2026.07.28.

素で戦える自分を作る  vol.6129

食材の臭みを消すために、生姜を加えたりするじゃないですか。
それはそれで、おいしくするための工夫なんですが、
私はつい「そもそも、臭くないほうがいいな。笑」
と思ってしまうんです。

生姜の味は好きなので、
臭み消しとしてではなく、
ちょっとした風味づけとして楽しみたい。

つまり、
元の素材に臭みがなければ、
何かを加えて隠す必要はないんですよね。

食べ物に限らず、
香水だって似ている気がします。

香りを楽しむためにつけるなら素敵ですが、
何かを誤魔化すためにつけるとなると、
意味が少し違ってきます。

人も同じなのかも…と
思うんですよね〜。

自分に自信がなかったり、
本来の自分とは違う姿を見せようとしたりすると、
その違和感を隠すために、
必要以上に華やかに見せなければならなくなる。

けど、
素の自分そのものを磨いていけば、
隠すための華美さは必要ないんですよね〜。

もちろん、
「素で戦える自分」は、
すぐに出来上がりません。

だからこそ、
何も加えなくても
素が最高になる自分を目指し、
育てていく。

そこを目指しておくことが
大事な気がするんですよね〜。

2026.07.27.

踊る阿呆に見る阿呆  vol.6128

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」
私はこの言葉を、よく思い出すんですよね〜。

同じ阿呆でも、
見る側にいるのか、
踊る側に回るのかでは、
得られるものがまったく違うんですよね〜。

もちろん、
何にでも参加するのも悪くはないんでしょうが、
「ここぞ!」と思った時だけでいいんですよね。

それでもやっぱり、
見ているのと、
実際にやってみるのとでは違うんですよ。

最初から満点なんて取れないから、
思ったようにできなかったり、
終わってから
反省ばかりが浮かんだりするんですけどね。

自分でやったからこそ、

「次はこうしてみよう」
「あそこは、もう少し変えられそう」

と、すべてが自分ごとになっていくんですよ。

見ているだけでは気づかなかったことに気づき、
感じなかったことを感じる。
そして、自分の現在地も、
次に進む方向も見えてくる。

大げさなチャレンジでなくていいんです。
ちょっと試してみる。
そんな「トライ」で十分だと思うんです。

上手に踊れたかどうかよりも、
自分も踊りの輪に入ってみた。

その経験だけで、
見ていた時とはまったく違うものを
得れるんですよね〜。

 

2026.07.26.

同じオンラインで買っても  vol.6127

「オンラインで買ったの!」と「お取り寄せしたの!」は、
実際にしていることは、ほとんど同じなのに、
受ける印象はずいぶん違いますよね。

スマートフォンやパソコンから注文し、
商品が自宅に届く。
そういうことなのに。

「オンラインで買ったの」は、
購入方法を説明しているんですが、
便利だった、安かった、店に行かずに済んだ。
そんな合理的で日常的な響きがあるんですよね。

一方、「お取り寄せしたの」には、
少しだけ特別感が生まれますよね。

その土地でしか買えないお菓子、
評判のお店の料理、
丁寧に作られた季節の品。

届くまで待つ時間さえ楽しみの一部的な。

つまり、
「オンラインで買う」は手段で、
「お取り寄せする」は期待や喜びを
語っている違いなんでしょうね。

同じ箱が宅配便で届いたとしても、
「買った」と言えば商品が届き、
「取り寄せた」と言えば、
遠くの土地や作り手の気配まで届く。

言葉は、その体験をどう受け取ったのかまで
表現するんですね〜。

2026.07.25.

