イライラする時

2026.06.02.

心の声  vol.6073

自分の心の声って、影響力半端ないのにないのに
思っている以上に意識できてないんですよね〜。
その声に慣れ親しんでしまっているからなんです。

私たちが考える時、
少なくとも、もう一人の私と会話をしていて
私たちの感情や思考に大きく影響しているのに
意識できてないって勿体無いですよね。

例えば、
上司に注意された時、

冷たく「これで昇格できないな」
と言ってくる自分がいた場合と、

「注意するって思ってくれている証だぞ」
と言ってくる自分がいた場合には

そりゃ、注意されたことへの反応は
変わるじゃないですか。

同じ出来事でも、
その後の気分や行動がまったく変わってしまうのは、
その出来事をどう意味づけてするかに
心の声が関係しているからなんです。

ただ、この心の声は厄介です。

だって、あまりにも慣れ親しみすぎていて、
それが「自分の声」なのか、
過去に誰かから言われ続けた言葉なのか、
社会や環境の中で身につけた思い込みなのか、
区別がつきにくくなっているからです。

「ちゃんとしなきゃ」
「迷惑をかけてはいけない」
「もっと頑張らないと認められない」
「どうせ私には無理」
「弱さを見せてはいけない」

こうした声が、
いつの間にか自分の中に住みついていて、

しかも、それを意識することなく、
反応してしまっている。

だからこそ、まず必要なのは、
「ポジティブに考えよう」
と無理に思い込むことでも、
心の声を消すことでもないんですよね。

自分の心の声に気づくことです。

そこに気づくと、
自分の反応を
少しずつ変えていくことができます。

すると、自分との関係も
少しずつ変わっていくんですよね。

 

2026.05.20.

自分に厳しくすることと真剣さ  vol.6090

私、けっこう緊張しーなんです〜。
本番どころか、下手すると練習でも
力を発揮できないタイプ笑。

そんな自分をよーく見てみると、
「本番と思ってやらないと!」って
自分に語りかけてるんですよ〜。

学生の頃、よく部活で
「本番と思ってやれ!」って言われてたから
本番と思ってやること=真剣にやることだ
と誤解していたのかもしれません。

だから、練習するたびに、
心の中で小さな本番が始まるんですよね〜笑。

例えば、

「これ覚えてる?」
「これ、ちゃんとできる?」
「これで本番、大丈夫?」

みたいに。

でも、この問いかけ方って、
集中は生むけど、
同時に身体を固くするんですよね。

だから、普段からずっと
“試合本番の手前”みたいな状態になって
疲れてしまう。

そうしていると練習さえ、
だんだん嫌になってくるんですよ〜。

考えてみると、なにか変ですよね。

“学んでいる”つもりで、
内側ではずっと“審査されている”感覚になっているって。

本番に弱い人は、
普段から自分の中で
本番をやりすぎているのかもしれませんよ。

 

写真はいただいた夏みかん?です。
甘さの中に酸味があって、美味しかったです!

2026.04.27.

どの無理を選ぶか  vol.6067

無理をするか、しないか。
これって意外と難しいですよね笑。
できるかどうかで選んだり、「〜べき」的に選んだり。

無理をするべき時というのは、

・今ここで踏ん張れば、次が楽になる
・ここを越えないと、流れが止まる
・やらないと後悔が残る

こういう“流れの節目”なんだと思うんです。
未来の自分にバトンを渡すための無理って
言ったらいいのかな。

こういう無理は、
やった方がいいというか、
むしろ、やらなかったら後で
別の意味で効いてきます。

一方で、無理をしない方がいい時もありますよね。

・長期戦
・消耗するだけで、次に繋がらない
・続けるほど、ズレていく

こういう時に無理しちゃうと、
未来の自分の足を引っ張る無理になっちゃいますよね。
これは、やらない方がいい。

大事なのは、
「無理ができるかどうか」
じゃないんですよね。

日本人はつい、

・まだできるからやる
・頑張ればいける気がする
・無理しないなんて本気じゃないみたい

で、無理を選びがちなんですが、
それだと消耗しちゃいます。

無理をすること自体は、悪くない。
でも、“どこに無理を使うか”が大事で、

短期で踏ん張る力と
長期で積み上げる力を
行き来しながら、

「ここは行く」
「ここは引く」

その判断ができる力をつけていくことが、
大事なんだと思います。

どの無理を選ぶか、
どんな時に、
どの無理の使い方がベストなのか、
を丁寧に見ていきたいですね。

2026.04.19.

