
期待から自由になる必要がないとき vol.6143
「期待される」ということから受ける印象は、
人によってずいぶん違うんですよね。
嬉しいと感じる人もいれば、プレッシャーを感じる人もいる。
それはきっと「期待」には、
いろいろな側面があるからなのでしょうね。
たとえば、その期待が、
「あなたには、こうなってほしい」
「私の望むとおりにしてほしい」
という押しつけや支配を含んでいるなら、
期待されることは苦しくなると思います。
自分の気持ちや生き方を尊重されず、
相手の基準に合わせることを求められているように感じれば、
プレッシャーを超えて、
嫌悪感さえ抱くのは自然なことです。
一方で、
「あなたの中には力がある」
「あなたなら、きっとできるよ」
と、自分の可能性を信じ、
これからを楽しみにしてくれている期待もあります。
そのような期待は、
勇気を与えてくれます。
「この人の期待に応えたい」という思いが力になり、
自分でも気づいていなかった能力が
育っていくこともあると思うんですよね。
つまり、「期待される」という言葉の中には、
自分を不自由な他者基準に従わせる側面と、
心から自分の力を信じてもらっている側面の、
両方があるんだろうと思うんです。
期待が苦しいか、力になるか。
その違いは、期待されているかどうかではなく、
その相手の期待の中に、
自分への尊重と信頼があるかどうか
なのかもしれませんね。









