人生をより豊かにしたい時

2019.12.19.

幸せ

娘からもらった手紙には
『ママがママでよかった!
受験が終わって少しわがまましたら、
お返しがしたい』と書いてあった。

お返しなのに
自分のわがままの後とは正直でよろしい。

しかし、
受験に協力した程度で
感謝されるとは見下されたものだ…。

あなたが社会人になった時が
ママの本領発揮の時だと私は思っている。
それに、『ママへのお返しは
あなたが幸せになることだ』と
お返事には書いた。

私たちの人生は私たちだけで完了しない。
そんな独りよがりに生きられない。
多くの人たちが関わってくれて今がある。

あなたの幸せが誰かの幸せの一部を担っていることを
よくよく知っててほしい。

2019.12.16.

見えないところを信頼する

私たちが見えている範囲が全てだと
決めてしまうのは危険だ。

限界がある私たちが見えるものにも当然、
限界がある。

そこを心得たら、
見えないことを信頼する。

見えないところを信頼することは、
自分を信頼することにつながっていく。

2019.12.15.

今を選ぶことは未来を選ぶこと

結局、
今は自分がやってきた結果なんだよね。

あせろうが、苛立とうが
これが結果。

結果を踏まえて
さてどうしていくかは
自分が選べることで
今の選択の結果が自分の未来になる。

2019.12.14.

突き詰めると

何が目的なのか。
どうなったらいいと思っているのか。
どう在りたいのか。

「自分はどうしたいのか?」
全てはこれに尽きる。

「こうはなりたくない」
「これだけは避けたい」も悪くはない。
ここから、
「つまり、どうしたいのか」に
発展させると尚良い。

2019.12.13.

今日は幸せを見つける日

人は意識を向けたものしか見えない。
だから、
今日は幸せにフォーカスする。

幸せに気づかない人は少なくない。
ともすると私も
今の幸せを見過ごしてしまう。

今日は幸せのアンテナを大きく伸ばそう!
そして、
これも幸せ、あれも幸せと
幸せを思いっきり満喫するんだ。

いいかい。
人は意識しているものしか見えていない。
見えるものは自分で選んでいる。

それが本当かどうか
実験してみよう!

まずは決めること。
今日は『幸せを見つける日』。

2019.12.12.

ゲームなら

人生が「自分の幅を広げる」ゲームなら、
あなたはどう攻略するだろう。

まずはどこを抑え、
今からどんな力をつけて、
どうクリアーしていくか。

時間制限もあれば、
パワーリミットもある。

ゲームはルールが厳しいほうが面白い。

2019.12.11.

選択で大切なのは

「何を選ぶか」以前に
『自分のために主体的に選ぶ』ことが大切。

何を軸に選んだのかによって
結果に影響すれば、
結果に対する感情も変わってくる。

長い目で見たら
『誰かのため』が『自分のため』になることもあり、
『自分のため』の選択軸も
短期的視点(今)か長期的視点(将来)かで
選択するものは変わってくる。

『自分のため』というのは
『今の感情』を重要視することではなく、
長期的視点で見た『自分の成長』を大切にすることだと
私は思う。

2019.12.10.

結局、

自分がどうしたいかに寄るんだよね。

どんな出来事が起こっても
解釈は変えることができるから。

私たちは今後どうしたいかによって解釈を変えている。

自分を納得させてみたり、
納得しないことにしてみたり。

ダメなことにしてみたり、
諦めないことにしてみたり。

結局、生きたいように生きてるんだよね。

2019.12.09.

傷つくこと

傷つくことを嫌い、
必死に回避しようとするが、
そもそも、
傷つくことはそんなにも恐れることなのだろうか。

傷つくことはよくあることで
ちょこっと軟膏でも塗っておけば治るもので、
そんなにも恐れる必要はないんじゃないのかな。

今までだって傷ついても生きてきたし、
これからも傷つくことはあるし、
無傷で生きるなんて幻想で、
生きることには傷つくことも含まれると心得れば
傷つくことを無駄に回避する必要も、
恐れる必要もないんじゃないのかな。

2019.12.08.

乗り越える

その時々、私が感じたことを書いているのは、
ブログを始めた14年前から変わらない。

しかし、講座をするようになって
プライベートのことより
おこがましくも感情の取り扱いについてのことが
圧倒的に増えた。

今までも感じたことをストレートに書いていることには
変わりないものの、
目線が上からのようで
本来の私は苦手とするところだ。

この一戦を乗り越えさせてくれたのは
受講生の存在以外にない。

講座の中で伝えきれなかった部分や
私が言語化できなかったところを
改めて伝えたい思いは
苦手とする「おこがましさ」を超える。

人は誰かのためなら乗り越えれる一線がある。