なのか。
全力をかけたいことか、
どーでも良いことか。
もちろん、人や事によって
接し方ややり方を変える必要はない。
誰と接するときも
何をやるときも自分自身で居続ける。
ただ、大切なエネルギーを同じように使うのなら
付き合いたい人ややりたいことに
より多くの時間とエネルギーを割くように意識する。

良い時も悪い時もなぜ人は
この状態がずっと続くと思ってしまうのか。
ずっと続いたことなどひとつもないのに。
全てが刻々と変化している。
近しい状況はあるかもしれないが、
何もかも同じことなどひとつも無い。
それがわかっているのに
悪い時は良い時が来るとは思えないし、
良い時はずっとこの状態が続くと誤解してしまう。
全ては移ろいいくものだと
意識していないと
悪いことには簡単にくじけそうになるし、
また、良いことにも感謝が薄くなってしまう。

最近の日本語のナチュラルという言葉には
私は少し違和感を覚える。
「ナチュラル」と「自然体」には
少し距離があるように感じるし、
「ナチュラル」ってちょっぴり飾られてる気がするし、
自然体を意識すると不自然になる気がする。
良い言葉が思い浮かばない中、
「プレーン」という言葉が耳に入ってきた。
プレーン!なかなか良い。
ピザの具なし、トッピング無しって感じで
そのまんま感がある。
プレーン、良いな。

4nessコーピングのセミナーは
答えややり方をレクチャーする類の講座ではない。
私は講師ではあるが、
そういったスタンスも取ってないし、
残念ながら、講師と言えども人生の教科書は持ち合わせていない。
感情をヒントに、
気づきを得、解釈し、実験と検証を重ねていきながら
自分を統合していく成熟の旅をご一緒している仲間にしか他ならない。
もちろん、私が気づいていることもあるが、
受講生の変化に驚ろかされることもあるし、
これか!と共に気づくこともある。
このスタンスは
今後もきっと変わらない。
ゴールが不明瞭だからこそ
こんなところに来れるんだ!という想定を超えた世界を
垣間見れるんじゃないかと思うと
ワクワクする。