
無駄に自分を脅迫するのはやめよう。
やってきたじゃないか!
やれる最大をやってきている自分を
いい加減、認めよう。
仮に、ダメだったとしたら
ダメがハッキリした時に考えよう。
無駄に自分を脅迫するのはやめよう。
無駄に追い込むのもやめよう。
逆に楽しもう♪
自分がやれる最大をやってきている!

やってきたじゃないか!
やれる最大をやってきている自分を
いい加減、認めよう。
仮に、ダメだったとしたら
ダメがハッキリした時に考えよう。
無駄に自分を脅迫するのはやめよう。
無駄に追い込むのもやめよう。
逆に楽しもう♪
自分がやれる最大をやってきている!

怖い、不安、自信がないといったネガティブな感情が湧いたからって
あなたの価値を下げることにはならない。
自己価値には何も影響しないんだ。
誰だって怖いし、
誰だって不安だし、
誰だって自信がないことはあるんだよ。
ネガティブな感情を抱いて
さて、どうするか?が重要だ。
「ネガティブな感情を抱かない自分」を目指していたら
いつまで経っても達成できないよ。
それどころか、
その目標そのものが敗北感を生む。
だって、
恐れや不安や自信がないも
自然な感情だから。

大切な他者に抱いている感情は
自分への感情かもしれない。
頑張れ!と願うのは
自分が頑張れてないと思っているからかもしれない。
逃げるな!と思っているのは
逃げている自分がいるからかもしれない。
自信を持って!と祈るのは
自分が自信を持ててないからかもしれない。
だとしたら、
まずは自分が実践すること。
自分のことをまわりに投影するだよね、私たちは。

「気分の落ち込み」が
ダメなことのように感じている人がいる。
裏を返せば、
「いつも前向きに
意欲的な状態でなければならない」
ということだよね。
そりゃ、無理だよ。
いつもいつも元気に意欲的なんていうのは
ありえない。
気分が乗らない日があったり
妙に意欲的なときがあったりするのは
誰にでもある自然なこと。
実はこの「いつも前向きに
意欲的な状態でなければならない」といった考えが
気分の落ち込みを増長させる。
自分の自然な状態を受け入れず、
無理なことをやろうとしているんだよね。
つまり、
今の自分を受け入れていないってことでもあるよね。
そりゃ、いつも気分は落ちることになるさ。

どんなにじっとしていても
もう一人の自分が自分を責め続ければ
極端に疲労する。
横になっていても
動いていても
24時間365日つきまとうもう一人の自分が
何と言ってきているのか。
その声を意識できたなら
人生の流れを変えることができる。

こんなんじゃダメ…
そう思い込んでいるんだよね。
本当に「ダメ」かどうか以上に
あなたがあなたをダメだと評価していることが問題で、
そんな自己批判が強まると、
いつもイライラ状態だったり、
やる気が起きなくなったり、
自己防衛のために人の悪口を言い出したり、
人間関係が歪んでいったり…。
本当に「なんかダメな自分」が付きまとい始める。
事実を観ることを抜きにした厳しいだけの自己評価は
決して成長には結びつかない。
だから、
「ダメだ」といった解釈をちょっと脇に置いてみよう。
今までやってきていないから怖いと思う。
その怖さに抗う必要はない。
怖いまま、そっと置いてみる。
事実を観よう。
自分はよくやっている。
充分やってきている自分を労ってみよう。
やってみる価値はあるはずだよ。

そりゃ、自信も失うさ。
自分がどうしようもなくダメに思えてくる。
やれる感覚を思い出そう。
自分の得意や好きな分野、
頑張らなくてもやれてしまうものに
時々戻ってみる。
苦手なものに敢えて
取り組んでいたことを思い出す。
そんな頑張っている自分を労う。

行為は見えても、目的は目に見えない。
同じ行為でも
「なぜ、それをやるのか?」
「何のためにやっているのか?」
といった目的は違っていたりする。
目的には方向があって、
相手を思う方や愛を向いていたり、
成長する自分に向いていたりするし、
はたまた、
周りの人の目や親の顔色に向いていたり、
自分がどう思われるかばかりに向いていたりする人もいる。
同じ行為でも、
その目的によって感じるものは違ってくる。
あなたのそれは
何のためにやっているのだろう。

ある出来事が
あなたを苦しめているように感じているかもしれないが、
そうじゃない。
あなたを苦しめているのは
出来事への解釈だ。
出来事を自分になんと
説明しているんだろう?
解釈の幅を広げると
どういう解釈があるだろう?

腹にストンと落ちる時がある。
逆に、
散々考え、
散々色々やっても、
腹に落ちない時がある。
頭でわかっているのに
腹落ちしていないのは
納得できていないからだ。
納得できるかどうかは、
そのことを受け入れているかどうかで、
別の言い方をすると、
事実を認めているかどうかだ。
それはある意味、
こうあってほしい自分を諦めれるかどうか。
こういった構造がわかっているのなら
とっとと諦めてしまえばいいと考えるかもしれないが
思考通りにいかないのが人の常で、
諦めるのには時間がかかるんだよねぇ。