チャンスをつかむ時

2026.08.10.

試される  vol.6142

何かを決意すると、必ず試されません?
「本気なのか?」みたなテストが入る
って言ったらいいのかな。

例えば、
今日からこれをしよう!と計画をすると
予定外のことに惑わされたり、
それに着手するのが難しいような
ハプニングが起こったり。

それでも、あなたは進みますか?
と問われている、みたいなイメージです。

テストというか
試されごとが起こっていると感じると、
人は易々とやめれないんですよね。

本気なのかと問われるのなら、
「はい。本気です!」
と何度でも答えてやろうじゃないかと
思うじゃないですか。

それも、できる限り平気な顔で笑。

ただ、
実際に目の前で起こる試されごとは
結構、痛いことも多いんですけどね。

スムーズにいくってきっと、
困難がなくなることじゃないんですよね〜。


困難の中でも、
自分が進む方向を見失わないこと、
なのかもしれませんね。

まぁ、こういうことが
試されているんでしょうね。

2026.08.09.

人と比較してしまう  vol.6141

出来ている人と比べて落ち込んだり、
やる気を失うことは実は誰にでもあるんですよね。

ただ、その後の違いに影響があるとすれば、
他者との比較が
自分の可能性の判定と結びついていたり、
比較をしてはならないと思っているかどうか
じゃないのかなと思うんです。

他者との比較が
自分の可能性の判定になると
辛くなります。

「あの人はもうあそこまで進んでいるのに、
私はまだこの程度。
この先も私はダメなんじゃないか」みたいに。

でも実は、
誰かが先に進んでいることと、
自分がここから伸びることは
両立するんです。

今の実力を判定するためではなく、
実力をつけるためにやるんですから。

比較は、判定の場ではなく、
現状を知り、
変化をつけていく場なんですよね。

それに、
比較を完全になくす必要はないんですよ。

誰かが頭に浮かんでも、
「また比べている」
と責めなくていいんです。

ただ、比較していることに気づいたら
自分の、先に進む一歩に戻ればいいんです。

そうやって、
戻っては一歩進むことを繰り返していたら、
自分への信頼が高まっていきますから。

2026.08.08.

叶うかどうかは、願ってから考えればいい  vol.6140

私たちの思考って、当然ですが、
社会の常識や自分がこれまで経験してきたことの
枠組みの中にあるんですよね。

もちろん、その枠組みはとても大切です。

現実的に考えたり、
無謀な選択を避けたり、
自分の生活を守ったりするために
必要なものですからね。

ただ、
自分の願いや希望を考える時くらいは、
その枠組みを
少しだけ緩めてもいいんじゃないかと思うんです。

もし、神様がやってきて、

「今日は、なーんにも考えなくていいよ。
できるかどうかも、お金も、年齢も、全部考えなくていい。

本当は、何がしたいの?」

「何でも言ってみて!何でも叶えるから。」

と言ってくれたら、
自分は何を願うんだろうって
考えてみるんです。

だって、
私たちは願いを思い浮かべた瞬間に、
自動的に「できない理由」を探し始めるじゃないですか。

「そんなの無理だし」
「この年齢からじゃ厳しいだろうし」
「お金も時間もないし」
「前にもやってみたけど、ダメだったし」

本当は「やってみたい」と思っているのに、
社会の常識や過去の経験が、
すぐにその気持ちを
打ち消しちゃうんですよね〜。

まだ、やってみてもいないのに。

もちろん途中で
「これは違った!」と
気づくこともあるかもしれないし、
失敗して、
恥ずかしい思いをすることだって
あるかもしれません。

でも、それは
「願ってはいけなかった」
ということとは違うんですよね。

できるかどうかを考えることと、
自分が何を望んでいるのかを知ることは、
本当は別の話なんですよ。

まずは「やってみたい」と、
手を挙げてみてもいいんじゃないかな
と思うんです。

人生は一度きりじゃないですか。

たとえ失敗したとしても、
自分が思っているほど、
誰もこちらの失敗なんて覚えてないですしね笑。

 

あなたが心から願っていること、
「本当はやってみたい」と思っていることって
何なのでしょう。

 

 

2026.08.06.

