
「当たり前」が揺らぐとき vol.6130
想定外の出来事が起こったり、非日常に触れると、
それまで「重要だ」と思っていたことが、
一瞬で後ろに下がるんですよね。
仕事の締切や、
人からどう見られるかよりも、
命があること。
家族や大切な存在が無事であること。
安心して眠れる場所があることが、
何よりも前に出てきます。
規模はまったく異なりますが、
例えば海外へ行くことも、
私たちの前提を揺さぶります。
当たり前にできていたことができない。
暗黙のルールが読めず、
何が正解なのか分からない。
誰かに助けてもらわなければ、前へ進めない。
普段は自立して動ける自分が、
急に「弱い側」に置かれたように感じる。
それは
本当に自分が弱くなったのではなく、
これまで自分を支えていた環境や前提が、
外れたんだと思うんですよね。
そして、
その時、初めて見えてくることもあります。
自分の「正しさ」は普遍的なものではなく、
慣れ親しんだ日常や文化、
立場の中で成り立っていたこと。
分からない人、動けない人にも、
その人なりの事情があること。
人は、強い人と弱い人に分かれているんじゃなく、
環境によって、誰もが
支える側にも、支えられる側にもなること。
非日常は、
自分が慣れ親しんでいた前提を揺らします。
だからこそ、
その揺らぎの中で、
人の脆さやありがたさ、
そして自分が本当に大切にしたいものが、
急にくっきりしてくるんです。
振り返ると、
そうした揺らぎを経験したからこそ、
それまで見えなかった大切なものに
気づくことがあります。
もちろん、
起きた出来事を簡単に
意味づけられるわけではありませんが、
それでも、
当たり前だと思っていた日常が、
決して当たり前ではなかったことを、
私たちは改めて思い知らされます。
昨日、熊本を中心に大きな地震が発生しました。
今も不安な時間を過ごしている皆さまの安全と、
一人でも多くの方が無事に救助されることを、
心よりお祈りいたします。









