
どんどんダメな方向に向かっていると感じるとき
ジタバタあがいていると
どんどんダメな方向に向かっていく。
焦っている時は
幻想を追ってみたり、
すでにアウトのように感じたり、
事実が見えていないことに気づけていない。
冷静になること。
書いて頭を整理すること。
誰かと比較しないこと。
努力せずにやれる方法を探すこと
自分を信頼すること。

ジタバタあがいていると
どんどんダメな方向に向かっていく。
焦っている時は
幻想を追ってみたり、
すでにアウトのように感じたり、
事実が見えていないことに気づけていない。
冷静になること。
書いて頭を整理すること。
誰かと比較しないこと。
努力せずにやれる方法を探すこと
自分を信頼すること。

自分らしさを追い求める必要はない。
隠そうとしても漏れ出てしまう部分がオリジナリティ。
だから逆に馴染もうとした方がわかりやすいのかもしれない。
気をつけていてもどうしてもそうなってしまう部分が
あなたらしさなのだ。
「自分らしさ」は残念なことも多いから
自分の「ダメなところ」と捉えがちだ。
「良いところ」が「本来のわたし」で
「ダメなところ」が「本当じゃないわたし」になる。
ダメか、そうじゃないかは結構、環境に依存するから
「ダメ」と感じている「あなたらしさ」は
環境を変えるとあなたの強みとなる。

私たちはなぜか大概、
ダメなところに目を向けがちだ。
「どこがダメ?」
「何を変えなければならない?」
といった質問が頭の中を巡っていることに気づけない。
今日はちょっと方向を変えてみよう。
「比較的うまく行っていることはなに?」
「その理由は?」
この両方をバランスよく考えていたいね。

成功者に共通する要素はふたつ。
素直さと行動力。
素直とは考えずに受け入れることではなく、
自分の正しさを脇に置ける力のこと。
そして、
その素直さを阻止するのは劣等感。
「そこは譲れない」といった主体的に選んだ信念というより
そこを譲ると「負けた気」がするといった感じ。
劣等感が強いと勝手に、
傷つけられた気がしたり、敵を作り出したり、
自分がダメな気がする。
ただ、
その「劣等感」を意識できれば
人生の景色は随分と変わる。

出会っている人とは
何らかしか意味があるものだ。
ご縁と言うのだろうけど
これだけの人が世界中にいるのに
出会える人、言葉を交わす人、心を交わす人は
ほんの一握り。
意味を感じていきたいねぇ。

なぜ、それを選んだのかを
改めて考えてみる。
何を得たかったのか?
それを得ればどうなると思っていたのか?
本当の望みは何だったのか。

例えば、
ギャンブルにハマってしまってる人を見ると、
きっと過去に大当たりを経験した人なんだろう
と想像できる。
当たった時の興奮や
一瞬にして大金を手にする感覚などを知ってしまって
働くことが
とても面倒なことに感じてしまっているのかもしれない。
他人のことなら、
最初に当たったのがラッキーで、
「普通」を改めて
解釈し直さないといけないことがよくわかる。
「ラッキー」を「普通なこと」と思うと
「普通のこと」がしんどく感じるから。
こういうことが自分の人生にも起こっているとしたら
どうだろう?

苦しむと苦しんでいる人の気持ちがわかり、
損なうと損なった人の気持ちがわかる。
強い立場になると強い立場の人の気持ちがわかり、
弱い立場になると弱い立場の人の気持ちがわかる。
どんな気持ちだろうが
その気持ちになる人にも
ちゃんと理由があるんだよね。
経験しないと本当のところは掴めないし、
掴めたからって通り過ぎれば忘れてもしまう。
ココんとこ、忘れないようにしていたいね。

私にとっては
「何」を「どこ」でやるか以上に
「誰」とやるかが最も大事。
ただ、「コレをココでやりたい」には
価値観が近い人が集まるはずだから
自分の「〜したい」を大切にすると
自ずと過ごす人たちが決まってくる。
「誰と」は大切な環境で、
朱に交われば赤くなるものだから
丁寧に選びたいね。

人生の達人は適切だ。
やれる時にやれることをやる。
結果が出れば真摯に受け止め、
そのまま進むか、諦めて別のルートに進むかを決める。
やる前から結果を勝手に予測して右往左往したりしないし、
諦めるかどうかにエネルギーを注ぎすぎたりしない。
つまり、
変えれるものと変えれないものを判断し、
変えれないものは受け入れ、
変えれないもの以外は変えていく。
ニーバの祈りそのものだな。