苦手克服のポイント  vol.6059

眉間に皺を寄せてやり切るのもカッコイイですが
楽しみながらやれたらサイコーだって思うんですよね。

どう組み合わせるか。

実はココが一番の分かれ道な気がしています。

なぜか、
「頑張る=苦しいもの」
「楽しい=ゆるいもの」
って、どこかで切り分けているんですよね。
思い込んでいると言ってもいいのかもしれません。

だから、どちらかに偏っちゃう。

歯を食いしばって、しんどさを引き受けるか。
心地よさを優先して、どこかでブレーキをかけるか。

でも、本当は別の選択肢があるんですよね。
経験したこともあるはずです。

“真剣に、楽しむ”

たとえば何かの勉強でも、
「やらなきゃ」で机に向かうのと、
「昨日より1つでもわかるようになったら面白いな」
で向かうのでは、
身体の使い方も、集中の質も、
全く変わってくるんですよね。

真剣さは、そのままに、
力みだけを抜いていく。

すると、不思議と持続できるし、
結果として、深くまで届いていく。

頑張ることをやめるわけじゃなくて、
楽しむことに逃げるわけでもない。

その両方を同時に持つ。

それができると、
人は「やらされている状態」から抜けて、
「自分で進んでいる状態」に変わるんだと思います。

これって、苦手克服のポイントだと思うんですよね〜。

写真はヨモギです。
昔は苦手だったのに最近はヨモギの香りが大好きになりました。

2026.04.15.

敢えての、退屈  vol.6055

私が子どもの頃は、「ひま〜!なんかないかな⁉︎」と
感じることがまぁまぁあったんですよね。
そういう感情を最後に感じたのはいつですか?

思い出せます?

もういい加減、何かしたい!
このままじゃ腐っちゃう!みたいな。

ただ、中学、高校と年齢が増すにつれて
責任や締め切りが出てきて、
やりたいこともあって、
あれも!これも!と増えていく。

やりたいことなのか
やらされているのか、わからないくらい笑。

それに今は「ひま」を感じる前に、
スマホを手に取っちゃうでしょ。
少しの隙間も情報で埋めてしまえますからね。

だから、
あの頃みたいに

「もういい加減、何かしたい!!」

という衝動に、
なかなか出会えない気がするんですよね。

でもきっと、あの衝動こそが
“自分が動き出すエネルギー”
だったんじゃないかなとも思うんです。

やることが多すぎて、
時間が足りないように感じるけれど、

もしかしたら、
足りないのは時間じゃなくて
“何もしない時間”なのかもしれません。

あえて、
予定を入れない時間をつくる。

あえて、
退屈してみる。

そんな実験をしてみても
損はない気がします。

 

写真はいただいたチョコが入ってた缶缶!
妙に可愛くてチョコを食べた後も私のデスクにいます。

2026.04.13.

「立てるなら、立てばいいのに」  vol.6053

小学生の頃、アルプスの少女ハイジを見ながら、
私はクララに少し苛立ってたんです。

立てるんでしょ?だったら、立とうよ。
みんな応援してるじゃんって。

今思うと、ずいぶん乱暴な見方です笑。

クララは、立てる可能性があって、
何度も試して、それでも立てなくて。

そして、
追い込まれるような状況の中で、
自分の足で立つ瞬間が訪れる。

今の私なら、
時間がかかることを理解できます。

人には、
準備が整う時間が必要で、
無理に押しても動かないものが、
自然に動き出すタイミングがあるんですよね。

オンジは、
それを知っていたのかな?

なんだか、改めてハイジを見たくなりました。

写真はハイジの「モミの木」ではなく、
多分、杉の木です笑。

2026.04.11.

