2026.06.09.

自分のフィルターを通して人の話を聴く vol.6080

同じ言葉を聞いても、人によって受け取り方はまったく違いますよね〜。
こちらはただ褒めたつもりでも、
その言葉が相手の中にある劣等感に触れれば、
相手には「嫌味」や「比較」のように聞こえてしまうだろうし、

反対に、
たとえ誰かが悪意を込めて言った言葉でも、
受け取る側がそれを自分の中に入れなければ、
その言葉は自分を傷つける力を持たないんですよね。

つまり、
私たちは言葉そのものをそのまま聞いているようで、
実は自分の中にある
フィルターを通して聞いているんですよね。

そのフィルターは、過去の経験、
傷ついた記憶、劣等感、恐れ、
あるいは大切にしている価値観からできています。

そして、意識しなければ
そのフィルターは無意識のうちに働くんですよ、
まるで自動センサーのように。

相手の言葉を瞬時に意味づけし、
判断してしまう。

だからこそ大切なのは、
相手が具体的に何と言ったのか、
私はそれをどう受け取ったのか
をよーく観てみることです。

自分の反応に気づけると、
自分の内側を深く理解するきっかけになりますから。

写真はクチナシらしいんですが、
甘くて濃厚な香りでした!

2026.06.08.

人は、何で思い出されるのだろう  vol.6079

キンカンを見ると、亡くなった父を思い出すんです。
好きでよく食べてたなぁ〜って。
そこで、思ったんですよ、

私は一体、何で思い出されるんだろうって笑。

たとえば、誰かが忘れ物をしたときに、
「そういえば、ゆかりさんもよく忘れてたよね」
とか、

誰かがおっちょこちょいなことをしたときに、
「ああいうところ、なんか似てるよね」
なんて笑われるとか。

人が誰かを思い出すとき、
好きだったものや出来事、音楽や匂い…
記憶はいつも、
そんな小さなところからですよね。

そんなことを、
キンカンを見ながら思ってました。

 

2026.06.07.

場を作る人の在り方  vol.6078

組織やチームは、決してひとりで作るものではないです。
そこにいるメンバー全員の関わり方や、価値観や、
日々の小さな選択が積み重なって、その場の空気はできていると思います。

ただ、やはり
その中心にいる人の在り方の影響は、
とても大きいんだなぁと思います。

そこの長って言うんですかね、
柱というのか、責任者というのか。

その人が何を大切にしているのか。
どんな価値観を尊重しているか。
どの程度、覚悟を持っているのか。
そして、
その人自身の特性や経験してきたこと、
人との向き合い方も含めて。

そういったものが、
言葉以上に場ににじみ出て、
組織の雰囲気を形づくっていくんだなと。

だからこそ、その人がいなくなったあとに、
同じ空気をそのまま維持するのは、
実はとても難しいのかもしれませんね。

仕組みやルールは引き継げても、
その人が醸し出していた温度や緊張感、安心感までは、
簡単には引き継げない。

映画のパート2が、
パート1ほど面白くないことがあるのとも、
少し似ている感じがします。

同じ設定、同じ世界観、同じ登場人物がいても、
最初にその世界を立ち上げた人の熱や切実さが薄れると、
どこか別のものになってしまう。

場を作る人の在り方は、
思っている以上に、その場全体に宿る感じがします。

2026.06.06.

人の心の動き  vol.6077

人前ではちゃんとしていたい。
わかっている人だと思われたい。
変なことを言って、恥ずかしい思いをしたくない。

そういう気持ちは、
きっと誰しもが持っているんだと思うんですよね。

でも、他の人たちも
同じような思いを持っているなんて
考えもしないんですよね。

だから、
誰かの本音を聞いたとき、
私たちはどこか安心するんでしょうね。

「あぁ、人って同じようなことで怖がっているんだな」
「あぁ、私だけじゃないんだな」って。

本音を話すことは、
弱さをさらすことではなく、
人と人が深いところでつながる入口なんでしょうね。

自分だけだと思っていたものが、
実は誰かの中にもある。

そう気づくと、
人は自分を許しやすくなるし、

人の心の動きって、
実はそんなに大きくは変わらないということが
よくわかるのかもしれませんね。

2026.06.05.

わんこ  vol.6076

2日間ですが、わんこが入院していました。
4月末に初めて痙攣が起こってから1ヶ月。
すっかり治まっていたのにここ数日、頻発したからです。

もう10歳ですからね。
何らかしかの病気が出ても
おかしくないのかもしれませんが、
いざ、何かあると慌ててしまいます。

わんこは大切な家族の一員なんですよね。

子どもたちが出ていっても
寂しくなかったのは
わんこのおかげだったんだな〜と改めて感じます。

例え、人間で言う70歳になっても、
わんこはいつも純粋で、一生懸命な、
子どもの心のままですからね。

元気になって帰ってきましたが、
私たちがお別れを覚悟する、
十分すぎる時間があることを願って止みません。

 

2026.06.04.

