
どちらに目を向けていく? vol.5525
終わった時は
終了したことに目が行きがちだが
終わると同時に次が始まっている。
夏休みが終わるということは
新学期が始まることで
プロジェクトが終わるということは
次が始まるということ。
さて、どちらに目を向けていこうか。

終わった時は
終了したことに目が行きがちだが
終わると同時に次が始まっている。
夏休みが終わるということは
新学期が始まることで
プロジェクトが終わるということは
次が始まるということ。
さて、どちらに目を向けていこうか。

本屋さんで小説を買うと、
対象商品だからと
新潮文庫さんからのしおりを
プレゼントしてくれた。
なんだろうな…
妙にうれしい♪

甲子園をリアルに観戦するなんて考えたこともなかったけど、
ご縁あって初の甲子園。
親戚の子が出ているわけでも
九州勢が戦っているわけでもないのに
込み上げてくる想い。
こりゃ、なんじゃ???
一生懸命さや今までの想いが伝わってくる。
プレーしている選手からも、
ベンチの監督からも、
スタンドの応援席からもすごいエネルギー。
テレビで見るのとは全然違う!
経験って別世界だな。

やることてんこ盛り!と感じていても
書き出すと大したことないというのが定説だが
書き出したものを眺めて
こりゃ大変だ…と改めて感じるときもある。
そんな時は、
優先順位はつけずに
やれることから手をつけていこう。
止まらないことが大事だから。

例えば、
歩く、聞く、話す、食べる…など
普段、意識せずにやれていることほど、
ちゃんとやろうとすると難しい。
きちんと歩く、十分に話を聞く、
伝わるように話す、キレイに食べる
って出来てるか?と問われれば怪しさ満載だ。
すぐに首を縦には振れない。
基本的なことがちゃんとできることは大切だ。
意識してやってみたいな。

そんなに嫌ならやめたらいい。
無理してやる必要もないし、
やめたらダメなことなんてひとつもない。
リアルに辞めた未来を想像してみて!
やっぱりやめたくないと感じたなら
楽しむ工夫をしていこう。

肩透かしというのはよくある。
きっとこうなる!と構えていたのに
全然違っていてびっくりしたり、
まだまだ足りないと感じていたのに
蓋を開けたら
やり過ぎなぐらいだったりとか。
私たちの予測は
あくまで自分の思考の枠の中で行われるから。
予測が偏っている可能性を考慮して
確認していこ!

100キロマラソンを完走した時、
「完走したい」とか「走れるかな?」とか
私は一切、考えてなかった。
なぜ、そう思えたのかはわからないが
やれると感じていた。
できるかどうかなんて疑わなかった。
信じていたからやれたんだと思う。

寝坊した時はすぐにはピンとこない。
時間の意味を理解できないというか
ぼーっとしていて
寝坊したことに気づくのに時間がかかる。
いろんなことが一気に押し寄せる時には
そんな寝坊した朝のようにフリーズする。
どこから手をつけていいのかピンとこない。
一瞬ぼーっとしてしまう。
さぁ!目を覚ましていこう!

私は「普通」を大切にする。
何を「普通」と考え
「普通」にどう行動するのか
その人の「普通」がその人だから。