チャンスをつかむ時

2026.04.14.

意欲には構造があることは知っていても  vol.6054

やりたい、やろうと思っていることがある。
今日やるべきことのプランもある。
なのに、意欲だけが遠ーくにいる、みたいな笑。
なーんか意欲が湧かないって時、
ありません?
意欲が自然に湧くものではないことは、
多くの方がもうご存知だと思います。
私も十分承知しています。
ただ、そうとわかっていても
「意欲がわかない」と気分に任せるということは
つまり、やりたくないんですよね。
では、なぜやりたくないのか。
そこを見に行かないと、
結局、解決しないんですよね〜。
タスクが多すぎるのかもしれないし。
もしかしたら、
ヘタに意欲を出して
成功なんてしてしまったら大変だ、と
どこかで思っているのかもしれないし。
あるいは本当は、
一生懸命やってダメだった時の辛さを避けたくて、
「頑張ればできたのに…」という言い訳を
残しておきたいのかもしれないし。
手法やテクニックは重々理解している。
それなのに、やれない。やりたくない。
こういう時は、
なぜ気が進まないのか
何を怖がっているのか
何を避けようとしているのか
を、よーく観てみることです。
そこに目を向けることで、
乗り越えるきっかけが見えてくることがあります。
写真は温泉卵。
美味しいですよね〜!大好きです!!!

2026.04.13.

「立てるなら、立てばいいのに」  vol.6053

小学生の頃、アルプスの少女ハイジを見ながら、
私はクララに少し苛立ってたんです。

立てるんでしょ?だったら、立とうよ。
みんな応援してるじゃんって。

今思うと、ずいぶん乱暴な見方です笑。

クララは、立てる可能性があって、
何度も試して、それでも立てなくて。

そして、
追い込まれるような状況の中で、
自分の足で立つ瞬間が訪れる。

今の私なら、
時間がかかることを理解できます。

人には、
準備が整う時間が必要で、
無理に押しても動かないものが、
自然に動き出すタイミングがあるんですよね。

オンジは、
それを知っていたのかな?

なんだか、改めてハイジを見たくなりました。

写真はハイジの「モミの木」ではなく、
多分、杉の木です笑。

2026.04.12.

美味しいパンをつくるには  vol.6052

パン作りには、寝かせる時間があります。
発酵したり、生地が落ち着いたりするその時間があるから、
ふわっとした美味しいパンが焼き上がるんです。

ですが、せっかちな私は普段、
その「寝かせる時間」をあまり持ちたがりません。
すぐに結果を求めるから(笑)。

けどやっぱり、余白は必要なんですよね。
いや、必要というよりも——
余白こそが、仕上がりを決める大事な時間なんです。

寝かせずに焼けば、それなりの形にはなります。
でも、あのふわふわにはならない。

それはきっと、
私たちの日常も同じで。

何もしていないように見える時間も、
本当は何も起きていないわけじゃなくて、
内側では、ちゃんと
整っていっているんですよね。

発酵のように。

そしてちゃーんと、ひとつに繋がる。
点が、線になるんです。

整う時間はとても地味で
変化は目に見えないですが
実は美味しいパンになる
キラキラした時間なんだなと思います。

写真はパンではなく、スープですが。

2026.04.11.

“ズレ”が明確になるとき  vol.6051

普段、薬などを一切、飲まないせいか、
病院から出された薬が強いからか、
腰痛の薬がよく効いてくれます。

そのせいか、
横になっておく方が良いと言われたからか、
ずっと寝ています笑。

少し疲れていたのかもしれませんね〜。

こういう、予定外の静止状態って、
“ズレ”が明確になってるんだと思うんです。

進めたいこともあるし、
やらなきゃいけないことは当然、あるんですが、
身体は強くブレーキを踏む、みたいな。

だから改めて
気持ちと身体のバランスを考えざる得ない。

無理が効いているうちは
無視できても、
実際、動けなくなることで
直視すべきものを見ざる得ない、的な。

目標を決めて一気に進むのがお好みの私ですが、
身体がブレーキを踏むことで
今の自分のバランスやリズムを
考えさせられる時間なんでしょうね。
ふーっ。

まぁそれも、きっと、
次に進むための準備のひとつなんだと諦めて(笑)。

写真はいただいたお菓子なんですが、
行列ができてるお店のお菓子だそうですが、
パッケージも可愛いし、めちゃくちゃ美味しかったです!!!

2026.04.10.

