チャンスをつかむ時

2026.06.16.

必死な学びと、真剣な学び  vol.6087

学んでいる人たちを見ていると、
「必死な学び」と「真剣な学び」があるんだな、
と思うんですよね。

「必死」という言葉は、
一見すると良さそうに聞こえます。

もちろん、必死になる時期が
必要なこともありますが、

長く学び続けている人を見ていると、
結局いちばん集中していて、いちばん強いのは、
学んでいることそのものを楽しんでいる人
ではないかと思うのです。

余裕があるから強い、というよりも、
強くなるためには余裕が必要
と言った方が近いのかもしれません。

目の前のことだけを見て、
近視眼的な自分だけで走り続けるよりも、

少し離れたところから
自分を見ている自分がいた方がいい。

必死になっているときには、
できていないことばかりが目に入りがちですが、

俯瞰することができれば、
少しずつ進んでいることや、
以前とは違う自分にも気づくことができますからね。

何より、楽しんでいれば長距離を走れます。

何かを習得するって、
時間がかかるじゃないですか。

一朝一夕にはできないんですよね。

時間がかかるからこそ、
「楽しむ」ということは、
思っている以上に大切だな〜と思います。

楽しんでますか?

 

2026.06.15.

もう一度出会うための時間  vol.6086

弊社では、講座を受講された後に
リフレクションシートを書いていただいています。
振り返りを書くことはまるで
講座の中で心が動いた自分に、
もう一度出会うための時間だからです。

その場では確かに何かを感じていたのに、
まだ言葉にはなっていなかったこと。

自分の中ではわかっているようで、
実は、はっきり捉えられていなかったこと。

そういったものを振り返り、
言葉にしていくことで、
自分の体験が少しずつ、
自分にも見えるものになっていくんですよね。

オープンダイアローグの言葉を借りるなら、
リフレクションシートを書くことは、

自分の体験に、
誰かと共有できる言葉での表現を与える行為

だと思います。

 

ちなみに私は毎日、
ブログを書いていますが、

ブログを書く時間もまた、
心を動かされた自分に、
私自身がもう一度出会うことのできる、
貴重な時間です。

書こうとすることで、
私は、何に心を動かされたのか。
そこに、どんな意味を感じたのか。
本当は、何を伝えたいのか。
と、自分の体験をもう一度
たどることになるからです。

そして、私の内側にだけあった個人的な体験が、
言葉を得ることで、
みなさんと共有できるものになっていく。

リフレクションシートを書くことも、
ブログを書くことも、
単に起きたことを記録する作業ではないんですよね。

心が動いた自分に再び出会い、
その体験に言葉を与えること。

それは日々の出来事を、
自分自身で受け取り直す、
大切な時間だと感じています。

 

 

2026.06.14.

できる側の人とできない側の人  vol.6085

できる側と、まだできない側では、
見えている景色が違うと思うんですよね。

できる人にとっては、
「なぜ、こんなことが分からないのだろう」
と思うことでも、

できない側には、
そもそも何が見えていないのかさえ、
分からないじゃないですか。

それに、人は一度できる側に立つと、
できなかった頃の感覚を、
少しずつ忘れてしまうこともありますからね。

ただ、できない側は
未熟さを責められる経験が多いと、
「できていないことを指摘される=自分そのものを否定される」
という感覚が
やっぱり残りやすくなると思うんですよね。

だからこそ、できる側には
未熟さを責めるのではなく、
次の水準へ連れていこうとする知性
が大事だと思うんです。

その人が、今どこにいるのか。
何が見えていないのか。
どんな言葉なら受け取れるのか。

そこまで考えて、伝えようとする知性には
できる側の人の力と優しさとを
感じずにはいられませんね。

できる側は、
未熟さを見逃すのでもなく、
できていないことを曖昧にするのでもなく、

きちんと課題を示しながらも、
その人が自分を失わず、
次へ進めるように関わる。

難しいですけどね。

正しさを持っていることと、
人を成長へ導けることは、別の能力なんですよね。

厳しい言葉が、すべて愛ではなく、
正しい指摘が、
すべて相手のためになるわけでもない。

それに、
未熟であることは、
価値がないということでもないんです。

今はまだ、
知らないだけかもしれないし、
経験していないだけかもしれないし、
見えるところまで、来ていないだけかもしれない。

だから、
知性のない人の言葉によって、
必要以上に傷つけられることはないんです。

できる側ができない側を評価している感が強いですが、
実は同時に、
できない側もできる側を評価するんですよね。

自分ができる側になった時に、
知性のある人になっていけるよう、
学びましょう。
進みましょ。
飄々と。

2026.06.13.

