
私たちはすでに答えを持っている
答えはどこか別のところにあるのではなく、
私たちの中にある。
その答えを引き出すヒントを求めているだけで
すでに知っているんだ。
「こうなると思っていたんだ…」は
予測してたんだよね。

答えはどこか別のところにあるのではなく、
私たちの中にある。
その答えを引き出すヒントを求めているだけで
すでに知っているんだ。
「こうなると思っていたんだ…」は
予測してたんだよね。

子育ては60点が満点。
ダイエットは70点で満点
今日という日も75点が満点。
100点が満点じゃない。
完璧はない。
不完全が完全なんだ。

人間関係にトラブルを抱えている人は
他者との関係性に問題があるように感じるが、
実は大概、自分との付き合い方が
うまくいっていない。
自分が自分とどう関わるか。
もっと上手な付き合い方を学ぼうよ。
あなたが死ぬまで一緒にいるのは
あなただよ。

少しづつ少しづつコトは進む。
毎日、わからない程度に変化していく。
同じ場所に居続けることはないけど
人は自分が停滞しているように
感じてしまう時がある。
全く動いてないように地図上で見えも
縮尺を大きくするとはっきりわかるように、
測る物差によって
出来事や自分への解釈は変わってしまう。
地図にもさまざまな縮尺度があるように
私たちもその時々によって
物差の尺度を変えてみると見えるものがある。

模試を終えた高3の娘が、
プレッシャーで試験中、何もできなくなったと言う。
おぉ!いい経験だ。
試験だけじゃなくて人生もそうじゃない⁈
ママもそうだったから。
私は興味本位で気軽に始めて大概、
最初は全くダメ。
恥をかいたり、歯が立たなかったり。
準備不足で焦って何も手につかないことが
いつものパターン。
最初からトントンと行くことはまずない。
それでいい。
そこから火が付くものがある。
そんなリズムが流れてる。
本番じゃなくてよかったね!
それに、もしだけのことじゃない。
この経験が自分の人生の大きなヒントになる。
大概、良いことはダメな装いで現れるから。

自分と世の中との折り合いをつけるのが
うまい人がいる。
自分の思いや願いと
現実や実情との折り合いのつけ方が上手だと
無理なくスマートにその場に入れる。
落ち着いていて自然体で
適切な判断ができる。
一方、折り合いが上手くつけれないと
固執して物事を全体から見れなくなってしまったり、
現実を受け入れられずイライラしたりと
不安定に身を置くことになる。
賢さとは
折り合いをつける力をいうのかもしれない。

友人にはベストなアドバイスができる。
効果的なアドバイス。
しかし、自分となると
途端に思考停止になったり
考えすぎたりしてしまう。
だから、
友人が自分と同じ状況だったら
何とアドバイスするかを考えてみる。
視点が変わると
見える景色は変わる。

期限は良いものです。
そこまでなら頑張れたり、
踏ん張れたり。
ただ、期限が重くなってるケースもあります。
思い切って先に伸ばししてみると、
なーんだこの程度でいいんだ!
と
自分を追い詰めていた犯人が
自分であることに気づくでしょう。

アレはココにつながっていたのね〜!
と理解できるのは
アレから随分時間が経ってからだ。
渦中は全く理解できないどころか
なぜ?どうして?と
踠き苦しんでいることも多い。
こういうことを何度も繰り返しているなら
意味があると信じてみても良さそうなのに
なかなか信じない。
辛すぎた時期が続いたのかもしれないね。
いつだって「今」は「あの時」と
同じじゃないんだよ。

「出来る」「出来ない」がその人の価値に
大きく影響すると誤解している人は少なくない。
もちろん、「出来る」に越したことはないだろうが
「出来ること」だけが
その人の価値を高め、
「出来ない」ことがその人の価値を
下げるわけじゃない。
人には「出来る」こともあれば
「出来ない」こともある。
「出来ない」ことが
自分の価値をさげると思い込んでいると、
「出来ない」自分を受け入れられない。
「出来ない」自分を
認める強さがないことの方が
「出来ない」こと以上に問題だ。