2026.10.14.

壱岐で過ごした、4nessコーピング合宿  vol.6027

4nessコーピング合宿を壱岐で行いました。
150以上の神社が点在し、
島全体がパワースポットとも呼ばれる壱岐。

私自身、大好きな島だからこそ、
皆さんをお連れしたいという思いも重なって、
今年の合宿は壱岐を選びました。

島のパワーを感じつつ、
地元の海鮮や壱岐牛も堪能しつつの2泊3日。

毎年開催している合宿ですが、
根本の目的は「自分を最大に発揮して生きる」ため
であるのは同じでも結局、
やることは毎年違うんですよね。

ただ、変わらないこともあって。

同じご飯を食べて、
同じ宿に帰り、
同じ空間で時間を共にする。

これって、
普段の講座やセッションとは、
やっぱり大きく違うんですよね〜。

正直、準備も大変ですし、
体力的に疲れないと言ったら
嘘になります(笑)が、

それ以上に得られるものがあると
毎年感じています。

10年以上、毎年参加してくださっている猛者もいて、
毎年参加しているからこそ気づけることがある。

一方、初めてや久しぶりに参加された方には、
どっぷりと自分自身に向き合う時間を
過ごしたからこその
気づきがたくさんあったように感じます。

合宿で感じたことも、気づいたことも、
日常に戻れば少しずつ忘れていくのでしょうが、
忘れたからといって、
なくなるわけではありませんからね。

今回の経験も、
これから時間をかけて、
それぞれの人生をじっくり熟成させていく
酵母菌のような働きをするんじゃないかな。

そんなことを感じた壱岐での3日間でした。

ご一緒した皆さん、ありがとうございました!

2026.10.13.

まだ何も決まってない  vol.6026

結果を先読みして諦めそうになったり、
落ち込んでしまうことってありません?
まだ、何も決まっていないのに。

「ダメかもしれない」が「絶対無理」となり、
トライすることさえやめてしまったり。
ただの不安が、
いつの間にか絶望に変わっていたり。

結果がわからないという不安定さを、
「絶対」という言葉で終わらせようとするのは、

「ダメ」と確定することで、
心理的な安定を取り戻そう
としているのかもしれませんね。

期待して、がっかりするくらいなら、
最初から期待しない方がいい。

そんな気持ちもあるのかも。

ただ、それはちょっと
勿体ないなと感じます。

だって、まだ
何も決まっていないのですから。

うまくいくかどうかは、わからないし、
うまくいかないと
決まったわけでもない。

わからないことを、
わからないままにしておく。

その不安定さを引き受けることも、
自分の可能性を引き出すことに
つながるのかもしれないなって感じます。

 

 

2026.10.12.

最高のギフト!  vol.6025

先週は結婚25周年でした。
お付き合いが始まって35年が経ちました。ただ、
わんこが今年に入って3度目の瀕死状態となり、
看護に追われて、気持ちもそっちにいってたので、
すっかり素通りだったんですけどね。

わんこは今回も乗り切ってくれました。
ほっ。

毎回、横になって苦しそうに
息も絶え絶えなわんこを見ながら、
我が家に来てくれたことへの感謝を伝え、
いつお別れの日が来ても大丈夫なように、
自分なりに心の準備もしているつもりでも……ね。

わんこの復活が最高のギフトですね。

 

2026.10.11.

何にロックオンしているか。  vol.6024

何かが吹っ切れる瞬間って、ありません?
それまで気になっていたことが、急にどうでもよくなる。
不安や心配事は消えてなくなったわけではないけど、
自分の中で何かが変わるんですよね。

それはきっと「何を優先するのか」が
明確になったからだと思うんです。

目的がはっきりすると、
それ以外のことに心を奪われている暇はない!
という感覚になるじゃないですか。

「腹が決まった」
「覚悟が決まった」
ということなんんでしょうね。

何にロックオンしている状態なのか?
だと思うんですよね。

できない理由を探すことより、
自分が何を望んでいるのかを明確にし、
その実現に向けて、
自分の人生を使うと決める。

だからこそ、覚悟が決まった人は、
迷いに振り回されなくなるのだと思います。

2026.10.10.

