自分が恐れていることを認めた瞬間、
恐れは形を持つんですよね〜。
恐れが輪郭を持ったら、もう“正体不明の脅威”ではなくなるんですよ。
こうなると人は
恐れに向き合うのか
距離を取るのか
それとも、別の道を選ぶのか
選択できるようになります。
つまり、恐れを認めることは、
主導権を取り戻すための行為なんですよね。
それに、
多くの人が恐れているのは、
実は、失敗そのものでも
成功でもなかったりします。
恐怖を認めたその先に、
「自分がどうなってしまうのか分からない」
という不確実さに、
私たちはそこに強く反応し、争い、
消耗しています。
だから、
恐れを曖昧なままにするんですね。
曖昧であるほど、
行動しなくて済むから。
恐れを言葉にした瞬間、
逃げ場はなくなります。
ですが同時に、可能性も開かれます。
恐れとは本来、
進むべき方向を示すサイン
でもあると思うんです。
もし、停滞感を感じているなら、
そこには、まだ言葉になっていない
恐れがあるのかもしれません。