結局は良い思い出
結局、どれもこれも、
終わる時には全て良い思い出になるんだな。
辛いことも、
もう2度と味わいたくないことも。
なら、
今もそう思って過ごしてみるか。
結局、どれもこれも、
終わる時には全て良い思い出になるんだな。
辛いことも、
もう2度と味わいたくないことも。
なら、
今もそう思って過ごしてみるか。
人間味が好きなんだな。
不完全さというか、
人間らしいというか、
味がある人が好き。
普段の食事でも薄味はあまり好みじゃないし、
人も味が濃い方が好きかもしれない。
好きすぎて認めれない「好き」がある。
手に入らなかった場合を考えると恐ろしすぎて
無自覚に「好き」を抑圧してしまっているケース。
小学生的愛情表現にも近い。
1番好きなものを「好き」と認めなかったら
2番目に好きなものが1番好きに感じるかというと、
実はそうじゃない。
2番目以降の好きだったものさえ
色褪せはじめ、
好きなものがなくなっていく。
だから、
手に入るかどうかは別にして、
1番好きなものを「好きだ」と
ちゃんと自覚すること。
自分の気持ちに自分がOKすること。
9月も今日でおしまい。
今年も残り3ヶ月。
しかし、90日を舐めてはいけない。
90日あれば
実は相当なことができる。
今年、このまま終わらせたくないもの、
ここからまだまだ巻き返せるよ!
自分と似てる部分が嫌なんだよね。
普通、互いの共通点は
親密になるポイントなのに
似てるから嫌いになるのは
自分が嫌悪している自分と似ている部分を
相手に見るからだよね。
嫌だと思ってるのは
自分が嫌だと感じている自分の一部を
相手に見ているからなのに
まるで相手自体が嫌に感じるんだよね。
その相手は自分が嫌っている自分の一部を意識化させてくれている
貴重な人でもあるんだよね。
誰にも負けない勝負がある。
それは
「私」になる勝負だ。
あなたになる大会では
あなた以上に強い奴はいない。
同様に、
誰かになる勝負ではいつも負けるはずだ。
私は「私」になるのが一番強い。
しみじみと感じる時がある。
心に沁みていくようにじんわりと、
あぁ…と言葉にならないような声とともに、
思わず項垂れるような。
よくよく理解できたり、
二度と忘れることのない瞬間だ。
しみじみと感じる力が増せば、
気づくことは相当増える。
人は落ち込みから復活する力も大切なら、
ある程度、落ち込む力も大切なんだ。
気づかなければ落ち込めないし、
落ち込むには
事実に直面化する力が必要だから。
その事実に直面化した時に
「しみじみ」が起こりやすいんだよね。
良い変化でも
悪い変化でも
じわっとした変化に人は気付きにくい。
意識しておかないと
悪い変化なら
茹でガエルになっていまうよね。
感情を無視した思考には歪みが起こる。
だから、
幸福感を与えてくれる報酬系との付き合い方はポイントだ。
何かを成そうとするときは
努力に集中したいため、
報酬系を一切排除しようとする。
そりゃ厳しくすればするほど効果的だろうけど、
必ずリバウンドが来る。
報酬系の魅力は強力なので
厳しくなりすぎず、
上手に折り合いをつけていくことが大切だ。
目を覚ましたら、
ベットの上で伸びをし、
トイレ、洗面所でのうがい、
そして、キッチンへ
電気ケトルのスイッチを入れたら、
コーヒーを入れる準備をし、
お湯が沸くまでストレッチをする。
といった具合に
目覚めてからのルーティンはある程度、
決まっている。
いちいち、
今日は歯を洗うべきか、それとも?
と迷ったりしないし、
一連の行動には他の選択の余地はない。
1日の大まかな流れが
このようになればいいんだよ!
ルーティンは
どの程度のやる気があるか?とか、
モチベーションは高いか?など
気分を詮索する必要がない、
考えることなく思わず行動している状態。
気分と行動を分けている状態がルーティン、
決まった手順とか、日課や習慣って言うんだよね。