人生が変わるタイミング  vol.6084

「1日3回、チャンスはやってくる」
という言葉があるじゃないですか。

それは、もしかすると
外側からやってくる大きなチャンスだけではなく、
気づきのことなのかもしれません。

小さなサインは、意識していないと
簡単に見過ごしてしまいますから。

人生が変わるタイミングは、
必ずしも特別な出来事としてやってくるとは限らない
と思うんです。

実際、それは日常の中の
小さな気づきの重なりじゃないか
と思うことが多々あります。

もちろん、
環境が変わったり、
人との出会いがあったりと、
大きな出来事によって
人生が大きく変わることはあります。

でも一方で、
外側から見れば
何も変わっていないように見えても、
自分の内側では、
確かに何かが変わっている。

そんなこともあるんですよね。

大きく変わる前にはきっと、
いくつもの小さな気づきの重なりがあるんですよね。

写真はヤマボウシです。
実際に見るとよくわかるんですが、
花びらに見える白い4枚は葉なんですよね。

2026.06.12.

自分のやり方を探していい  vol.6083

苦手だと思っていることの中には、
ただ「やり方が自分に合っていなかっただけ」
というものがあるんですよね〜。

私たちはまず、
世間的に正しいと言われている方法や、
成功している人のやり方に
自分を合わせようとしますよね。

もちろん、先に進んでいる人の考え方から
学ぶのは基本だと思います。

ただ、その方法に合わせようとするあまり、
自分の感覚や、
本来得意な進み方を見失ってしまうと、
成長はどこかで鈍くなるんですよね。

やっているのに身につかなかったり、
続けたいのに続かなかったり。

そんなときは、
やり方が、合っていないのかもしれないと
と考えてみてもいいんじゃないのかなと思うんですよね。

人にはそれぞれ、
理解しやすい順番や、
力が出やすいリズムみたいなものが
あるじゃないですか。

自分の感覚が生きるやり方が
あるかもしれない。

それを探すことも、
学びの大切な一部なのだと思います。

そういう意味では、
インターネットは本当に助けになりますよね。

世界中には、
いろんな人がいて、
さまざまな学び方がありますから。

2026.06.10.

大事な出会いって  vol.6081

出会いって不思議ですよね〜。
「今日は行きたくないなぁ」とか思いながら、
自分を励まつつ出かけた時ほど、
思いがけず良い出会いがあったりしますからね。

それもたいてい、
名刺を持っていなかったり、
相手のことをよく知らなかったり。

あとから考えたら、
「知っていたら、もっと話せたのに!」
って思うような時だったりして。

でもきっと、
知らなかったからこそ話せた
ってこともあるんですよね。

松任谷由実さんの歌に、
サンダル履きで昔の恋人に
ばったり会うような場面がありましたが、

大事な出会いって、
案外そんなふうに訪れるのかもしれませんね、
少し無防備で、
いつもの自分のままでいる時に。

出会いって、
こちらが意味づけるより先に、
何かが始まっている感じがします。

 

2026.06.09.

自分のフィルターを通して人の話を聴く vol.6080

同じ言葉を聞いても、人によって受け取り方はまったく違いますよね〜。
こちらはただ褒めたつもりでも、
その言葉が相手の中にある劣等感に触れれば、
相手には「嫌味」や「比較」のように聞こえてしまうだろうし、

反対に、
たとえ誰かが悪意を込めて言った言葉でも、
受け取る側がそれを自分の中に入れなければ、
その言葉は自分を傷つける力を持たないんですよね。

つまり、
私たちは言葉そのものをそのまま聞いているようで、
実は自分の中にある
フィルターを通して聞いているんですよね。

そのフィルターは、過去の経験、
傷ついた記憶、劣等感、恐れ、
あるいは大切にしている価値観からできています。

そして、意識しなければ
そのフィルターは無意識のうちに働くんですよ、
まるで自動センサーのように。

相手の言葉を瞬時に意味づけし、
判断してしまう。

だからこそ大切なのは、
相手が具体的に何と言ったのか、
私はそれをどう受け取ったのか
をよーく観てみることです。

自分の反応に気づけると、
自分の内側を深く理解するきっかけになりますから。

写真はクチナシらしいんですが、
甘くて濃厚な香りでした!