両面を見ると  vol.6126

物事って大概、両面あるじゃないですか。
一方だけを見て全てだと思うのは少し危険だと思うんです。
それに、もう一方を見ないことにはそもそも
自分が片面だけを見ていたって気づけないですしね。

ただ、
何事にも両面があると考え始めると、
物事は少し複雑になります。

それは、
同じ目的を持っているのに、
やり方の違う味方がいるようなものだと
思うんですよね。

敵をやっつけに行く前に、
「どうやってやっつけるのか」を話し合ったり、
時には味方を説得したりしなければならなくなるから。

一方だけを正しいことにしてしまえば、
話は簡単ですが、
その複雑さを乗り越えたチームは、
やっぱり強いじゃないですか。

きっとそれは、
人の中でも同じなのだろうと
思うんですよね。

「進みたい」と「慎重でいたい」。
「誰かを大切にしたい」と「自分も守りたい」。

どちらかを間違いにしたり、
無視するのではなく、
両方の声を聞いた上で、
どうするかを決めていく。

両面を見据えた上での思考や決断には、
時間も手間もかかりますが、
その分、やっぱり深さが増すんですよね〜。

2026.07.24.

どんな時間を生きたいのか  vol.6125

忙しい時は、シンプルな解決法がとても役に立つんですよね〜。
洗うのが面倒だから使い捨てにする。
手がかかるなら機械に任せる。

やらなければならないことが山積みの時には、
そうやって負担を減らすことは必要ですよね。

時間も気力も限られているから、
すべてを丁寧にやろうとしなくてもいいし、
便利なものを使い、
誰かに頼り、できるだけ自動化する。

忙しい時は、
それが生活を立て直すことに
繋がったりします。

ただ、少し余裕が戻ってきた時には、
立ち止まって考えてみてもいいのかなと
思うんですよね。

その時の「面倒」という理由で、
本当は好きだったことや、
手をかけることで味わえていた時間とかまで
手放してはいないのかなって。

効率化すると、確かに楽になるけど、
手間の中にしかない楽しさもあるじゃないですか。

料理をしたり、植物を育てたり、手紙を書くとか。

結果だけを見れば、
もっと簡単な方法はあるけど、
その過程で自分が満たされていくことって
あるんですよね〜。

何を効率化し、何を残すのか。

その判断軸はきっと、
「どう暮らしたいのか」
「どんな自分で在りたいのか」
なんだろうなと思うんです。

面倒を減らすことと
面倒の中にある豊かさを残すこと。

今のあなたはどっちを優先するんでしょう。

2026.07.23.

時計とは別の時間  vol.6124

写真は福岡市の20時の空です。
福岡の夏は、夜8時を過ぎても、まだ明るいんですよね。

冬の出張なんかだと特に、
「あれ? まだ夕方のなのに?」
と思うくらい、
あっという間に暗くなる場所もあって、
毎回少し驚きます。

同じ「18時」や「20時」でも、
場所や季節によって、
流れている時間はずいぶん違うように
感じるんですよね。

夏の福岡にいると、
仕事終わって飲んでるのに、

「こんなに明るいうちから、飲んでいいのかな?」

みたいな気分になる時があります笑。

時計ではもう夜なんですけどね、
でも空はまだ、
一日が続いているようじゃないですか。

時計が刻む時間とはまた別の
時間がある感じがしますね〜。

2026.07.22.

恐怖を乗り越えるには  vol.6123

行きたいけど、怖い。話したいけど、話したくない。
そんなふうに拮抗する思いが生まれることってありますよね〜。
特に、新しい世界に入ろうとする時は、
期待と不安が同時に湧いてくるじゃないですか。
傍から見れば、
「行けばいいのに」
「話しかければいいのに」
と思う。
 
本人だって、
どうすればいいのかは
わかっている。
 
それでも動けないのは、
傷つくのが怖いからなんですよね〜。
 
そんな時は、
「傷ついたら、実際には何が起こるんだろう?」
と具体的に考えてみるのも有効です。
 
恥ずかしい思いをするのか。
断られるのか。
自信をなくすのか。
 
正体が見えてくると、
漠然とした怖さは少し和らぎます からね。
 
あるいは、思い切って
「今日は傷つきにいこう!」
と決めてしまうのも一つの手です。
 
もちろん、
どれだけ傷ついたかを目標にしてしまっては
元も子もないですが、
 
新しい世界に入るための、
ある程度の傷つきは
了解済みにしてしまう。
 
すると、傷つかないことではなく、
行きたい場所へ向かうことを
選びやすくなるんですよね。
 
だって、通り過ぎてしまえば案外
「なんてことなかったな」
と思えることも多いじゃないですか。
 
振り返ると、きっと、
私たちはそうやって
いくつもの怖さを越えてきたんだと思います。

2026.07.21.

