2026.05.29.

追体験  vol.6099

昔の仲間と会うとそれぞれ、持っている思い出が違うんですよね〜。
その当時、何にフォーカスしていたかが
その違いを生むんだろうと思うんですけどね。

さらに、
思い出って何度でも思い出すと
追体験になるじゃないですか。

同じことを思い出すたびに
あの時が固定されていく。

でも、同じ出来事も、
誰かと話すことで
見え方が変わることがあるんですよ。

「あれ、そんなふうに見えてたの?」
「私は全然、そう思ってなかったよ」

そんな言葉を聞いた瞬間、
自分の中で固まっていた過去が、
少し形を変えるんですよね。

よく、
変えれるのは今と未来と言いますが、
過去だって変わるんですよね。

私たちは、
事実をそのまま覚えているようで、
実は「その時の自分の目」で見たものを
記憶として持ち続けているんですよね。

そして、その記憶を何度も思い出すことで、
「私はこういう人間だ」
「人生はこういうものだ」
「人はこういうものだ」
という物語を作っていく。

だからこそ、
昔の仲間と会うことには、
ただ懐かしいだけではない意味もあるんだな
と思います。

写真は屋根にのっていた猫です。
どこから登ったんだろう?と思いつつ、
安心してる風でした!

2026.05.28.

「自分を認める」って  vol.6098

「自分を認める」って、単に“私はこれでいい”
と肯定することではなくて、
自分がどこで納得し、どこで違和感を覚えるのかを、
自分の感覚で確かめ直すこと
なんじゃないかと思うんですよね。

子どもの頃に教わる道徳って、
基本的には美しいんですよね。

「人の悪口を言わない」
「嫌なことでも頑張る」
「友達は多い方がいい」
「自分がされて嫌なことは人にしない」

どれも間違ってはない。

ただ、大人になってわかるのは、
こちらの誠実さや優しさを、
ちゃんと尊重してくれる人もいれば、
善意ある人だけじゃなく、
利用する人もいるってことですよね。

だから、成熟って、
「いい人でいること」ではなくて、

自分の善意を、
どこまで差し出すかを選べるようになること

なのかもしれないなって思うんです。

たとえば、悪口を言わないことは大事だけど、
「問題のある人について、必要な情報共有をすること」
まで禁止してしまうと、
自分や誰かを守れなくなるじゃないですか。

嫌なことでも
頑張ることは尊いけれど、
「自分を壊してまで我慢すること」
まで美徳にしてしまうと、
人生が苦しくなる。

友達が多いのは良いことかもしれないけれど、
「誰とでも仲良くしなければならない」と思うと、
自分の境界線がなくなる。

だから、
どの線で気持ちよさを感じ、
どの線で気持ち悪さを感じるのか
という自分の境界線って大事だと思うんですよね。

これはたぶん、
自己信頼の問題なんですよね。

“私は何を大切にしたいのか”っていう。

写真は紫陽花です。
もう咲き始めていますね〜。

2026.05.27.

あしゅら男爵  vol.6097

道路の文字が半分に割れてたんです。
それを見てたら
マジンガZのあしゅら男爵を思い出しました。

ちょうど半分半分だったから笑。

子どもの頃見ていたアニメって
幾つになっても残ってますよね〜!

2026.05.26.

枚方市立中宮小学校にて、校内研修を担当させていただきました vol.6096

先週、枚方市立中宮小学校の校内研修にて、
先生方に向けて講座を担当させていただきました。

中宮小学校には、
4nessコーピングを丁寧に学び、
日々の教育現場で実践してくださっている
前川先生がいらっしゃいます。

今回は、先生方への研修に加えて、
前川先生がクラスの子どもたちに
キッズコーピングをレクチャーされる時間も
見学させていただきました。

キッズコーピングは
心のサングラスの色を変えると
世界は変わって見えるよね。
という、認知を変える体験なんですけどね。

昨年キッズコーピングを体験した男の子が、
サングラスを見て、
「あっ!心のサングラスだ!」
と声を上げてくれたのを見て、

以前学んだことが、その子の中にちゃんと残っている。
って思うと、胸が温かくなりました。

実際のクラスでは、
子どもたちのエネルギーが本当にすごかったです。
自分の感じたことを
素直にまっすぐに表現する子どもたちの姿に、
私は圧倒されっぱなしでした。

その後、明るく意欲的な校長先生とも
お話をさせていただきました。

実は校長先生とは同郷というご縁もあり、
初めてお会いしたにもかかわらず、
どこか親しみを感じる時間でした。

学校づくりに対する前向きなお話を伺い、
あたたかい雰囲気の中で研修をスタートすることができました。

今回の校内研修は90分。

学校という場所は、
とても複雑で奥深い組織だと思うんです。

教室では、先生は子どもたちを導くリーダーです。
一方で、職員室に戻れば組織の一員であり、
保護者の方々はステークホルダーでもあります。

先生方は、いくつもの役割を同時に担いながら、
日々子どもたちと向き合っていらっしゃいます。

だからこそ、
子どもたちの認知や行動を理解するためには、
まず大人である私たち自身の
認知や行動のパターンを理解することが、
とても大切だと感じているので、

今回の研修では、
子どもたちを理解する視点と同時に、
先生方ご自身の認知にも焦点を当てながら
お話ししました。

お忙しい中でご参加いただいていることは
重々承知していましたので、
限られた時間の中でも、
できるだけ多くの気づきや実感を持ち帰っていただけるように、
心を込めて登壇させていただきました。

