2026.06.14.

できる側の人とできない側の人  vol.6085

できる側と、まだできない側では、
見えている景色が違うと思うんですよね。

できる人にとっては、
「なぜ、こんなことが分からないのだろう」
と思うことでも、

できない側には、
そもそも何が見えていないのかさえ、
分からないじゃないですか。

それに、人は一度できる側に立つと、
できなかった頃の感覚を、
少しずつ忘れてしまうこともありますからね。

ただ、できない側は
未熟さを責められる経験が多いと、
「できていないことを指摘される=自分そのものを否定される」
という感覚が
やっぱり残りやすくなると思うんですよね。

だからこそ、できる側には
未熟さを責めるのではなく、
次の水準へ連れていこうとする知性
が大事だと思うんです。

その人が、今どこにいるのか。
何が見えていないのか。
どんな言葉なら受け取れるのか。

そこまで考えて、伝えようとする知性には
できる側の人の力と優しさとを
感じずにはいられませんね。

できる側は、
未熟さを見逃すのでもなく、
できていないことを曖昧にするのでもなく、

きちんと課題を示しながらも、
その人が自分を失わず、
次へ進めるように関わる。

難しいですけどね。

正しさを持っていることと、
人を成長へ導けることは、別の能力なんですよね。

厳しい言葉が、すべて愛ではなく、
正しい指摘が、
すべて相手のためになるわけでもない。

それに、
未熟であることは、
価値がないということでもないんです。

今はまだ、
知らないだけかもしれないし、
経験していないだけかもしれないし、
見えるところまで、来ていないだけかもしれない。

だから、
知性のない人の言葉によって、
必要以上に傷つけられることはないんです。

できる側ができない側を評価している感が強いですが、
実は同時に、
できない側もできる側を評価するんですよね。

自分ができる側になった時に、
知性のある人になっていけるよう、
学びましょう。
進みましょ。
飄々と。

2026.06.13.

人生が変わるタイミング  vol.6084

「1日3回、チャンスはやってくる」
という言葉があるじゃないですか。

それは、もしかすると
外側からやってくる大きなチャンスだけではなく、
気づきのことなのかもしれません。

小さなサインは、意識していないと
簡単に見過ごしてしまいますから。

人生が変わるタイミングは、
必ずしも特別な出来事としてやってくるとは限らない
と思うんです。

実際、それは日常の中の
小さな気づきの重なりじゃないか
と思うことが多々あります。

もちろん、
環境が変わったり、
人との出会いがあったりと、
大きな出来事によって
人生が大きく変わることはあります。

でも一方で、
外側から見れば
何も変わっていないように見えても、
自分の内側では、
確かに何かが変わっている。

そんなこともあるんですよね。

大きく変わる前にはきっと、
いくつもの小さな気づきの重なりがあるんですよね。

写真はヤマボウシです。
実際に見るとよくわかるんですが、
花びらに見える白い4枚は葉なんですよね。

2026.06.12.

自分のやり方を探していい  vol.6083

苦手だと思っていることの中には、
ただ「やり方が自分に合っていなかっただけ」
というものがあるんですよね〜。

私たちはまず、
世間的に正しいと言われている方法や、
成功している人のやり方に
自分を合わせようとしますよね。

もちろん、先に進んでいる人の考え方から
学ぶのは基本だと思います。

ただ、その方法に合わせようとするあまり、
自分の感覚や、
本来得意な進み方を見失ってしまうと、
成長はどこかで鈍くなるんですよね。

やっているのに身につかなかったり、
続けたいのに続かなかったり。

そんなときは、
やり方が、合っていないのかもしれないと
と考えてみてもいいんじゃないのかなと思うんですよね。

人にはそれぞれ、
理解しやすい順番や、
力が出やすいリズムみたいなものが
あるじゃないですか。

自分の感覚が生きるやり方が
あるかもしれない。

それを探すことも、
学びの大切な一部なのだと思います。

そういう意味では、
インターネットは本当に助けになりますよね。

世界中には、
いろんな人がいて、
さまざまな学び方がありますから。

2026.06.11.

飲み友達  vol.6082

一緒に飲める友人って、
単なる「お酒を一緒に飲む人」じゃぁなくて、
自分と同じくらい人間くさくなれる人なんですよね。

気を遣いすぎず、くだらない話もできて、
でも急に深い話にも入れて、
笑いながら本音が出て、
多少、失礼があってもオーバートークしても
「まあ、その人らしいね」と受け止め合える仲間。

そういう人が減ると、
“緩む場所”がなくなる感じがするんですよ。

年齢を重ねると友人関係も変わりますし、
家庭や健康を考えて控える人、
価値観が合わなくなる人、
遠くなる人も出てくるじゃないですか。

たぶん大事にしたいのは「ただの飲み友達」ではなくて、
知性と哀しみとユーモアを持って、
一緒にほどけられる人
なんだと思うんですよね。

だからこそ、少なくなるんですよね。
誰でもいいわけじゃないから。

2026.06.10.

