できる側の人とできない側の人 vol.6085
できる側と、まだできない側では、
見えている景色が違うと思うんですよね。
できる人にとっては、
「なぜ、こんなことが分からないのだろう」
と思うことでも、
できない側には、
そもそも何が見えていないのかさえ、
分からないじゃないですか。
それに、人は一度できる側に立つと、
できなかった頃の感覚を、
少しずつ忘れてしまうこともありますからね。
ただ、できない側は
未熟さを責められる経験が多いと、
「できていないことを指摘される=自分そのものを否定される」
という感覚が
やっぱり残りやすくなると思うんですよね。
だからこそ、できる側には
未熟さを責めるのではなく、
次の水準へ連れていこうとする知性
が大事だと思うんです。
その人が、今どこにいるのか。
何が見えていないのか。
どんな言葉なら受け取れるのか。
そこまで考えて、伝えようとする知性には
できる側の人の力と優しさとを
感じずにはいられませんね。
できる側は、
未熟さを見逃すのでもなく、
できていないことを曖昧にするのでもなく、
きちんと課題を示しながらも、
その人が自分を失わず、
次へ進めるように関わる。
難しいですけどね。
正しさを持っていることと、
人を成長へ導けることは、別の能力なんですよね。
厳しい言葉が、すべて愛ではなく、
正しい指摘が、
すべて相手のためになるわけでもない。
それに、
未熟であることは、
価値がないということでもないんです。
今はまだ、
知らないだけかもしれないし、
経験していないだけかもしれないし、
見えるところまで、来ていないだけかもしれない。
だから、
知性のない人の言葉によって、
必要以上に傷つけられることはないんです。
できる側ができない側を評価している感が強いですが、
実は同時に、
できない側もできる側を評価するんですよね。
自分ができる側になった時に、
知性のある人になっていけるよう、
学びましょう。
進みましょ。
飄々と。