ギャップ?  vol.6203

読書会を開催したりすると、
初めてお会いする方は、
少しギャップを感じるみたいです。笑

どうも私、
あまり「著者然」としていないらしいんですよね。

「著者」という前提と、
実際の私のキャラクターにギャップがあるのか。

本に書いてある内容と、
普段の私の話し方にギャップがあるのか。

何にギャップを感じているのかは、
いまだによく分からないんですけどね。笑

ただ、たしかに私は
真面目なことを考えているわりには、
そのことを深刻そうには話さないかもしれません。

深刻なことを、
深刻そうに語る必要はない
と思うんですよね〜。

人の心を扱っていると、
人生には本当にいろんなことがあります。

決して、
軽く扱っていいことなんて
ひとつもありません。

ただ、
大切に扱うことと、
深刻そうに扱うことは、
同じではないと思うんですよね。

 

物事を一方向からしか見られないとき、
人はなかなか笑えないじゃないですか。

つらい出来事の真っただ中にいるときは、
その出来事が世界のすべてのように感じます。

出来事と自分が、
ぴったりくっついてしまうんですよね。

でも、少し離れたところから
自分を見ることができるようになると、

出来事は出来事。
私は私。

という距離が少しずつ戻ってきます。

起きたことは変わらなくても、
それに対する自分の位置が変わる。

私は、
ここはとても大事だと思っているんです。

笑うことは、
問題をごまかすことでも、
無理に明るくすることでもなく、
悲しんではいけないということでも
当然、ないわけで。

十分に悲しむ。
十分に怒る。
十分に悔しがる。

そのうえで、
「しかし、すごいことになったな、私。笑」
と言える瞬間が来たら、

そこにはもう、
出来事だけに支配されていた自分とは違う自分がいる。

自分の人生を、
もう一度自分の手に戻し始めているんですよね。

 

笑いは最高の知性だと思っています。

 

本を読んでから私に会った方が感じる
「ギャップ」の正体は、もしかすると、
このあたりなのかもしれません。

まぁ、確かに
プロフィール写真はすん!としてるのに、
私が単純によくしゃべって、
よく笑うからだけなのかもしれませんけどね。笑

 

2026.10.09.

あなたの伸び代はここにある! vol.6202

もう、とうの昔に終わった出来事でも、
そのとき辛すぎて感じきれなかった感情が、
記憶と一緒に冷凍保存されることがあります。

ある受講生が、
昔の失敗について話してくれました。

彼にとっては、
もう終わった過去の話のはずでした。

ところが、
話しているうちに涙が流れてきたんです。

本人がいちばん驚いていましたね。

これが「未処理の感情」なんですよね。

話す。
涙が出る。
改めて振り返る。

そうしているうちに、
冷凍されていたものが
少しずつ溶け始めました。

「出来事を覚えていること」と
「その出来事に伴う感情が処理されていること」は、
必ずしも同じではありません。

認知的には整理されていても、
感情としては十分に
触れられていないことがあるんですよね。

一時的には、
不安定さの中に戻ったような感覚も
あったそうです。

でもその間に、
家族との会話が深まり、
自分の弱さをさらけ出し、
何度も涙が止まらなくなった。

そして一週間ほど経った頃、
「スッと抜けた」
と話してくれました。

さらに興味深かったのは、
それまで持っていた「考え方」まで
変わったことです。

「私はこういうことが嫌い」
「こういう人とは関わらない」
「こうしておくのが正しい」

本人には、
自分の性格や価値観のように見えていたものが、
実は未処理の感情に触れなくて済むように、
自分を守るためにつくられた考えだったことにも
気づいたんですよね。

記憶の冷凍保存を維持するために、
その出来事と矛盾しない説明や信念を
自分の中につくることがあります。

それは当時の自分を守るためには、
必要だった世界の見方なのかもしれません。

でも感情がほどけてくると、
その考えまで必要なくなる。

「もう、そう考えなくてもいいんだ」

そう思えたとき、
とてもほっとしたそうです。

それは決して、
元の自分に戻ったわけではありません。

今の自分、
今の人間関係、
今持っている言葉の中に、
その経験をもう一度組み込み直した。

悲しみも、弱さも、怒りも含めて、
自分がもう一度、統合されたんです。

回復というより、
バージョンアップしたんですね。

 

未処理の感情って、
必ずしも本人が
「私はまだ傷ついている」
と自覚しているものではありません。

むしろ、
「もう何とも思っていない」
と思っている場所に残っていることがある。

そして厄介なのは、
課題そのものを封じ込めるというより、
「課題だと気づかない形」に
変換してしまうことなんだと思います。

悲しみが、
「私はこういうことが嫌い」に変わる。

怖さが、
「こうするべきだ」に変わる。

傷つきが、
「私は一人でやったほうがいい」に変わる。

そうなると本人には、
それが問題ではなく、
自分の性格や価値観や信念に見える。

だから、
自分の本当の課題に気づく瞬間って、
ものすごく大きいんですよね。

これまで見えなかった自分に
アクセスできるから。

嫌なものを嫌だと言える。
怒るべきときに怒れる。
弱さも見せられる。
人に頼れる。

そして、自分で選べる。

未処理の感情を処理すると、
ただ楽になるだけではなく、

自分が使える感情が増え、
自分が使えるエネルギーも増えていく。

自分の本当の課題に気づけることは、
自分を取り戻すためのチャンスで、
自身の伸び代なんだと改めて感じましたね〜。

2026.10.08.

