
現状の良し悪しより これから どっちを向いているのかに 精神は作用されるらしい。
悪くなっていく…と感じても
現状がすぐに悪くなる訳じゃない。
良くしようと!と決意しても
すぐに現状が良くなる訳でもない。
現状の良し悪しより
これから
どっちを向いているのかに
精神は作用される。

悪くなっていく…と感じても
現状がすぐに悪くなる訳じゃない。
良くしようと!と決意しても
すぐに現状が良くなる訳でもない。
現状の良し悪しより
これから
どっちを向いているのかに
精神は作用される。

すべての感情にも
私たちは慣れていく。
嬉しい、悲しい、苦しい、楽しい…
本当はすべて違うはずなのにね。

点が線になるときの糸口が見つかったときほど
楽しいものはない。
はぁは〜ん!は
その合言葉。
一度糸口をつかんだから
どんどん見えてくる。
はぁは〜ん!は
チャレンジによりおぉ!に変わり、
やっぱり!と確信になっていく。

あなたの人生に対する認知が
全てを決めているとしたらどうだろう?
自分の認知に合うものしか見えない、
聞こえない、
感じれなかったら。
そういう意味では
本当に選んだ人生をやってるんだ。
だからこそ、
自分の認知に気付く意味は十分にあるんじゃないのかな。

人は
これが課題か?
それともこれか?
と考える。
でも課題はね、
大概その人が考えているのと別のところにある。
そもそも問題の見立てが間違っていては
対処出来ないんだよ。

そっか…。
そうなんだ…。
とガッカリすることはよくある。
自分が見ている現実と
他者が見ている現実との
ギャップ。
そのギャップが分かった上で、
さて、どうするかを選んでいく。

そもそも、
その場に居続けることが可能ではないことを
頭ではわかっているのに。
なら
受動的変化を選択するか
それとも
能動的変化を選択するか。
変化せざるものであれば
能動的変化を選択する方が
例え望み通りの変化でなかったとしても
まだ諦めがつくんじゃないか。
能動的変化は
居続けたい目的を明確にすることから始まる。

九州では冬でも雪が積もるなんていう日は
数日、あるかないか。
3月の下旬に雪に出会えるとは…。
さらに、富士山を発見。
来るときは背にしてたから見えなかったが
ずっとそこに富士は居たと思うと
気付かないもの=無い
と認知していることに改めて驚く。


行きたい場所があるなら、
歩み出さなければ、
そこには行けない。
誰も連れて行ってはくれない。
自分が自分の求めるものを
理解してなければ行けないし、
大概ざっくりとした地図しかないものだ。
その方向に歩み出し、
歩けば歩くほど詳細な地図が
手に入る。
まずはドアを開けて一歩踏み出さないと!

ナビに従って運転していれば
大概のところには連れてってくれる。
しかし、
道を知らないとは何と情けない。
通り過ぎてしまったり、
側道を進むべきか否か悩んでみたり。
東京は車線も多い。
Uターン禁止だったんだって。
Uターンした途端にサイレン!
しかし、田舎者とわかったからか、
警察の方も妙に優しい。
ごめんなさいね。
東京の道はわからん。