どうにかなる  vol.6122

「どうにかなる」と思えたら結構、強いと思うんです。
そう考える人は、何も考えていないわけでも、
問題を軽く見ているわけでもなく、
むしろ、現実を見たうえで、

「大丈夫。何かしら、次の手はある」
「全部はわからなくても、今できることはある」
「これまでも、どうにかしてきた」

と、どこかで思えてるんですよね〜。

この感覚があると、
人は安定します。

これは心理学で言う「自己効力感」に
近いものだと思います。

自己効力感とはシンプルに言えば、
「自分はこの状況に対して、
何かしら対処できる」
という感覚です。

大事なのは、
「絶対に成功する」っていうより、

何が起きても、私は考えられる。
別の道を探すこともできる。
必要なら、助けを求められる。

そういった自分への信頼なんですよね。

強い人というのは、
いつもいつも自信満々な人ではなく、

むしろ、揺れながらも、
「それでも、どうにかしていける」
と言う人なのかもしれません。

そういう人は、簡単には折れないですからね。

どうにかなる。
だって私は、今までもどうにかしてきた。

そう思えた時、人は少し、
強くなるんだと思います。

2026.07.20.

ケンカって  vol.6121

ケンカって、あまりしたくないですよね。
穏やかに話し合えたら、その方がいい。
でも、ケンカだからこそ見えてくるものもあるんですよね〜。

感情が高ぶると、
人は普段なら
飲み込んでしまう本音を口にします。

相手を傷つけないように選んでいた言葉も、
その瞬間だけは
抑えきれなくなることがあるじゃないですか。

もちろん、相手を傷つける言葉が
良いわけないんですが、
その言葉の奥には、
長い間しまい込まれていた気持ちが
隠れていることがあるんですよね。

「本当はずっと寂しかった。」
「ずっと我慢していた。」
「わかってほしかった。」

そんな思いが、
不器用な形で噴き出してしまうことも
決して少なくありません。

ケンカそのものに価値があるというより、
ケンカの中で表に出てきた”本音”には、
大切な意味があると思うんです。

特に、普段から人に気を遣い、
言葉を選ぶ人ほどそうです。

ケンカは単なる衝突ではなく、
お互いを理解するきっかけになります。

大切なのは、ケンカのその後なんですよね。

関係を壊す出来事になるか。
それとも、
関係を深める出来事になるか。

その違いは、感情が落ち着いたあとに、
本音と向き合えるかどうかな気がします。

 

2026.07.19.

思考の違い  vol.6120

以前、私が「誰かの見本を完全コピーするように頑張ります!」
と言った際、「やりすぎなくていい。あなたの魅力だから」と
海外の方に言われて、
気持ちが救われたような経験をしたことがあります。

一方で、
完全コピペをなん度も繰り返して
それでも、コピペできないところが個性だと
プロの書道家の方が
ご自身の練習方法を語っているのを
以前、見たことがあります。

確かに!と非常に納得したことも覚えています。

そもそも話している対象が違いますからね、
同じ土俵での話ではないんですが、
何かを達成するには
どういう心持ちで臨むかという話じゃないですか。

真逆だなぁと思ったんですよね〜。

何かを学ぶとき、
「自分らしさ」を理由に
自己流に固執してしまうと、
成長を止めることがある思うんですが、

誰かのようになろうとするあまり、
自分をすっかり消すべきだと考えれば、
努力は苦しいものになるとも思うんですよね〜。