先生方はとても真剣で、そして正直でした。

自分に正直になれるって、
力ですよね。

それに、その姿から、
普段どれほど子どもたちに、
保護者の方々に、
そして教育という営みに
誠実に向き合っていらっしゃるのかが伝わってきます。

人は、一生懸命ではないことには悩みません。

悩むということは、
それだけ本気で向き合っている
ということなのだと思います。

今回の時間が、先生方ご自身を少し楽にし、
子どもたちを理解するための小さな助けとなっていたら、
これほど嬉しいことはありません。

枚方市立中宮小学校の皆さま、
貴重な機会を本当にありがとうございました。

2026.05.25.

どくだみ   vol.6095

どくだみって不思議な感じがしません?
名前といい、あの独特の匂いといい、
「毒があるの?」「ちょっと怖い植物?」
って感じなのに、実際は薬草で、しかも花はこんなに可憐。

名前の「どくだみ」は、もともと
毒を矯める=毒を抑える
という意味らしいんですよね。

つまり「毒がある草」じゃなくて、
むしろ「身体の悪いものを整える草」
というニュアンスらしんですよ。

なんかやっぱりバイアスというか、
人っていろんな思い込みを持っちゃってますよね〜。

2026.05.24.

擬似体験  vol.6094

例えば、失敗した夢を見る。
目覚めて、夢だったとわかるとほっとすると同時に、
身体にリアルな感覚が残ってるのを感じません?

実際に相当ヒヤッとしたり、
後悔したりする感覚を
身体が覚えてますよね。

不思議ですよね。

現実には失敗していないのに、
身体はまるで一度失敗を経験したかのように
反応を覚えている。

つまり私たちは、
実際に体験したことだけで
学んでいるわけではないと思うんですよね。

夢の中での体験。
頭の中での想像。
誰かの立場に立って考えること。
「私が今のあの人だったら…」と想像してみること。

それも一種の“類似体験”なんだなって
思うんです。

そして類似体験は、
思っている以上に強いんですよね〜。

だって、
感情や身体感覚まで伴うじゃないですか。

「もし自分があの立場だったら」
と本気で想像した瞬間、
少しだけ、その人の世界を生きるんですよね〜。

だから、想像力って
ただの空想という域を超えて、

人を理解する力だったり、
未来の自分を準備する力になったり、
まだ経験していない人生を、
学ぶ力でもあると思うんです。

体験だけが体験じゃなく、
想像することでも、
人は学べるんですよね。

 

 

写真は八咫烏です。
妙に可愛いんですよ〜!

2026.05.23.

大阪の電車広告  vol.6093

大阪出張で電車に乗ると、車内広告に思わず目が止まりました。
大きく書かれていたのは、「どくにふれる」
そしてサブコピーは、「DOKU DOKU しちゃう?」

……つ、強い。

ニフレルというミュージアムの広告なんですが、
「毒」という言葉を
“ちょっと気になるでしょ?”
という軽さで前面に出してくる感じ。

他の地域ではなかなか見ないと思って、
思わず写真を撮りました。

すると、横の広告には今度は、

「ふくらはぎ、鍛え放題。」

こちらもまた主張が強い。

ふくらはぎに、
ここまで堂々と光を当てたうえ、
「鍛え放題」の言葉の圧がすごい。

なんだろう。
この、ストレートな感じ。
でも、嫌な感じじゃないんですよね。

むしろ、ちょっと笑ってしまう。

「ああ、大阪だなぁ」と思いました。

そして最後に、
乗り換えた電車の中で見つけたのは、お札。

もう、情報量がすごすぎる。

毒。
ふくらはぎ。
お札。

この流れ、どう受け止めたらいいのか
一瞬わからなくなるほど。

大阪って、
街全体が少し話しかけてくる感じがありますよね。

「なあ、ちょっと見ていきや」
と言ってくる。

そして、つい見てしまう。

歴史もあって
美味しい食べ物もあって
充分、魅力的な上に
更に一歩ぐっと踏み込んでくるというか、
面白い街だなぁ〜と改めて感じました!

2026.05.22.

