2018.12.01.

師走

今日から12月か。
全くそんな気がしないが、2018年も残り31回。

どんな年末にしたいか?
どんな風に新年を迎えたいか?
来年に良いバトンタッチが出来る31日を過ごすには?

濃い時間を過ごせますように。

 

2018.11.30.

全ては自分が仕掛けている

ひとつのゴールを切っても
エンドロールが流れることはなく続きがあり、
人生は映画のようには終わらない。

ずっと自分を続けてやっているからこそ、
わかることがある。

自分が自分をどう捉え、
どう育て、どう活かしていくか。

良いことも悪いことも
全ては自分が仕掛けているといった視点でみると、
自分という人間は知るほどに面白い。

2018.11.29.

始め良ければ終わり良し

結果を分けるのはスタート時の想いだと思う。

どんな思いで始めるのか?!
誰をみているのか?
何のためにしているのか?
といった最初の想いは結果に作用する。

じゃぁ、「終わり良ければすべて良し」は?

途中、うまくいかなくなった時にきっと、
スタートした心根を修正した場合、
終わりが良くなるのだと思う。

想いのエネルギーは強力だ。
何のためにやっているのかといった心根は必ず結果に影響する。

2018.11.28.

キャラ変え

セルフのB(自己認知)を緩めるときは
キャラ変えが必要となる場合がある。

これってちょっと辛い。
というか恥ずかしい。

今まで慣れ親しんだ自分のキャラクターは
面倒なところもあるが、
助かってきたから使い続けている訳で。
愛着もある。

これがなぜかいつもの自分に戻ってしまう、
揺り戻しの正体。

キャラ変えか…。

変わる前から考えても仕方ない。

自己認知を緩めながら変わり、
変わりながら自己認知を緩めていく。

2018.11.27.

優勝!

あぁ…良かったー!

私は出張で応援に行けないから、
お弁当と朝食作りに熱を込めたが、
緊張してなのかリビングに水筒を忘れて決勝戦にいった息子。

出張先から電話をすると優勝したとのこと。

新人戦優勝!おめでとーう!
良かった^_^本当に良かった!!!

素晴らしい経験。
14歳の心にしっかり刻まれるだろう。

2018.11.26.

課題があるだけで問題はない。

不安は私がそう取り扱うかどうかを
決めることができる。

足掛け4年学んでいただいている受講生の言葉。
あぁ…泣きそうに嬉しい。

決して平穏な人生ではなかっただろうし、
これからも様々なことが起こるだろうが、
気持ちの主導権を握ることができたなら大丈夫!

さらに成熟を増していきましょう。

2018.11.25.

やり方とあり方

なぜ痩せないのか?
なぜ走れないのか?
なぜ英語ができないのか?

どうやったら痩せるのか?
どうしたら走れるのか?
どうやれば英語が勉強できるのか?

やり方ばかりが気になっている時は
力がないと言っているようなもの。

前に進めないときは
無自覚の「できない」自己認知が足を引っ張っている。

そこにすでに力があることに気づけない。

2018.11.24.

まずは一歩

経験を積むほど勘が冴える。

成功したからわかる勘所があり、
失敗したからこそ知り得る勘所もある。

何事をやってみないことにはわからない。

出来る出来ないより
まずは一歩前に進むこと。

一歩進むことだけに注力する。

2018.11.23.

成功と幸せと成熟

成功と幸せと成熟は分けて考えなければならないが、
成功と幸せと成熟は互いに相関しながら育まれる。

成功のためのプロセスには
成熟と幸せが関係し、
幸せのためのプロセスには
成功と成熟が関係し、
成熟には
成功と幸せが関係しているから。

2018.11.22.

あなたの認知は現実に映し出される。

前回、初打席で自打球を受けた時に
監督が慌てて駆け寄ってきて
自打球を受けない方法を説くことなく、
「自打球は怖くない」と言ったことで
自打球が怖くなって野球をやめてしまった話を例に
認知は出来事をどう解釈したかで決まる話を書いた。

今日はこの話を監督の立場から見てみよう。

監督は初打席に入った子どもが
自打球を受けたのを見てマズイ!と思ったはずだ。

初打席で自打球を受けるなんて
怖がって野球を辞めてしまうかもしれないと。

だから、
駆け寄ってきて「自打球は怖くない」と言ったが
案の定、少年は野球をやめてしまった。

監督がもし、
「自打球を受けたからって野球をやめるわけない。
慣れれば、上手に打てるようになる。」
と考えていれば、
冷静に、
「バットの出し方を変えれば自打球にはならない」
とレクチャーできたかもしれない。

監督には過去に
自打球を受けて野球をやめた少年がいて、
自打球を受けた=野球を辞めてしまう
といった認知が発動したのかもしれない。

認知は現実に映し出される。

監督の認知が
「自打球を受けた少年が野球をやめる」現実を
作り出した。としたらどうだろう。

起こっている現実を見ることで
無自覚なあなたの認知がわかる。