失う時、得ているもの  vol.6075

以前は、いろんなことに向かうエネルギーが、
自分の中に溢れていた気がするんですよね〜。

でも最近は正直、
以前よりもだいぶエネルギーが
少なくなっているように感じることがあります。

たとえば、海外に行くことを考えた時。
若い頃ならまず、
「楽しそう」「行ってみたい」
というワクワクが先に来てたと思うんですが、

最近は、どこかで
「移動が疲れそう」
「準備が面倒だな」
という気持ちが先に立つことがあるんですよね。

「ワクワク」よりも先に
「疲れるな……」が来てしまうんです。

当然、人はある程度経験を重ねると、
物事の先が想像できるようになるじゃないですか。

楽しいことだけでなく、
面倒なこと、大変なこと、疲れることまで、
先回りして見えてしまう。

だから、まだ何も始まっていないのに、
少し億劫に感じちゃうのかもしれません。

ただ、もし「疲れる」よりも先に
「やりたい」「やってみたい」が立ち上がれば、
年齢や体力に関係なく、
人はやっぱりワクワクするんだろうと思うんです。

自分の中に「楽しそう!」と
感じるものや震える心が、
残っているかどうかじゃないかと。

つまり、
やりたいことが枯れていないか。
軽やかに動く心が残っているか。
と思うんですよね〜。

年齢を重ねると、
エネルギーが減る部分は確かにあるし、
経験を重ねたからこそ、
簡単には心が動かなくなるのも事実だと思います。

ただその分、
本当に自分が求めているものに、
より正直になっていくんだろうなと。

得ている時、
人は失うものが必ずあるじゃないですか。
同様に、
失っている時も、
必ず得ているものがあるんですよね〜。

2026.06.03.

前に進むには  vol.6074

自分を許すって難しいんですよね。
別に罪を犯したとかではなく、
小さな「許せなさ」のことなんですけどね。

例えば、
できなかった自分を許すとか、
あの道を選んだ自分を許すとか、
ネガティブな感情を抱いてしまう自分を許すとか。

なぜ難しいかというと、
どこかで私たちは、
「認めてしまったら、そこで終わってしまうんじゃないか」
「許してしまったら、もう頑張れなくなるんじゃないか」
と感じているからなんです。

でも、本当は逆なんですよ。

許すというのは、
甘やかすことでも、
なかったことにすることでもなく、
自分の現在地を認めることなんですよね。

人は、自分を責め続けている時、
前に進んでいるようで、
実は同じ場所で苦しんでいることがあるんです。

でも、自分の正直を認めたら
ようやく足元に土台ができる感じになります。

そこから初めて、
次を選べるようになるんです。

自分を許すことは、
本当の意味での始まりなのだと思います。

2026.06.02.

心の声  vol.6073

自分の心の声って、影響力半端ないのにないのに
思っている以上に意識できてないんですよね〜。
その声に慣れ親しんでしまっているからなんです。

私たちが考える時、
少なくとも、もう一人の私と会話をしていて
私たちの感情や思考に大きく影響しているのに
意識できてないって勿体無いですよね。

例えば、
上司に注意された時、

冷たく「これで昇格できないな」
と言ってくる自分がいた場合と、

「注意するって思ってくれている証だぞ」
と言ってくる自分がいた場合には

そりゃ、注意されたことへの反応は
変わるじゃないですか。

同じ出来事でも、
その後の気分や行動がまったく変わってしまうのは、
その出来事をどう意味づけてするかに
心の声が関係しているからなんです。

ただ、この心の声は厄介です。

だって、あまりにも慣れ親しみすぎていて、
それが「自分の声」なのか、
過去に誰かから言われ続けた言葉なのか、
社会や環境の中で身につけた思い込みなのか、
区別がつきにくくなっているからです。

「ちゃんとしなきゃ」
「迷惑をかけてはいけない」
「もっと頑張らないと認められない」
「どうせ私には無理」
「弱さを見せてはいけない」

こうした声が、
いつの間にか自分の中に住みついていて、

しかも、それを意識することなく、
反応してしまっている。

だからこそ、まず必要なのは、
「ポジティブに考えよう」
と無理に思い込むことでも、
心の声を消すことでもないんですよね。

自分の心の声に気づくことです。

そこに気づくと、
自分の反応を
少しずつ変えていくことができます。

すると、自分との関係も
少しずつ変わっていくんですよね。

 

2026.06.01.

成熟した大人の決定  vol.6072

成熟した大人の決定って
目的が深く、その目的からブレず、さらに、
「この決定の影響を引き受ける」覚悟があるって思うんです。

これがあるかどうかは、
チームにも、組織にも、家族にも
大きな影響を与えますよね〜。

決める人が未成熟だと、
周りは顔色を見るようになるじゃないですか。

本音を言うより、
波風を立てないことを選んだり、
誰も責任を取りたがらなくなったり、
その場全体が少しずつ萎縮していく。

反対に、決める人が成熟していると、
たとえ厳しい決定であっても、
人はどこかで安心できるものです。

すると、
人はその決定に
納得もしやすくなるんですよね。

決めるって、
何かを選ぶと同時に、
同時に何かを捨てることじゃないですか。

だからこそ、怖い。

全員にとって都合のいい答えなど、
ほとんど存在しませんしね。

それでも、
未来のベストを考え、できる限り誠実に、
その選択の結果を引き受ける覚悟がある姿勢は、
成熟した大人の姿なんじゃないのかな
と思うんですよね。

2026.05.31.

笑いは最高の知性  vol.6071

笑いって最高の知性なんですよね〜。
例えば、弊社は自己理解を主軸に置いていますが、
自己理解って、どこか深刻で、内面を掘り下げて、
痛みと向き合うものだと思われがちです。

もちろん、それも大切ですが、
私たちの講座では、
真剣さだけではなく、
むしろ、
ユーモアや軽やかさを大切にしてるんですよね。

それがあるからこそ、
人は少し安心して
自分を見つめられるんじゃないのかなと
思うんです。

人は自分の弱さやクセを真正面から指摘されると、
どうしても防衛的になりますよね。

「そんなつもりじゃない」
「私は違う」と心が固くなる。

でも、そこに少し笑いがあると、
心の扉が開きやすくなります。

笑った瞬間、緩むんです。

バカにしたり、
皮肉めいた笑いではなくてね。

本当の意味での自己認識って、
別に重たくなることではなく、
自分をやさしく、
でも正直に見られるようになることだ
と思っていて、

笑いは、深刻さを緩め
扉が開きやすくなるきっかけになるんですよね。