
「好き」の力 vol.6263
単純な「好き」って最強だと思うんです。
理由を探せば、何かしら言えるのでしょうが、
探す必要を感じないほど
疑いようのない「好き」って強くないですか?
大人になるほど、私たちは理由を求められます。
なぜそれを選ぶの?
どうしてそれがいいの?
役に立つの? 将来につながるの?
その理由をうまく言語化できたり、
説得力をもって伝えられる人のほうが、
優秀な印象を持たれやすい気がするんですが、
上手に説明できる「好き」って
逆に偽物感がありません笑?

単純な「好き」って最強だと思うんです。
理由を探せば、何かしら言えるのでしょうが、
探す必要を感じないほど
疑いようのない「好き」って強くないですか?
大人になるほど、私たちは理由を求められます。
なぜそれを選ぶの?
どうしてそれがいいの?
役に立つの? 将来につながるの?
その理由をうまく言語化できたり、
説得力をもって伝えられる人のほうが、
優秀な印象を持たれやすい気がするんですが、
上手に説明できる「好き」って
逆に偽物感がありません笑?

「疲れるだろう」と頭では予測していたのに、
いざやってみると 意外と疲れない。
逆に「大したことない」と思っていたことの方が、
やってみたらどっと疲れるってこと、ありますよね。
「好きなこと=疲れない」じゃぁ、
ないんですよね。
逆に、
「ちょっと面倒だな」と思っていたことが、
始めてみると案外スムーズで、
ほとんど疲れないこともあるんですよね。
結局のところ、
頭の中の予測は、かなり当てにならない。
やってみて初めてわかることは、
想像している何倍にもなるんです。
全部、行動のあとにしか答えは出てこないんですよね。
写真は道端で見つけたいちじくです。
小さく実がなってました〜!

シャープペンの芯を「選んで買った」のは、
もしかすると人生で初めてかもしれません。
uniのシャー芯の書きやすさを
意識してからというもの、
ちゃんと選んで購入するようになりました。
このシャー芯、
タッチがとても柔らかくて、
しなやかで、驚くほど書きやすいんです。
とは言っても、
普段はパソコンを使うことも多いので、
そんなに頻繁に買うわけではないのですが(笑)
日本の文具って、
本当に素晴らしいなあと改めて感じます。
いや、文具に限らず、
日本のものづくりには、
生産者から消費者までの
丁寧なインターラクションがある——
そんな言葉をどこかで聞いたことがあります。
まさに、その通りだなと実感しました。
こうした品質の高さや細やかな心配りに触れるたび、
また、そういったものを気軽に
どこででも購入できる環境に、
本当にありがたいなあと思います。

短距離走の基準で、長距離を走っていると、
「まだ足りない」
「もっと早く結果を出さなきゃ」
と苦しさが増すんですよね。
1週間で変わらないと意味がない。
1ヶ月で結果が出ないと遅い。
そんな物差しで、
自分を測り続けてる状態なんです。
でも、本当に大きな変化は、
ゆっくりなんですよね〜。
1日では見えないし、
1週間でも分からないけど
1年経って振り返ると、確かに進んでいる。
そんな感じなんです。
短距離走はスピードが武器。
長距離走はリズムと持久力が武器。
この物差しを間違えると、
進んでいるのに「止まっている」と錯覚してしまって、
せっかく力がついてきていても、
投げ出したくなります。
大切なのは、
距離に合った基準で見ることなんですよね〜。
あなたの今日の一歩は小さくても大丈夫。
一年後に振り返れば、
それはちゃーんと「前進」になってますから。
写真はお土産にいただいた厚揚げです。
厚くて美味しかったです!

結局、どちらも大切なんですよね。
反省は必要。
でも、後悔し続けても前には進めない。
もし落ち込みすぎてしまうなら、
いっそ忘れてしまったほうがいい場合もあるじゃないですか。
スピード感は大事ですよね。
けれど、丁寧さも手放せない。
急ぐだけでは見落としてしまうことがあるし、
かといって、ゆっくりしすぎれば
期限がやってきます。
私たちは
「どちらかを」重視しがちですが、
本当は両方のバランスが大事なですよね。
じゃぁ、そのバランスはどうやって取るのかといえば、
「あなたがどうしたいか」という目標というか、
結局、あなたが目指している
未来の在り方に寄るんだろうと思うんです。
どうなりたいですか?
写真は初午祭の奉納舞の一場面です。

赤ちゃんが泣いているとき、
私たちは自然と想像します。
お腹がすいたのかな。
おむつかな。眠いのかな。
理由がわかれば、対処ができるから、
いろいろと手を尽くしてみるんですよね。
実は自分への対処も、
これとよく似ているんですね〜。
何を求めているのか。
どうしたいのか。
自分の本当の気持ちがわかれば、対処ができる。
なぜ赤ちゃんへの対処と似ているかというと、
自分のことなのに、
それが結構わからないからなんですよね〜。
私たちには、
恐れや不安、過去の傷ついた記憶がありますから、
わかりたくない心理が
働のかもしれません。
写真はコメダでいただいたお抹茶です。
今日は立春ですね。

まだ始めたばかりなのに、
「もっとやらないと」
「これじゃ全然足りない」って、
失格の判決を自分に出して落ち込んでるってこと、ありません笑?
今日20分走れたのに、
「90分走れなかった」と責める。
単語を10個覚えたのに、
「まだ話せない」と落ち込む。
本当は前に進んでいるのに、
頭の中では“理想の未来の自分”が
腕を組んでこう言うんです。
「それじゃ足りないよ」って。
思い描く未来は、本来、
方向性を示す目印のはずなのに、
いつの間にか今を裁く“裁判官”になっちゃってる。
もし最近、
やっているのに気持ちが上がらない、
やる気さえもだんだんと失っていってるなら、
未来の自分の基準で、
今の自分を否定してるのかもしれません。
今日は節分ですね。
年の数だけ食べるお豆が随分、増えました笑!

人の可能性って、
ほんの少しでも「やれるかもしれない」と感じられたら、
不思議ともう一歩を踏み出せると思いません⁉︎
可能性を開くのは、
決して成功体験だけじゃないんですよね〜。
そのきっかけは、
師の一言かもしれないし、
友人の何気ない励ましかもしれないし、
ときには風の感覚だったり、
一羽の鳥だったり笑。
外から見れば取るに足らないものでも、
その人の内側でスイッチが入ればいいんです。
そういう意味では、
可能性のチャンスってやっぱり、
日常のあちこちに散らばっているんですよね〜。
写真は白梅です。
白梅を見ると母校を思い出すんです。
校章を始め、いろんなものが白梅がモチーフだったんですよね。