特に寝返りがやばい  vol.6050

立ち座りも、笑うのも、ちょっとモノを取るのも
腰を使うんですね。
特に寝返りがきつい。
寝返りなんて普段、無意識にやってるじゃないですか。

一昨日から腰が砕けちゃった感じで。

ウッと来る痛みを恐れながら、
そっと手を伸ばして、
「あ、やばい」と思ったら、静止。

そんなことを繰り返しているうちに、
なんだか、笑けてきて。

笑うと腰が痛いのに、
それでも大笑いしちゃったんです。

そんな自分がちょっといいなとも。

笑えれば
その笑いで吹き飛ばされることって
少なくないんですよね。

もちろん、外科的な痛みではあるものの、
痛みが消えるわけじゃないし、
現実が変わるわけでもないんですけどね。

でも、
ちょっと違うものに変わるんです。

ちゃんと向き合うことと、
深刻になることは、
たぶん、別なんですよね。

流石に辛すぎて病院に行くと
成長期にやらかしていた腰痛の復活でした汗。

ここ何十年も何もなかったのに?と問うと、
先生は「腹筋が弱まってお腹が出てくると…」と。

なるほどね。了解!って感じでした笑。

写真は沈丁花(ジンチョウゲ)。
病院の脇に可愛らしく咲いていました。

2026.04.08.

人の本音は滲み出る  vol.6048

ふとした時の表情や出来事への反応に
その人の本当の思いみたいなものが出るじゃないですか。
嘘はつけないんだなと思うんですよね〜。

何を求め、
何を目指しているのかが
何かの拍子にモレる。

もちろん、自分を隠すのが上手な人や
自分でも思い込んでる人がいますから
モレてきたものが絶対とも言えないんですが
どこか伝わってくるものがあるんですよね。

「滲み出るもの」は、
その人が長い時間をかけて身につけてきた
パターンや防衛なんですよね〜。

たとえば、
本当は認められたい人ほど、
無関心を装ったり、
過剰に演じたりすることがあります。

あるいは、
傷つくことを恐れている人ほど、
先に相手を評価したり、
距離を取ったりする。

つまり、
関心があるものに人は
何らかしかの反応をしちゃうんですよね。

人は“自分がどういう人間であるか”という
内側の物語や信条に沿って
行動や反応を選び続けていますから、

結果として、
モレ出る反応には
その人が信じている「自分像」が現れるんです。

そう考えると大事なのは
モレないテクニックを磨くことではなく、
モレてもいい自分になることだと思います。

漏れてしまうものは仕方ない。
そこは止められないからこそ、

そもそも何を大切にして生きるのか。
何を望み、何に誠実でありたいのか。

モレていい自分に整えていくことが
大事だなって思うんですよね。

2026.04.07.

人が揺れるのはなぜか?  vol.6047

ワクワクすることって、だいたい少し怖いし、
安心できる場所って、だいたい少し飽きるって感じません?笑
これ、もともとそういう構造なんですよね。

人は、変わりたい自分と守りたい自分の
両方を同時に持っているから。

だから、
前に進もうとすると不安が出るし、
落ち着いた場所にいると物足りなさを感じる。

でもそれは、
両方の欲求がちゃんと働いている証で、

不安は「進もうとしているサイン」なら、
飽きは「次に向かうタイミングのサイン」。

この構造を理解していると、
揺らされる一方じゃなくて、
立ち止まり、問い直し、また選び直せます。

両方あるからこそ、人は揺れる。
その揺れはときに厄介に感じるけど、
その揺れこそが、
実は大切なサインなんですよね。

 

 

写真は夕方なんですが、
気づけば、陽が長くなりましよね。

2026.04.06.

観えないものは、ひとりでは観えない  vol.6046

自分だけでは、観えなかった…っていうこと、ありません?
単純に、立ち位置の違いで見えていないだけのこともあれば、
そもそも「そういう見方がある」という発想自体が
存在していなかったということもありますよね。

どちらにしても、
観えないものは、どうやっても観えないんです笑。

そういう時は、人の存在が必要になります。

誰かの何気ない反応に、
「なぜ今のリアクションなんだろう?」と
違和感を覚えた、その違和感こそが、
自分の死角に触れる入り口になるんですよね〜。


「どう見えているのか」を尋ねると、
自分の中にはなかった視点に驚くことがあります。

時に、少し痛みを伴うこともありますが、
同時に、
自分の可能性を広げるヒントになるんです。

もちろん、他者の視点ばかりを気にしすぎると、
今度は自分を見失ってしまいますから、
「振り回される」のではなく、
「借りる」こと。

自分ひとりの視点では行き詰まるときは、
誰かの視点を借りてみる。

それだけで、
これまで動かなかったものが、
動き出すことがあります。

リフレクションとは、
単に振り返ることではなく、
他者という鏡を通して、
自分を観直すことなんでしょうね。

ひとりでは越えられなかった壁が、
誰かの視点からなら越えられる。

そんな瞬間は、
思っている以上に多いのかもしれません。

写真はクリスマスローズという名前だそうです。
可愛いお花なのに下を向いて咲いてるんですよね。

2026.04.05.