2026.06.06.

人の心の動き  vol.6077

人前ではちゃんとしていたい。
わかっている人だと思われたい。
変なことを言って、恥ずかしい思いをしたくない。

そういう気持ちは、
きっと誰しもが持っているんだと思うんですよね。

でも、他の人たちも
同じような思いを持っているなんて
考えもしないんですよね。

だから、
誰かの本音を聞いたとき、
私たちはどこか安心するんでしょうね。

「あぁ、人って同じようなことで怖がっているんだな」
「あぁ、私だけじゃないんだな」って。

本音を話すことは、
弱さをさらすことではなく、
人と人が深いところでつながる入口なんでしょうね。

自分だけだと思っていたものが、
実は誰かの中にもある。

そう気づくと、
人は自分を許しやすくなるし、

人の心の動きって、
実はそんなに大きくは変わらないということが
よくわかるのかもしれませんね。

2026.06.04.

失う時、得ているもの  vol.6075

以前は、いろんなことに向かうエネルギーが、
自分の中に溢れていた気がするんですよね〜。

でも最近は正直、
以前よりもだいぶエネルギーが
少なくなっているように感じることがあります。

たとえば、海外に行くことを考えた時。
若い頃ならまず、
「楽しそう」「行ってみたい」
というワクワクが先に来てたと思うんですが、

最近は、どこかで
「移動が疲れそう」
「準備が面倒だな」
という気持ちが先に立つことがあるんですよね。

「ワクワク」よりも先に
「疲れるな……」が来てしまうんです。

当然、人はある程度経験を重ねると、
物事の先が想像できるようになるじゃないですか。

楽しいことだけでなく、
面倒なこと、大変なこと、疲れることまで、
先回りして見えてしまう。

だから、まだ何も始まっていないのに、
少し億劫に感じちゃうのかもしれません。

ただ、もし「疲れる」よりも先に
「やりたい」「やってみたい」が立ち上がれば、
年齢や体力に関係なく、
人はやっぱりワクワクするんだろうと思うんです。

自分の中に「楽しそう!」と
感じるものや震える心が、
残っているかどうかじゃないかと。

つまり、
やりたいことが枯れていないか。
軽やかに動く心が残っているか。
と思うんですよね〜。

年齢を重ねると、
エネルギーが減る部分は確かにあるし、
経験を重ねたからこそ、
簡単には心が動かなくなるのも事実だと思います。

ただその分、
本当に自分が求めているものに、
より正直になっていくんだろうなと。

得ている時、
人は失うものが必ずあるじゃないですか。
同様に、
失っている時も、
必ず得ているものがあるんですよね〜。

2026.06.03.

前に進むには  vol.6074

自分を許すって難しいんですよね。
別に罪を犯したとかではなく、
小さな「許せなさ」のことなんですけどね。

例えば、
できなかった自分を許すとか、
あの道を選んだ自分を許すとか、
ネガティブな感情を抱いてしまう自分を許すとか。

なぜ難しいかというと、
どこかで私たちは、
「認めてしまったら、そこで終わってしまうんじゃないか」
「許してしまったら、もう頑張れなくなるんじゃないか」
と感じているからなんです。

でも、本当は逆なんですよ。

許すというのは、
甘やかすことでも、
なかったことにすることでもなく、
自分の現在地を認めることなんですよね。

人は、自分を責め続けている時、
前に進んでいるようで、
実は同じ場所で苦しんでいることがあるんです。

でも、自分の正直を認めたら
ようやく足元に土台ができる感じになります。

そこから初めて、
次を選べるようになるんです。

自分を許すことは、
本当の意味での始まりなのだと思います。