
身体からのサイン vol.6265
身体って正直ですよね〜。
急に腰に違和感が出たり、
口の中にできものができたり、
原因のはっきりしない痛みが続いたり、
体は悲鳴をあげて
どれだけ無理しているかのサインを
送ってきたりします。
ただ、「まだ大丈夫」「これくらい普通」
「せっかくのチャンスだから」
と自分に言い聞かせ、無視してしまう。
その痛みや違和感、
「もう少し自分にやさしくして!」という、
メッセージかもしれないですよ〜。

身体って正直ですよね〜。
急に腰に違和感が出たり、
口の中にできものができたり、
原因のはっきりしない痛みが続いたり、
体は悲鳴をあげて
どれだけ無理しているかのサインを
送ってきたりします。
ただ、「まだ大丈夫」「これくらい普通」
「せっかくのチャンスだから」
と自分に言い聞かせ、無視してしまう。
その痛みや違和感、
「もう少し自分にやさしくして!」という、
メッセージかもしれないですよ〜。

完璧な人が、必ずしも完璧主義とは限らないんですよね、
完璧主義だからといって、完璧にできるとも限らないし。
むしろ
完璧主義なのに自分はそうでないと思い込んでる人も、
実は少なくないんです。
以下の傾向があるなら、
それは“完璧であろうとする心”があるのかもしれません。
・始める前に、準備や計画ばかり
・「失敗したらどうしよう」と考えて、動けなくなってしまう
・人に見せる前に、何度も何度も修正する
・終わったあと「あれでよかったのか」と気になり続ける
・合格点ではなく、100点を目指さなくちゃ!と強く感じる
・人からの評価が気になる
・頼まれると断れず、抱え込みすぎてしまう
・「ちゃんとやらなきゃ」といつも思っている
どれも決して悪いわけではないのですが、
行きすぎると
自分を苦しくさせてしまうんです。
しかも、
どこからが「行きすぎ」で、
どこまでが「適度」なのかがとても分かりにくい。
だからこそ、
自分の完璧主義の傾向に
気づきにくいのかもしれません。
もし最近、空回りしている感覚があるなら、
それは「完璧にしなければ」という思いが、
少し強くなっているサインかもしれません。
ほんの少し力を抜いてみる。
それだけで、本来のあなたのポテンシャルは、
もっと自然に発揮されていくのだと思います。
ただ、力を入れるより抜く方が
意外と難しいんですよね〜。
写真は枝垂れ梅です。
見事に咲いていました〜!!!

単純な「好き」って最強だと思うんです。
理由を探せば、何かしら言えるのでしょうが、
探す必要を感じないほど
疑いようのない「好き」って強くないですか?
大人になるほど、私たちは理由を求められます。
なぜそれを選ぶの?
どうしてそれがいいの?
役に立つの? 将来につながるの?
その理由をうまく言語化できたり、
説得力をもって伝えられる人のほうが、
優秀な印象を持たれやすい気がするんですが、
上手に説明できる「好き」って
逆に偽物感がありません笑?

「疲れるだろう」と頭では予測していたのに、
いざやってみると 意外と疲れない。
逆に「大したことない」と思っていたことの方が、
やってみたらどっと疲れるってこと、ありますよね。
「好きなこと=疲れない」じゃぁ、
ないんですよね。
逆に、
「ちょっと面倒だな」と思っていたことが、
始めてみると案外スムーズで、
ほとんど疲れないこともあるんですよね。
結局のところ、
頭の中の予測は、かなり当てにならない。
やってみて初めてわかることは、
想像している何倍にもなるんです。
全部、行動のあとにしか答えは出てこないんですよね。
写真は道端で見つけたいちじくです。
小さく実がなってました〜!

短距離走の基準で、長距離を走っていると、
「まだ足りない」
「もっと早く結果を出さなきゃ」
と苦しさが増すんですよね。
1週間で変わらないと意味がない。
1ヶ月で結果が出ないと遅い。
そんな物差しで、
自分を測り続けてる状態なんです。
でも、本当に大きな変化は、
ゆっくりなんですよね〜。
1日では見えないし、
1週間でも分からないけど
1年経って振り返ると、確かに進んでいる。
そんな感じなんです。
短距離走はスピードが武器。
長距離走はリズムと持久力が武器。
この物差しを間違えると、
進んでいるのに「止まっている」と錯覚してしまって、
せっかく力がついてきていても、
投げ出したくなります。
大切なのは、
距離に合った基準で見ることなんですよね〜。
あなたの今日の一歩は小さくても大丈夫。
一年後に振り返れば、
それはちゃーんと「前進」になってますから。
写真はお土産にいただいた厚揚げです。
厚くて美味しかったです!

結局、どちらも大切なんですよね。
反省は必要。
でも、後悔し続けても前には進めない。
もし落ち込みすぎてしまうなら、
いっそ忘れてしまったほうがいい場合もあるじゃないですか。
スピード感は大事ですよね。
けれど、丁寧さも手放せない。
急ぐだけでは見落としてしまうことがあるし、
かといって、ゆっくりしすぎれば
期限がやってきます。
私たちは
「どちらかを」重視しがちですが、
本当は両方のバランスが大事なですよね。
じゃぁ、そのバランスはどうやって取るのかといえば、
「あなたがどうしたいか」という目標というか、
結局、あなたが目指している
未来の在り方に寄るんだろうと思うんです。
どうなりたいですか?
写真は初午祭の奉納舞の一場面です。

赤ちゃんが泣いているとき、
私たちは自然と想像します。
お腹がすいたのかな。
おむつかな。眠いのかな。
理由がわかれば、対処ができるから、
いろいろと手を尽くしてみるんですよね。
実は自分への対処も、
これとよく似ているんですね〜。
何を求めているのか。
どうしたいのか。
自分の本当の気持ちがわかれば、対処ができる。
なぜ赤ちゃんへの対処と似ているかというと、
自分のことなのに、
それが結構わからないからなんですよね〜。
私たちには、
恐れや不安、過去の傷ついた記憶がありますから、
わかりたくない心理が
働のかもしれません。
写真はコメダでいただいたお抹茶です。
今日は立春ですね。

まだ始めたばかりなのに、
「もっとやらないと」
「これじゃ全然足りない」って、
失格の判決を自分に出して落ち込んでるってこと、ありません笑?
今日20分走れたのに、
「90分走れなかった」と責める。
単語を10個覚えたのに、
「まだ話せない」と落ち込む。
本当は前に進んでいるのに、
頭の中では“理想の未来の自分”が
腕を組んでこう言うんです。
「それじゃ足りないよ」って。
思い描く未来は、本来、
方向性を示す目印のはずなのに、
いつの間にか今を裁く“裁判官”になっちゃってる。
もし最近、
やっているのに気持ちが上がらない、
やる気さえもだんだんと失っていってるなら、
未来の自分の基準で、
今の自分を否定してるのかもしれません。
今日は節分ですね。
年の数だけ食べるお豆が随分、増えました笑!