
目標のずれ
蕾から開花するまでの日数は
例えばバラなら25日±5日とか、
蓮なら40日と大体決まっているらしい。
例えば桜には「400°Cの法則」といわれるものがあり、
2月1日からの日々の平均気温を足して、
400°C に達した頃に桜が開花するというもの。
自然は法則を持っている。
なのに、
今年は3日で咲かせるぞ!と意気込んだとしても
その目標はうまくはいかない。
うまくいかないのはやり方や能力ではなく、
無謀な目標そのものなのかもしれないよ。

蕾から開花するまでの日数は
例えばバラなら25日±5日とか、
蓮なら40日と大体決まっているらしい。
例えば桜には「400°Cの法則」といわれるものがあり、
2月1日からの日々の平均気温を足して、
400°C に達した頃に桜が開花するというもの。
自然は法則を持っている。
なのに、
今年は3日で咲かせるぞ!と意気込んだとしても
その目標はうまくはいかない。
うまくいかないのはやり方や能力ではなく、
無謀な目標そのものなのかもしれないよ。

ちゃんと落ち込めるのは力なんだよなぁ。
落ち込むことを回避すると成長にはつながらない。
落ち込むことには力が必要なんだ。
現実を観て、受け入れる力。
今までを悔やむ力。
また、自分の力を信じる力がなければ
落ち込むことはできない。
落ち込むことができれば
伸びることができる。

積み重ねた部分は高く、
積み重ねなかった部分はそれなりに、
やってきたこともやってこなかったことも、
興味を持ったものも無視したものも、
すべてが今を作っている。
さて、これからどう積みたい?

例えばスポーツの試合では
いちいち考えている暇はない。
運転することもそうだ。
初心者のうちは
ひとつひとつ確認しながらだが、
だんだんと意識せずともやれるようになる。
つまり、身体が覚えていく。
考え方や会話も同様で、
今までのやり方を身体が覚えているから
咄嗟にでるのは従来のやり方になってしまう。
だから、新しいやり方を
身体に覚えさせなければならない。
身体が覚えてしまうまでは練習が必要なんだ。

自分が嫌いなことを責めたって
自分を好きになれる訳はない。
好きな方がいいけど、
好きじゃなきゃダメなわけでもない。
好きなところも当然あって、
好きじゃないところもある。
どうやっても好きになれない自分だって
そりゃあるさ。それも自然。

人生が長くなったから、
やり直しが効くことも増えた。
今からでも間に合う。
例え、間に合わないことでも
取り組んでみると思わぬところから
救われたりする。

人生の達人は適切だ。
やれる時にやれることをやる。
結果が出れば真摯に受け止め、
そのまま進むか、諦めて別のルートに進むかを決める。
やる前から結果を勝手に予測して右往左往したりしないし、
諦めるかどうかにエネルギーを注ぎすぎたりしない。
つまり、
変えれるものと変えれないものを判断し、
変えれないものは受け入れ、
変えれないもの以外は変えていく。
ニーバの祈りそのものだな。

「この後悔を未来に役立てるぞ」と
当初の後悔は学びに思えても、
同じような悔いが度々重なれば嫌気も差してくさ。
「いつまでやってんだよ。
学ばないな、お前。」みたいな自分責めが始まる。
そんな自分責めで終わっては
また同じような後悔を繰り返してしまうだけだ。
こういった状態の時は
後悔が具体的になってなかったり、
積極的な行動予定に繋がってなかったり
頭だけで考えていることが主な原因だ。
つまり、
何をどう後悔しているのか具体的に書いて考え、
そして何をどうすれば後悔しないのか
具体的な行動を書き出すこと。
上記が終わったら
後悔も終わりにすること。

中国出身で流暢な日本語を話すマッサージ師さんが
マッサージ中に話してくれたのは
「まさか日本に留学するとは思わなかった。」に始まり、
「まさか留学中に離婚されると思わなかった。」
「まさか日本に住み続けるとは思わなかった。」と続き、
最後は「運命ですよ」と締めくくった。
確かに人生では
「なぜ?こんなことが私に?」
といったことが起こる。
私たちはそんな運命に応えていかなければならない。
フランクルだったよねぇ、
「人生には意味がある」と言ったのは。

自分が発する言葉のパワーは
私たちが思っている以上に大きい。
自分の声を自分が聞いているので
その自分の言葉をまた考えたり、判断したり、
またその言葉にとらわれたりしている。
このような機能をオートクラインというのだけど、
例えば、
適切な言葉やフレーズを持っているだけで出来ることもあれば
持っていないだけで出来ないこともある。
例えば、
自分の気持ちを言い表す言葉を知っていれば
気持ちの整理がつくが、
知らないばかりにモヤモヤが付き纏うこともある。
自分が発する言葉が最も影響を与えるのは自分だ。
だから、丁寧に使いたい。