SNSが、私の関心を「世界観」に変えてしまう vol.6138

いろんなSNSがあるじゃないですか。
InstagramやFacebook、XにYoutube…
流れてくる情報がSNSによって偏ってて
ビックリしたんですよね〜。

世の中にある情報の中から、
それぞれのSNSが理解した“わたし”に
合うものを並べているから
そういう違いが生まれてるらしいんですよね。

“わたし”に合うものっていうのは、
ちょっと立ち止まった投稿や動画て、
そこから、
「あなたが見たい世界は、きっとこれですよね」って、
世界の続きを先回りして
つくり始めるからなんですって。

これって、ちょっと怖いですよね〜。

そうやって先回りされると
更に関心が深まるだけではなく、
世界そのものがその一色でできているように
感じられてくるから。

しかも、
SNSが見ている「私の関心」は、
必ずしも自分が大切にしたいものとは
限らないんですよ。

不安で繰り返し確認したもの、
違和感があってコメントまで読んだものも、
トイレに立って、
たまたま長く開いたままになっていた画面さえ、
「関心がある」という判断材料になり得るんです。

こちらは嫌だから見ていても、
たまたまその画面が開いたままでも
SNSは「もっと見たいんでしょ?」
と判断してしまう。

何が怖いって
一つの窓から見えている景色を、
世界のすべてだと思ってしまうことが
怖いんです。

だって、
その違いに気づかないまま、
集中を「世界観」に
変えてしまう可能性があるんです。

一つに集中することは深さを生みますが、
視野まで一つになると、
ほかの可能性が見えなくなる。

だからこそ、改めて
リアルが大事になると思うんです。

リアルな場所に出ることや、
自分とは違う人と直接話すことは、
アルゴリズムがつくった“私”から、
自由になる働きでもあるんですよね。

2026.08.05.

悩んでいるとき、必要なのは決断力ではなく  vol.6137

例えば「続けるか、やめるか」「我慢するか、相手に伝えるか」。
二つ にひとつの選択しかないような気持ちになることがあります。
しかも、どちらを選んでも何かを失いそうに思える。

だから決めらなくて、
同じところを
何度も考え続けてしまうって経験って、
ありません?

そんな状態でも、
誰かに話してみると、

「今すぐ決めなくてもいいんじゃ?」
「まず2〜3日だけ試してみたら?」
「両方を少しずつやる方法はないの?」

と、自分には見えていなかった選択肢が
出てくることがあります。

しかも、
言われてみればその通りだよな!
みたいな。

一人で考えていると、
自分の思考の枠組みから
出られなくなるんですよね〜。

すごく悩む。
というか、
同じところをグルグルしちゃう(汗)。

そんなときに必要なのは、
決断力ではなく、
単純に選択肢を増やすこと
かもしれないんですよね。

誰かに話をしてみる、相談するって、
正しい答えを教えてもらうというより、
自分の視界の外にある選択肢に気づいたり、
自分の枠組みを
広げたりする機会になるんですよね〜。

結果的に、
停滞している時間も
短くなりますからね〜!

2026.08.04.

今日やったことはどこかで効いてくる vol.6136

ある行動に、どれほどの効果があるのかを正確に測るって、
案外難しいと思うんですよね〜。
まったく無駄に思えた経験が、何年も経ってから
思いがけない場面で役に立つこともあるじゃないですか。

一方で、
その時はとても有効だったと思っていたことが、
振り返ってみると、
それほど大きな意味を持っていなかったと
気づくこともありますからね。

私たちは、ある程度
「これは効くのではないか」
と考えて行動します。

調べて、考えて、
できるだけ良さそうな方法を選んでいる。

ただ、
人生は計画通りには進まないことも多いですから。

何がどこで役に立つのかは、
その時には意外とわからないんですよね。

となると、
自分がコレだ!と思ったことに、
「全力で取り組む」しか
やれることはないんじゃないかと
思うんですよね〜。

「あの時のことが、ここにつながっていたんだ」

そうわかる日が来ることを信じて。

まあ、無駄だったら無駄だったで、
その時はその時です。

人生の無駄なんて、標準装備ですから(笑)。

2026.08.03.

