
身体のサイン vol.5111
固執や執着は痛みを引き起こし、
譲歩や妥協は痛みからの解放をもたらす。
心と繋がっている身体は
必要なことを教えてくれている。

固執や執着は痛みを引き起こし、
譲歩や妥協は痛みからの解放をもたらす。
心と繋がっている身体は
必要なことを教えてくれている。

相手への期待を取り消すと
自分がラクになる。
そうなら、
自分が苦しいのは
相手に期待しているからかもしれない。
人に期待した場合、
その期待を上回るのか、そうじゃないかで
相手への感情は大きく変わる。

程度の差はあっても
コンプレックスは誰だって持っているものだ。
持ってることは悪いことじゃない。
コンプレックスをどう扱っているかが問題なのだ。
コンプレックスの刺激になる人に
八つ当たりする人もいれば、
コンプレックスを受け入れ、
それをバネに伸びていく人もいる。
あなたがそのコンプレックスを
どう取り扱うかなんだよ。

相手の幸せに踏み込みすぎないのは大事だ。
特に親子や夫婦といった近しい関係の場合、
相手の幸せを願うばかりに
踏み込んでしまうケースは少なくない。
相手の幸せは相手が決める。
境界線を踏み越えないことは
相手を信頼していることにもつながっていく。

自由を求めた末、
解放される人と固執する人がいる。
認められることを求めて
解放される人と固執する人がいる。
覚悟することで、
多くの自由を感じる人もいれば、
不自由を意識してしまう人もいる。
結局どうなりたいかは自分が決めている。

やるべきことを淡々とやっていく。
一喜一憂せず淡々と淡々と。
気づけば2022年もあとちょっと。
といっても淡々と。
クリスマスが終わると一気に年末に向かう。
それでも淡々と。
年が明けても
やるべきことを淡々と淡々と。

状態や事実が結果を決めるのではなく、
状態や事実をどう解釈するかで結果が決まるのだ。
どう解釈するかには
その人のパターンがあり、
そのパターンを変えなければ解釈は変わらない。
解釈が変わらないということは、
その人にとっての結果も
変わらないということになる。
解釈が変われば結果は変わる。
結果を変えたければ
まずは自分の解釈を疑ってみよう。

他者と接することで自分が見える。
自分に種のないものは見えないから、
相手の何かがよく見える、気になるというのは
あなたにその種があるはず。
自分だけでは気付けないものを
他者は見せてくれる。

自分を変えていきたいと思ったら、
最初の一歩はなんだと思う?
計画を立てること?
2度とやらないと強く反省すること?
失敗の原因を探すこと?
労いなんだよね。
それをやる必要があったからやってきたわけで
結果がどうであれ
頑張ってきたんだよ。
だから、まずはそんな頑張ってきた自分を労う。
変化は愛からなんだよね。

もしあなたがサイズ違いの靴を履いて歩いていたら
歩くたびに痛いし、
きっと歩けなくなってしまうよね。
靴が足に合ってないなんて考えもしなかったら
歩いている周りの人のスピードを見て
自分がダメなように感じてしまう。
みんなもこんな痛い思いをしているのに
その痛みを乗り越えて歩いていると考えたら
自分がとても弱く感じるだろう。
自分がダメだと思い込んでいたら
靴が合ってないなんて考えもしないもんね。
あなたが痛みを感じているのなら
それはあなたがだめなんじゃなく、
靴が合ってない可能性がある。
自分に合う靴を履いたら
こんなに痛くないの?と驚いてしまうかもしれない。
歩くたびに辛かったのに、
歩くことそのものが楽しく感じるだろう。
だってやっと自分のままで歩けるのだから。
人は輝くように作られている。
本来の力を発揮し損ねてもがいているのはまるで
サイズ違いの靴を履いて歩いていようなものだよね。