自分で答えを作っていく vol.6201

知らないことは教えてもらえばいいし、
経験のある人の知恵は、どんどん借りればいい。

そのうえで自分でも感じ、考え、
そして最後は、自分で選ぶ。

ここを人に渡してしまわないことが
大事だと思うんですよね。

これは決して、
「自分だけで全部決める」
という話ではないんですよね。

むしろ逆で、

力のある人に教えを乞う。
専門家の意見を聞く。
別の人の意見も聞いてみる。

その上で、自分で選ぶんです。

だって、
自分の内側で起きている変化を
いちばん近くで感じられるのは、
結局、自分だからなんです。

「このやり方なら続けられそう」
「これをやっていると、楽しい!」
「これ、苦手かも…」

こうした感覚や湧いてくる感情は、
外から見ている人には
完全にはわかりませんからね。

 

「いろいろな人の知恵を借りながら、
自分で答えをつくっていく」

ってことが大事なんですよね。

2026.10.07.

選択の価値は、選んだ瞬間だけで決まらない。 vol.6200

何かを選んだあとで、「失敗だったかな」
「あっちを選んでおけばよかったかな」って、
考えることありません?

 

選んだ直後はよかったのに、
少しうまくいかないことが起きると、
「やっぱり、あの選択は間違いだったのかも」
と思ってしまう。

これ、結構ダメージが大きいと思うんですよね。

単に一つの選択を間違えた、というより、
「人生を踏み外した」
みたいな気持ちになるから。

そうすると、
やる気までなくなってしまいます。

でも、よく考えてみると、
まだ結果が出たわけじゃないんですよね。

私たちは、途中経過を見て、
「あの選択は失敗だった」
と結論づけてしまうことがありますが、

選択の良し悪しって、
選択した瞬間に
全部決まるものではないんです。

そのあと、
「あのとき、あれを選んでよかった」
という結末に変えていくことができる。

つまり、選択の正解は、
そのあとにつくることもできるんです。

もちろん、
本当に「あっちを選んだほうがよかった」
ということもあると思います。

でも、
もう選んだものについて、

ずっと
「あっちだったら」
「こっちじゃなかったら」
と考えていても、
今いる場所からは動けないじゃないですか。

だったら、
「この選択を正解にするとしたら、
私はここから何をすればいいんだろう?」
と考えてみる。

「あのときの選択は正しかった」

というストーリーに、
これから書き換えていけばいいんです。

いや、
書き換える意思を持つことが
大事なんだと思うんですね。

ここから、

何に取り組めばいいんだろう?

何をどう考えたら、
私は動きやすくなるんだろう?

何を経験したら、
何を身につけたら、
何を変えたら、

いつか、
「あのとき、あれを選んだから今がある」
と言えるんだろう?

そんなふうに、
未来から逆算して考えてみる。

選んだあとに、
私たちが何をするか。

そこで、
選択の意味は変わっていくと思うんですよね。

 

 

 

 

2026.10.06.

浦島太郎の気分?  vol.6199

普段、パソコン使って仕事をしていることが多いから
福岡の天神にはいく機会が少ないんですよね。

久々、天神をうろちょろみると
街の景色はずいぶん、
変わってましたね〜。

もちろん、
昔から変わらない場所も
多く残ってはいるんですけどね。

浦島太郎の気分って
こんな感じだったのかな、なんて。

2026.10.05.

デスクの上  vol.6198

デスクの上を見ると、わかるんですよね〜。
今の自分の状況が。
ごった返している時って、
たいてい、さまざまなタスクを
同時にこなしていることが多いんです。

もちろん、

どんなに忙しくても
きちんと整理できる優秀な方や、
机が散らかるのが嫌で、
仕事そのものをセーブしている人は別ですよ。笑

でも、

「あれもやらなきゃ」
「これも途中」
「こっちも気になる」

と、いくつものことが同時進行している時は、
ある程度ごちゃごちゃしてしまうのも
仕方ない面がありますよね。

散らかっていることを見て、
「ちゃんとしなきゃ」と
自分を責めても仕方ないし、
そもそも、
そんなに責める必要もないと思うんです。

今、自分がどれだけのことを
抱えているのかを知るサインなんですよね。

そんな時は、
落ち着いたら片づければいいし、

「今、私はちょっと抱えすぎているのかな」
「この状況を、どう過ごそうかな」
と、少しだけ立ち止まって
考えてみてもいいと思うんですよね。

いつもいつも、
理想どおりにはいかないですから。