まぁ、こういう日もあるさ! vol.6135

「なんだかなぁ〜」って感じること、ありません?
例えば、やらなきゃいけないことがあるのに
youtubeに数時間費やしてたり、
せっかくのお休みだから、
コレとアレと!と考えてたのに、
起きたら夕方だったり。

実は本気で考えているモノほど
そこから沼にハマりがちなんですよね〜。

本気でやりたい
→ 現実を見るのが怖い
→ 始める前に少し避ける
→ 避けた自分を責める
→ さらに動けなくなる

といった悪循環の入り口!

大事なのは、
取り戻そうと躍起になって
無理に詰め込まないことなんですよね。

無理に追い込むと、
翌日やその週まで崩れてしまいますから笑。

「まぁ、そんな日もあるよなぁ〜」
で 十分なんですよね。

上手くいくようになっても
ダメな日はあるもんですよ。

今日一日を完璧にするのではなく、
まず一つ、ちょっと始めれば
流れは戻るものですしね。

責めすぎない。
完璧を目指しすぎない。

ほんの少しでも続けることのほうが、
結局、いちばん効いたりしますからね。

2026.08.01.

自分をより知るには vol.6133

他者を知ることと、自分を知ることはイコールだと思うんです。
人のことがわかると、自分との違いが明確になりますから。

どうして、それを選択したのか?
なぜ、そういう発言をするのか?
など、その行動の理由がわかると
自分がそうしない理由も明確になるじゃないですか。

自分の中では自然なことも
他者の中では全く存在しないケースもありますしね。

だから、
他者を理解しようとすることは、
単に相手に詳しくなることではないんですよね。

相手の選択や言葉の背景を知るたびに、
「私は同じ場面で、何を感じ、どう行動するだろう」と、
自分自身が浮き出されるんですよね。

たとえば、
誰かが迷わず助けを求める姿を見て初めて
「私は、人に頼ることを避けている」
と気づくことがあれば、

反対に、
誰かが自分の気持ちを抑えて
周囲に合わせているのを見て、
「私は、そこまではできない」
とわかることもありますよね。

自分にとって当たり前の感覚は、
自分一人で考えているだけでは、
なかなか見つけられないんです。

当たり前すぎて、
意識できないから。

他者という、
自分とは異なる世界に触れたとき、
初めて自分の輪郭が浮かび上がるんです。

人を知ることは、
自分では見えなかった自分に出会うことなんだろうと
思うんですよね。

2026.07.31.

経験を重ねたら  vol.6132

何かが「固まる」というのは、
自分の軸や型ができることですが、同時に、
以前なら選べた別の可能性が
見えにくくなることでもあるんですよね〜。

若い頃って、
「やっちゃえ!」という感覚が
あるじゃないですか。

あれは未熟だったというより、
まだ自分の中に固まった前提が
少なかったからこそ
出せた力なんだろうなって思うんです。

失敗する可能性よりも、
「面白そう」
「やってみたい」
という気持ちが先に動いていたんですよね〜。

経験を重ねると、
慎重さや判断力は増えていきます。

ただ、それと一緒に、
「こうするべき」
「これは現実的ではない」
という型も増えていくんですよね〜。

賢くなったぶん、
動けなくなることも出てきます。

だからこそ、自分の中に
どんな前提や型ができているのかを
知っておくことが
大切なのかもしれません。

そのうえで、
「これは必要だ」
「なぜか気になる」
と感じたことには、
ちゃんと進んでいける力を残しておく。

経験を重ねても、
心まで固めてしまわないことって
大事なんだろうなって思います。

2026.07.30.

スタ誕ってありました!  vol.6131

10点満点中3点の出来でも、
自分の今の実力から言ったら満点!なんてことがあります。
これ、大事だと思うんです。

例え、合格点でなくても
自分のなかでは最高点ってことは
それはある意味、合格ってことじゃないですか。

もちろん、逆もあると思うんですよ。
満点なのに、
自分の実力からすると6点みたいな。
もう職人というか熟練の域の話ですが。

評価軸は一つじゃないということなんです。

意欲でみたら?
将来性で見たら?
といった軸で観ると違ったものが
見えてきます。

昔、スター誕生という番組がありましたが
スカウトの人たちは今の完成度より、
「磨けば光る」的な将来性を
よく話していたことを思い出しました。