“ズレ”が明確になるとき  vol.6051

普段、薬などを一切、飲まないせいか、
病院から出された薬が強いからか、
腰痛の薬がよく効いてくれます。

そのせいか、
横になっておく方が良いと言われたからか、
ずっと寝ています笑。

少し疲れていたのかもしれませんね〜。

こういう、予定外の静止状態って、
“ズレ”が明確になってるんだと思うんです。

進めたいこともあるし、
やらなきゃいけないことは当然、あるんですが、
身体は強くブレーキを踏む、みたいな。

だから改めて
気持ちと身体のバランスを考えざる得ない。

無理が効いているうちは
無視できても、
実際、動けなくなることで
直視すべきものを見ざる得ない、的な。

目標を決めて一気に進むのがお好みの私ですが、
身体がブレーキを踏むことで
今の自分のバランスやリズムを
考えさせられる時間なんでしょうね。
ふーっ。

まぁそれも、きっと、
次に進むための準備のひとつなんだと諦めて(笑)。

写真はいただいたお菓子なんですが、
行列ができてるお店のお菓子だそうですが、
パッケージも可愛いし、めちゃくちゃ美味しかったです!!!

2026.04.07.

人が揺れるのはなぜか?  vol.6047

ワクワクすることって、だいたい少し怖いし、
安心できる場所って、だいたい少し飽きるって感じません?笑
これ、もともとそういう構造なんですよね。

人は、変わりたい自分と守りたい自分の
両方を同時に持っているから。

だから、
前に進もうとすると不安が出るし、
落ち着いた場所にいると物足りなさを感じる。

でもそれは、
両方の欲求がちゃんと働いている証で、

不安は「進もうとしているサイン」なら、
飽きは「次に向かうタイミングのサイン」。

この構造を理解していると、
揺らされる一方じゃなくて、
立ち止まり、問い直し、また選び直せます。

両方あるからこそ、人は揺れる。
その揺れはときに厄介に感じるけど、
その揺れこそが、
実は大切なサインなんですよね。

 

 

写真は夕方なんですが、
気づけば、陽が長くなりましよね。

2026.03.24.

やめたら、やりたくなる  vol.6034

嫌いになったはずなのに、
手放したら逆にやりたくなる——そんな経験、ありません?

スランプに陥ったアスリートが、
一度そのスポーツから離れて別の活動をしていたら、
また意欲が湧いて戻ってくる。
そういう話を聞きますよね。

長い期間じゃなくていいんです。
たった3日、1週間。
それだけで、見え方がずいぶん変わることってあります。
長くやってきた人ほど、なおのこと。

いつの間にか「〜したい」が
「〜しなければ」になっていたりするから、
それを手放したとき、
開放感があってちょっと気持ちよかったり、
同時に「本当にやらなくていいのかな」と思ったり。

そのあいだに、
頭と心が、少しずつ整理されていきます。

そして気づいたら、
あんなに嫌だったことが、
またやりたくなっている。

追い詰められているとき、
「もっと頑張らなきゃ」と思いがちです。
でも、そういうときこそ、少し離れてみる。

手放すことが、
戻るための近道になることがあるんですよね〜。

 

2026.02.07.

短距離走の基準で、長距離は走れない  vol.6259

短距離走の基準で、長距離を走っていると、
「まだ足りない」
「もっと早く結果を出さなきゃ」
と苦しさが増すんですよね。

1週間で変わらないと意味がない。
1ヶ月で結果が出ないと遅い。
そんな物差しで、
自分を測り続けてる状態なんです。

でも、本当に大きな変化は、
ゆっくりなんですよね〜。

1日では見えないし、
1週間でも分からないけど
1年経って振り返ると、確かに進んでいる。

そんな感じなんです。

短距離走はスピードが武器。
長距離走はリズムと持久力が武器。

この物差しを間違えると、
進んでいるのに「止まっている」と錯覚してしまって、
せっかく力がついてきていても、
投げ出したくなります。

大切なのは、
距離に合った基準で見ることなんですよね〜。

あなたの今日の一歩は小さくても大丈夫。
一年後に振り返れば、
それはちゃーんと「前進」になってますから。

写真はお土産にいただいた厚揚げです。
厚くて美味しかったです!