
何を考えている?
「自分が考えている自分になる」ということを
もう少し自覚したら
自分が今、何を考えているかに
もっと注意を向けるだろう。
自分が考えていることを吟味するだろう。
「自分は考えている自分になる」というのに
何を考えているかに、
私たちは意外と無自覚だから。

「自分が考えている自分になる」ということを
もう少し自覚したら
自分が今、何を考えているかに
もっと注意を向けるだろう。
自分が考えていることを吟味するだろう。
「自分は考えている自分になる」というのに
何を考えているかに、
私たちは意外と無自覚だから。

新型コロナの影響で、
疲れる移動や面倒な人間関係から遠のいて、
どこかちょっとした楽チンさを覚えてたけど、
それは楽しさとは別なんだよね。
ワクチン接種の広がりで
リアルな予定がどんどん入ってきて
妙にワクワクしてる!
さぁ、やるぞーってテンションが上がる。
あぁ…これこれ!この楽しさ♪
「楽」と「楽しい」は全く別物なんだよなぁ。

忘れ物をしない日がない私は
やっぱり買っておこうか⁈と
Amazonで紛失防止タグを検索。
「サイフをなくした時用」と入力すると
「もしかして:ライフ 無くした時用」
と出てきた!
ライフを無くした時用って…
あるの?
どんなのなん???

昼間の時間が一番長く、
夏に至る夏至。
折り返しだなぁ。
2021年も早いなぁ。
後半戦か…
さてどうする?

乗せていこう!
そのためなら
生産性が無いように感じることでも
楽しそうなら取り入れよう!
生産的に効率よくと思いすぎて
非生産的になってしまった経験を
散々してないか?
学んでいこう!

実際にやってみると、
想像していたのとは結構、違うことが多いんだ。
思ってたより
悪いこともあれば、良いこともある。
やってみないことには
どっちに転ぶかまた、転ばないかもわからない。
だから、
やってみない人は
いつまでも想像の世界にいて、
先に進めない。
やってみた人は
違いを知ってさらに先に進んでいく。

投げ出してしまった「もういいや」もあれば、
執着を手放した「もういいや」、
出来ない自分を受け入れた「もういいや」、
次に進むための「もういいや」…と、
「もういいや」にも色々ある。
「もういいや」と口にしてみよう!
本当に気が済んでいるのか、
もう少し足掻いてみたいのかがよくわかる。
今は気が済んでいても、
先々やりたくなったら、
また始めたらいいさ。

結果がダメだと
自分がダメと言われたような気がしてしまうが、
やり方がダメだっただけで
自身がダメということじゃない。
自分がダメと感じると
そこで全てが止まってしまう。
単なる情報不足なこともあれば、
やり方を変えれば難なくできた!
ということもよくあることだ。
ダメと自分が自分に終止符を打たなければ
やりようは色々ある。

wantとmustの違いは思っている以上に大きい。
だけど、
mustをwantと誤解していたり、
本人が自分のmustに無自覚なことも多い。
wantもmustも
同じような強い思いではあるが、
mustは脅迫的だ。
だから、願いが叶わなかった時に違いがハッキリする。
当然、wantだろうがmustだろうが
叶わなければ落ち込むし、がっかりもするが
wantはいずれ諦めがつく。
「仕方ない」を受け入れることができる。
しかし、mustは少し違う。
どこにも行き場のない絶望感を感じる。
この世の終わりのように感じるかもしれない。
なぜなら、mustの脅迫的さは、
生きるための「支え」や「基盤」を求めていて、
希望の範囲を超えて、
自分の存在価値を得れるのか失うのかといった
重大な案件になってしまっているからだ。
つまり
それほどセルフが脆弱であることを物語っていて、
取り組むべきはこの「セルフの脆弱さ」であるということに
本人が気づく必要がある。

やってきたじゃないか!
やれる最大をやってきている自分を
いい加減、認めよう。
仮に、ダメだったとしたら
ダメがハッキリした時に考えよう。
無駄に自分を脅迫するのはやめよう。
無駄に追い込むのもやめよう。
逆に楽しもう♪
自分がやれる最大をやってきている!