大事な出会いって  vol.6081

出会いって不思議ですよね〜。
「今日は行きたくないなぁ」とか思いながら、
自分を励まつつ出かけた時ほど、
思いがけず良い出会いがあったりしますからね。

それもたいてい、
名刺を持っていなかったり、
相手のことをよく知らなかったり。

あとから考えたら、
「知っていたら、もっと話せたのに!」
って思うような時だったりして。

でもきっと、
知らなかったからこそ話せた
ってこともあるんですよね。

松任谷由実さんの歌に、
サンダル履きで昔の恋人に
ばったり会うような場面がありましたが、

大事な出会いって、
案外そんなふうに訪れるのかもしれませんね、
少し無防備で、
いつもの自分のままでいる時に。

出会いって、
こちらが意味づけるより先に、
何かが始まっている感じがします。

 

2026.06.09.

自分のフィルターを通して人の話を聴く vol.6080

同じ言葉を聞いても、人によって受け取り方はまったく違いますよね〜。
こちらはただ褒めたつもりでも、
その言葉が相手の中にある劣等感に触れれば、
相手には「嫌味」や「比較」のように聞こえてしまうだろうし、

反対に、
たとえ誰かが悪意を込めて言った言葉でも、
受け取る側がそれを自分の中に入れなければ、
その言葉は自分を傷つける力を持たないんですよね。

つまり、
私たちは言葉そのものをそのまま聞いているようで、
実は自分の中にある
フィルターを通して聞いているんですよね。

そのフィルターは、過去の経験、
傷ついた記憶、劣等感、恐れ、
あるいは大切にしている価値観からできています。

そして、意識しなければ
そのフィルターは無意識のうちに働くんですよ、
まるで自動センサーのように。

相手の言葉を瞬時に意味づけし、
判断してしまう。

だからこそ大切なのは、
相手が具体的に何と言ったのか、
私はそれをどう受け取ったのか
をよーく観てみることです。

自分の反応に気づけると、
自分の内側を深く理解するきっかけになりますから。

写真はクチナシらしいんですが、
甘くて濃厚な香りでした!

2026.06.08.

人は、何で思い出されるのだろう  vol.6079

キンカンを見ると、亡くなった父を思い出すんです。
好きでよく食べてたなぁ〜って。
そこで、思ったんですよ、

私は一体、何で思い出されるんだろうって笑。

たとえば、誰かが忘れ物をしたときに、
「そういえば、ゆかりさんもよく忘れてたよね」
とか、

誰かがおっちょこちょいなことをしたときに、
「ああいうところ、なんか似てるよね」
なんて笑われるとか。

人が誰かを思い出すとき、
好きだったものや出来事、音楽や匂い…
記憶はいつも、
そんな小さなところからですよね。

そんなことを、
キンカンを見ながら思ってました。

 

2026.06.07.

場を作る人の在り方  vol.6078

組織やチームは、決してひとりで作るものではないです。
そこにいるメンバー全員の関わり方や、価値観や、
日々の小さな選択が積み重なって、その場の空気はできていると思います。

ただ、やはり
その中心にいる人の在り方の影響は、
とても大きいんだなぁと思います。

そこの長って言うんですかね、
柱というのか、責任者というのか。

その人が何を大切にしているのか。
どんな価値観を尊重しているか。
どの程度、覚悟を持っているのか。
そして、
その人自身の特性や経験してきたこと、
人との向き合い方も含めて。

そういったものが、
言葉以上に場ににじみ出て、
組織の雰囲気を形づくっていくんだなと。

だからこそ、その人がいなくなったあとに、
同じ空気をそのまま維持するのは、
実はとても難しいのかもしれませんね。

仕組みやルールは引き継げても、
その人が醸し出していた温度や緊張感、安心感までは、
簡単には引き継げない。

映画のパート2が、
パート1ほど面白くないことがあるのとも、
少し似ている感じがします。

同じ設定、同じ世界観、同じ登場人物がいても、
最初にその世界を立ち上げた人の熱や切実さが薄れると、
どこか別のものになってしまう。

場を作る人の在り方は、
思っている以上に、その場全体に宿る感じがします。

2026.06.06.

人の心の動き  vol.6077

人前ではちゃんとしていたい。
わかっている人だと思われたい。
変なことを言って、恥ずかしい思いをしたくない。

そういう気持ちは、
きっと誰しもが持っているんだと思うんですよね。

でも、他の人たちも
同じような思いを持っているなんて
考えもしないんですよね。

だから、
誰かの本音を聞いたとき、
私たちはどこか安心するんでしょうね。

「あぁ、人って同じようなことで怖がっているんだな」
「あぁ、私だけじゃないんだな」って。

本音を話すことは、
弱さをさらすことではなく、
人と人が深いところでつながる入口なんでしょうね。

自分だけだと思っていたものが、
実は誰かの中にもある。

そう気づくと、
人は自分を許しやすくなるし、

人の心の動きって、
実はそんなに大きくは変わらないということが
よくわかるのかもしれませんね。

2026.06.05.

わんこ  vol.6076

2日間ですが、わんこが入院していました。
4月末に初めて痙攣が起こってから1ヶ月。
すっかり治まっていたのにここ数日、頻発したからです。

もう10歳ですからね。
何らかしかの病気が出ても
おかしくないのかもしれませんが、
いざ、何かあると慌ててしまいます。

わんこは大切な家族の一員なんですよね。

子どもたちが出ていっても
寂しくなかったのは
わんこのおかげだったんだな〜と改めて感じます。

例え、人間で言う70歳になっても、
わんこはいつも純粋で、一生懸命な、
子どもの心のままですからね。

元気になって帰ってきましたが、
私たちがお別れを覚悟する、
十分すぎる時間があることを願って止みません。