
気づけば春だった
近所の桜が咲いていた。
いつの間に…。
忙しかったんだなぁ、
わたし。

近所の桜が咲いていた。
いつの間に…。
忙しかったんだなぁ、
わたし。

「現実は自分の自己概念が作り出している」
と考えると大きなヒントを得ることができる。
それは単純な『自己責任』といった考え方とは違う。
今までの生き方は
環境適応的に工夫して作り上げたやり方に他ならないだけで、
どんな不器用に見える生き方だとしても実は
努力の賜物でもある。
ただ、長い人生だから
今では不要のもの、
それどころか、悪影響を及ぼすものが含まれていたりする。
子どもの頃は有効だったものでもね。
だから人生には価値観の見直しのタイミングで
様々なトラブルがおとづれる。
やっぱり、起こることは全てギフトで
応援されてるんだよ。

例えば、パソコンの画面の埃は
OFFの状態で真っ暗だとよく見えるけど
ONして画面が明るくなると見えなくなってしまう。
例えば、
掃除してない時は全く見えなかったのに
掃除が進むほどに小さなゴミがよく見えるようになる。
普段は見えなくても
ある条件下になるとはっきりと見えるものがある。
辛い時期だから見えること。
うまくいっている時期だから見えること。
日常と違うから見える日常の細部があるんだよなぁ。
その時々に見えるものに向き合っているだろうか。
光が当たってしまえば、
例え埃があってもまた見えなくなってしまう。

お陰様で、我が家の受験生は二人とも
無事に合格しました。
本来、2月中旬には
全て終わっている予定だった受験は
不合格続きで1ヶ月の延長戦となり、
この1ヶ月の我が家の圧は凄いものがありました。
二人の子どもたちにとって、
圧の強い1ヶ月を乗り切ったことは自信にもなるでしょうし、
様々な面で深い意味があったのだろうと思います。
うまくいっているときは、誰でも穏やかです。
うまくいっているときは、人の言動にもあまり差を感じません。
違いが出るのは、苦境に立たされたときです。
余裕がなくなったとき、人の深い部分が表に出ます。
人は窮地に追い込まれた時に真価がわかるものです。
自分も、周りの人も。
子ども達は本当に多くの友人や良い大人達に恵まれ、
たくさん応援してもらっていました。
ありがとうございます!
ありがたい限りです。
我が家の受験生、重ねて年明けからは父の入院等に際して
私も多くの方々にご協力いただきました。
本当にありがとうございます。
さぁ!私にとってはこれでやっと2020年が明けた感じです。
今年も何卒、よろしくお願いします。

私たちは人と付き合わずに生きてはいけない。
だから、
他人との付き合い方を学んだり、
トレーニングすることは大切だ。
それと同様、
またはそれ以上に大切なのが
自分との付き合い方を学び、トレーニングすることだ。
自分が何を知りたがっているかをよく知ろう。
自分が何を心配しがちか考えよう。
自分がどうやったら飽きるかを振り返り、
どうやったら夢中になりやすいかを理解しよう。
自分が何をしている時が最も幸せで
何を失ったらダメなのかを判りましょう。
変わりゆく自分と変わらない自分を分けて捉えよう。
一番自分を知っているのが自分で、
一番理解していないのも自分。
あらゆる自分に通じましょう。

女子のミニスカートと男子のホワイトジーンズは同じだ。
女子はミニスカートに憧れがあり、
着たいと思っているが、
足が太いからとか、もう少し痩せたら…と条件づけて躊躇する。
男子はホワイトジーンズに憧れがあり、
着たいと思っているが、
足が太いからとか、もう少し痩せたら…と条件づけて躊躇する。
ミニスカート姿のかわいい女子に憧れているのは女子で、
ホワイトジーンズ姿のかっこいい男子に憧れているのは男子。
その服装に同性として憧れていて、
躊躇する理由もほぼ同じで、
対異性から言わせると
どうでも良いというか実はあんまり興味がなく、
自分の中で右往左往してるところまで同じ。
結局、異性だから対象が違うだけで
同じことをしているかもしれないね。
立場を相手に置き変えてみると
よく見える。

桜の開花宣言だったり、
日が長くなっていたり、
2020年が明けたと思っていたら
気づけば春なんだね。
この写真は18時半ごろの博多の色。
今週は昼と夜の長さが同じ、
春分を迎えるんだ…。
色濃いスタートとなった2020年。
この節目からまた、
流れが変わっていく。

手段と目的が入れ替わることはよくある。
例えば、成績を上げることが目的なのに、
手段である計画を立てることに凝ってしまい、
実践に移せないような計画を作ってしまう。
例えば、頑張ってる自分が好きだから
頑張る為に目標を作るが、
手段の為の目標だから頑張れない。
そして、
頑張れない自分を許せず更に頑張るための目標を探す。
目標と手段が入れ替わると、
目標は達成できない。
もし目標を達成出来ない事が続くなら、
理由は目標と手段が入れ替わっているからかもしれない。

『可能性』には希望があり、
意欲も期待も生まれる。
しかし、
キラキラしたものばかりでもない。
例えば、チャレンジを避け
「やればできる」といった可能性の枠の中に居続ければ
出来ない自分に直面化するショックからの回避ができてしまう。
無理とわかれば諦めもつくが、
可能性があるとなれば諦めがつかない。
『可能性』には、諦めるか、諦めないか。
どこで区切りをつけるかを意識的に
自ら選ばなければならない辛い一面がある。

時間や空間の持ち方や目標、
どんなペースでどんな期間で何をしたいのか。
何ができたら嬉しい?
何を失ったら嫌なのか?
何を成せば十分なのか?
何をしなかったら後悔するか?
あなたの望みを叶えるためには
あなたがどうしたいのか、
何が嫌なのかを様々な角度から見てみて、
あなたがあなたの望みを知る必要がある。
知らないものは追えないから。
ただ、
自分の望みを明らかにしてそこに向かったからって
決して叶う訳じゃない。
自分の望みを明確にした分、
得れないことも明確にわかって傷つくかもしれない。
しかし、
自分の望みを明らかにして
向かったとしても叶わないことがあるのに
自分の望みを明らかにもせず、
向かうことがなければ叶う可能性は無くなってしまう。