“いい人”がしんどくなる理由  vol.6045

我が家のわんこは、ジャック・ラッセル・テリアです
元気で手に負えない、とよく言われる犬種ですが、
うちの子は女の子で、どちらかというとおとなしいタイプです。

「ジャックなのに、いい子ですね」

そんなふうに言われることも多くて、
実際、手がかかるどころか、とても扱いやすい子です。

ただ、最近ひとつ変化があったんです。

出張が少ない時期、
私が家にいる時間が少し長くなった頃から、
前足を乗せたり、吠えたりして、
私に要求するようになったんです。

「遊んで」
「構って」
「これが欲しい」

その対象は私だけ。
今でも夫には、そんな態度はとりません。

これはきっと、
「訴えればどうにかなる」を学習したんだな、と。

で、この「理解」は、
もともと私が与えちゃったんですよね。


時間があるから付き合ってあげる。
喜んでくれるのが嬉しいから、つい応じてしまう。

その積み重ねが、
いつの間にか
「これはやってもらえて当然」に変わっていく。

こっちは「してあげた」と思っているのに、
相手は「してもらえるもの」と受け取るんですよね〜。

ここに、少し不条理を感じますが、
冷静に見れば、
私が「学習」させちゃったんですよね。

すると、今度は逆のことが必要になるんです。

「吠えても応じない」
「境界線を引く」

つまり、少し厳しくしなくちゃいけなくなる。

ここで考えるんですよ、
自分は本当に優しかったのか。

それとも、
「厳しくするのが嫌だっただけ」
だったのか。


・機嫌よくいてほしい
・喜んでほしい

そんな自分の都合が、
優しさの形をしていただけなのかな?と。

だから、関係が崩れ始めたとき、
今度は
「なんでこんなふうになるの?」
と、なんか嫌になる。

でも本当は、
境界線を私がゆるめすぎちゃったから、
「厳しさ」を引き受けることになっただけなんですよね。

これって、わんこの話だけじゃないと思うんですよね。

人間関係でも、子育てでも
まったく同じようなことが起こるじゃないですか。

優しさは、ときに関係を歪めます。

与えすぎた優しさは、
「感謝」ではなく「前提」になり、
やがて「要求」に変わる。

優しさだけでは、関係は続かないんですよね〜。

本当に関係を守るために必要なのは、
「境界線」なんですよね。

相手のためにも、
自分のためにも。

優しさは、
してあげることではなく、
関係が壊れない距離を守ることなのかもしれません。

そんなことを、
我が家の小さな先生に教えてもらっています。

写真はご近所の桜です。
福岡は現在、さくらが満開です!

2026.04.04.

ココを鍛えている人が、 最後まで崩れない  vol.6045

時間があるからって動けない。
忙しいときの方が、むしろ進むってありません?
これ、能力の問題じゃないんですよね。

「慣性」だと思うんです。

やり出したら、どんどんやるし、
止まったら、その状態を守ろうとする。

そしてそれに引っ張られるように、
気力も変わっていくんです。

動いているときは、
気持ちも乗っていくけど、
止まると、億劫になる。

だから重要なのは、
やる気でも、根性でもなく

「調整力」だと思うんですよね。

動けていないときに、
いきなり変えようとすると余計に動けなくなる。
だから「小さく動く」。

逆に、走れているときは
そのままずっと行ける気がするけど、
いずれどこかで崩れる。
だから「意図的に止まる」。

つまり、

自分の状態を見極めて、
アクセルとブレーキを踏み分けること、

それが調整力なんですよね。

そして、その土台にあるのは、
“自分を客観視する力”だと思うんです。

もう一歩踏み込むと、

自分にOKが出ていない人は、
どんな自分も正しく見れないんですよね。

動けない自分を責めるし、
走りすぎて疲れている自分は無視しちゃう。

だから結局、ズレが起こっちゃう。

調整力の正体は、
テクニックではなく、

「自分を信頼できているかどうか」
だと思うんです。

人生が長くなるほど、
求められるのは“頑張る力”じゃないんですよね〜。

観て、整えて、調整する力。

ココを鍛えている人が、
最後まで崩れないんだと思います。