2019.04.03.

「当然」のレベル

例えば、学生の頃、
部活をやってたらどんなトレーニングも、
先輩との上下関係でも
「我慢するのが普通だろ⁈」といった、
我慢を当然と受け入れているものがある。

しかし、勉強のことに関しては
全く我慢が効かずにダメだったりする。

こっちの分野では大概平気なのに
あっちでは全く堪えが効かない。

もちろん、意欲や得手不得手はあるだろうが、
どの程度を普通と感じ、何が当然と見立てるかで
やれることは変わってしまう。

「当然」のレベルの違いは
「やれること」の違いとなっていく。

「当然」のグレードを上げていかないと!

2019.04.02.

問題と課題

「ああいう風にやってたら、そういう問題は起こるだろう」
「そういう考え方してたら起こって当然でしょう。」
と、問題が勃発した人を傍目で見ていたら、
起こっている問題の原因が本人にあることがわかる。

しかし、
本人は「運が悪い」とか「運がなかった」と解釈していたりする。

問題は起こるべくして起こっていて、
問題は自分を修正する良いチャンスで、
今、手をつけておく必要があるんだろう
と他者を見ていたらわかる。

が、自分のこととなると
同じような解釈をしていたりするから怖いんだよねぇ。

突然起こっている問題なんて無いのかもしれない。

タネを蒔いているのは自分かも…という自覚があれば、
いや仮説でもいい、
その視点があれば問題は課題となる。

2019.04.01.

喪失感

「あと5年10年若かったら…なんて考えないと思ってたのに、
体力に自信がない。」と声を震わせる70代の大好きな先生。

そうなんだろう。きっとそうなんだ。
どんどん無くなってゆくんだろう。
肌の張りも声の張りも体力や気力も。

私だって50代になって
あって当然だったものを失っていく感覚が確実にある。

歳を重ねるってきっと、
絶望を味わうか、喪失感を乗り越えて自己の統合を測るか、
なんだろうな。

2019.03.31.

2019年の本番

この季節、ブログに使う写真にどうしても花や緑の写真が多くなる。

道々の花が咲き誇り、緑には勢いがあるから
目を奪われ立ち止まってしまう。

花たちも春を待ち望んでいたのがよーくわかる。

春が来る!
今までがリハーサルとは言わないが
2019年の本番がやってくよう。

春眠、暁を覚えないが
目を大きく開いて今日を丁寧に過ごそう。

2019.03.30.

子どもたち

長女が園児の時に作ったペンたてを今でも使っている。

改めて眺めると、小さかったなぁ…。
すっかり大きくなって随分、生意気にもなった。

この春から中3と高3、
来年は大学生と高校生となる。

わぁ…そりゃ、私も50代な訳だ。

これからこの子たちが紡いでいく時間を
真横で見ることはなくなる。

豊かなものであるよう願ってやまない。

2019.03.29.

思い出

香りや音楽で思い出が蘇ることもあれば、
久々通る道で当時を思い出すことがある。

子どもたちが通った幼稚園の近くを何年かぶりに車で走る。
園児だった子どもを送り迎えしながら
当時の私は一体、何を考え、
どこに向かおうとしていたんだろう。

中高になった子どもたちもギリギリの朝は車で送る。
今の道もいずれ通らなくなる。

久々通った時、
今の私を未来の私はどう思い出すんだろう。

2019.03.28.

人生のかなりの楽しみ

環境対応的に作られた自己認知は
無意識の領域にある。

そんな無意識の領域を取り扱う弊社のセミナーは
自身の中心にどんどん近づいていくようなもの。

中心に近づくほど
大切な情報を見逃さなくなる。
気づけるようになる。

どんどん豊かさが増していく。
その豊かさは私たちの意識を超える。

意識と無意識を行ったり来たりしながら
環境適応的に作った自己と
本来の自己との統合が行われていく。

たのしい!

環境適応的に創られた自己は皆、持っているはずだから
今の自分との統合が進むと
新たな自己が創られていくという楽しみを皆、
持っているということで、
それは人生において
かなり興味深い、楽しみごとじゃないかと思う。

2019.03.27.

アドバイス

息子は部活の副部長をしている。

初の役回りに部をまとめるのに
いろいろ苦労しているようでアドバイスしたくなる。

「人はね、話を聞いた分しか
こちらの話を聞かない。だから〜」
云々カンヌンと続けていたら
息子は一言、自分で考えてやってるから!と。

そうだね…まずは人の話を聞けって言いながら
ママはあなたの話を聞いてなかったよ。

近しい人になればなるほど難しいなぁ。。。

2019.03.26.

潔い生き方

自分で決めたのに
時間が経ってあっちがいい!とか
こうじゃない方が良かった!と
言い出すのは卑怯な生き方だ。

自分で決めたことの責任をとる覚悟して臨む。

責任を回避したいからって
「自分で決めない」ことを選んでも
「自分で決めない」ことを決めてるんだから
責任は発生する。

「自分で選んでない」責任を私は取りたくない。

どうせ取らなければならない責任なら
自分で決めたことに対して
前のめりに取っていくぐらいの覚悟をしているほうが
潔くて気持ちいい。

2019.03.25.

流れが悪いな…と感じたら

例えば、いつもと違う道を通ってみる。
持ち歩くバックを変える。
いつもより早く寝る。起きる。

など、小さいことでいい。
何かを変える。

何かを変えなければ何も変わらないし、
ささいなことでも何かを変えれば何かが変わる。