気がかり vol.6092

気がかりって思っている以上にエネルギーを奪うと思いません?
「できなかったらどうしよう」「何から手をつければいいんだろう」
と考えているだけで心はどんどん疲れていくんですよね。

だから、
一旦テーブルの上にぜーんぶ広げるみたいに、
気がかりや懸念は
書き出すといいんですよね。

書いてみるとまず、驚くんです、
その少なさに。

頭の中には
気がかりが2,30個あるように感じてたのに
書き出してみれば5、6個くらいしかなくて笑。

そうしたら、

「今できることは何か」
「いつやるのか」
「自分ではわからないことは誰に聞けばいいのか」

を整理していくと、
気が重いだけだったものが
少しずつ“計画”に変わっていきます。

気がかりは、
頭の中に置いておくと
どんどんエネルギーを奪っていきますが、
書き出すと、向かう先が明確になってります。


まずは見えるようにするだけで
ずいぶん整うものなんですよね。

写真は久しぶりに見つけたヤモリです。
微動だにせずに居ました!

2026.05.21.

自分を優先する罪悪感  vol.6091

自分を優先する罪悪感ってありません?

インドの列車の中で、修行に向かう日本人の方と
一緒になった時の話です。
当時、20歳だった私の、
理想と現実のギャップの話をしていたら
その方が
「人は神様みたいになれるのかな?」
と言ったんですよね。

「そんなわけないじゃないですか!」と
すぐに答えたんですが、
「それを目指してませんか?」
と問われたのを思い出したんです。

 

子どもの頃に、どこかで
「いい人=自分の欲や都合を持たない人」
「正しい人=いつも人を優先できる人」
「成熟した人=怒らない、嫌わない、断らない人」
みたいなイメージを持ってしまうことってありますよね。

それって、ある意味で
“人間”ではなく“神様”を目指している
感じなんだと思うんです。

だから、大人になってから、

「私は何を大切にしたいのか」
「私はこれは嫌だ」
「私はこの人とは距離を置きたい」
「私はこれ以上は引き受けたくない」

と考えようとすると、
まるで自分がわがままになったような、
心が狭い人間になったような、
冷たい人になったような罪悪感を感じる。

素直な子ほど、
神様みたいに、誰にでも平等に優しく、
いつも正しく、いつも寛大で、
何も傷つかず、何も求めずにいることを
無意識に目指しちゃうんですよね。

そう求める周りの人の期待に応えたい
と思っているのかもしれません。

でもそれはできない。

人間だから、疲れるし、嫌だと思うし、腹も立つし、
大切にしたいものに優先順位が出る。

だから、
「私は何を大切にしたいのか」と問うと
罪悪感が出るのは、
心のどこかにまだ、

“自分を優先する私は、いい人ではない”
という古い基準が残っているからかもしれない
って思うんですよね。

でも本当は、
自分を真の意味で大切にすることと、
人を真の意味で大切にすることは、
繋がっていると思うんです。

自分の境界線がわからないまま人に尽くすと、
あとで疲れが出て、
相手への恨みや妬みにつながってしまうことって
あるじゃないですか。

今ならわかるんです。

人の成熟って
欲や感情を消すことじゃなく、
それを持ったまま、どう誠実に扱うかを選ぶこと
なんじゃないのかなって。

神様になることじゃなくてね笑。

自分を大切にすることを考えて
罪悪感が出たときは、
「他者の期待に応えるのではなく、
自分の期待にどう応えていくかを学んでいる」
神様になるのをやめて、
人として成熟するトレーニングをやっている。

くらいに見てあげると、
本当の意味で自分に優しくなれる気がします。

 

 

写真の金平糖みたいな丸い花は
ヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)というらしいです。
よく見かけますが、初めて名前を知りました!

2026.05.20.

自分に厳しくすることと真剣さ  vol.6090

私、けっこう緊張しーなんです〜。
本番どころか、下手すると練習でも
力を発揮できないタイプ笑。

そんな自分をよーく見てみると、
「本番と思ってやらないと!」って
自分に語りかけてるんですよ〜。

学生の頃、よく部活で
「本番と思ってやれ!」って言われてたから
本番と思ってやること=真剣にやることだ
と誤解していたのかもしれません。

だから、練習するたびに、
心の中で小さな本番が始まるんですよね〜笑。

例えば、

「これ覚えてる?」
「これ、ちゃんとできる?」
「これで本番、大丈夫?」

みたいに。

でも、この問いかけ方って、
集中は生むけど、
同時に身体を固くするんですよね。

だから、普段からずっと
“試合本番の手前”みたいな状態になって
疲れてしまう。

そうしていると練習さえ、
だんだん嫌になってくるんですよ〜。

考えてみると、なにか変ですよね。

“学んでいる”つもりで、
内側ではずっと“審査されている”感覚になっているって。

本番に弱い人は、
普段から自分の中で
本番をやりすぎているのかもしれませんよ。

 

写真はいただいた夏みかん?です。
甘さの中に酸味があって、美味しかったです!